オッサンがやれば事案でも、美少女がやれば許される
「……っと」
第〇〇二世界。俺達が降り立ったのは、深い森の中だった。それと同時に一周目のこの世界で経験した記憶が次々と湧き上がってくる。この辺はまだ初期で一つ一つが強く印象に残っているため、割と細かいことまで覚えていたようだ。
「うわー、ここが異世界なのね! でも、私達のいた世界と何か違うの? 普通の森にしか見えないけど」
「流石にパッと見で違うような世界は滅多にないぞ? あんまりにも違ったらまともに活動できないし」
「それもそうね。でもちょっと残念……」
苦笑する俺に、ティアが長い耳をへにょっと垂れ下がらせる。が、そんな態度をするのはちょいとばっかり気が早すぎる。
「フッフッフ。ガッカリしてる暇なんてねーぞ? もうすぐとびっきりの違いがわかるからな」
「そうなの? 何だろう、楽しみ!」
ニヤリと笑う俺の言葉に、ティアが翡翠色の目を好奇心で輝かせる。そうしている間にも近づいて来た気配がガサガサと草木を掻き分けて顔を出したのは、俺の胸ほどの背丈しかない小柄な存在。
まるで犬のような丸っこい顔つきと、フサフサの茶色い体毛に覆われたこの青年こそ、今回俺達が同行すべき勇者様なのだ。
「か……」
「ん? 何なのだお前達は?」
「これは失礼。俺達は――」
「可愛いー!!!」
「わふっ!?」
「ちょっ、ティア!?」
勇者様に挨拶しようとした俺の横を、風の速さでティアが駆け抜けていく。そのまま勇者様の体に飛びつくと、有無を言わさず全身の毛をモフモフしはじめた。
「うわぁ!? いきなり何をするのだー!?」
「何この子!? ねえエド、この子何なの!? すっごい可愛い! フワフワでモコモコよ!?」
「馬鹿、やめろ! 失礼だろうが!」
「えー、いいじゃない。ちっちゃい子を可愛がるのは大人のお姉さんの特権なのよ?」
「違うから! その人子供じゃないから!」
「そうなの? でもほら、こことか気持ちよくない? ほらほら、ぐりぐりぐりー」
「わふっ!? だ、駄目なのだ! そこを撫でられるとトローンとしちゃうのだ!?」
「やっぱりいいんじゃない! フフッ、こっちもふっかふかね!」
「わふーっ!?」
「あーもう滅茶苦茶だよ!? いいからその手を止めろ! 離せ! ほら、ステイ!」
満面の笑みで勇者様をモフり続けるティアを全力で引き剥がすと、ハァハァと舌を出してコロンと地面に転がっていた勇者様がフラフラと立ち上がる。
「うぅ、酷い目にあったのだ……」
「連れが申し訳ありません。ケモニアンの方にお会いしたのは初めてで、ついついはしゃいでしまったようで……ほらティア、お前も謝れ!」
「うぅ、ごめんなさい。あんまり可愛かったので、つい……」
俺がティアの頭を押さえてグイグイと下げさせると、ティアもまた申し訳なさそうな声で謝罪の言葉を口にする。ティアは可愛いものを見ると暴走することがあるだけで、決して常識がないわけではないのだ……うん、もうちょっと理性さんには働いて欲しいところだけれども。
「そ、そうなのか? ならまあいいのだ。ワレは心が広いからな! でも他の人に同じ事をしたら駄目なのだ! 毛無しが殴られたら大怪我しちゃうのだ!」
「ははは、気をつけます……」
(ねえ、エド? 毛無しって?)
(後で纏めて説明するから、今は待て)
頭を下げたまま小声で問うてくるティアに、俺もまた小声で答えつつ顔を起こして勇者様の顔を見る。良かった、大丈夫だとは思っていたが、本当に怒ってはいないようだ。ここで怒らせて嫌われたりしたら、この後どうしたらいいか本気で頭を抱えたところだったぜ……
「ところで、貴方様はひょっとして、勇者候補のワッフル様ではありませんか?」
「ん? そうだぞ。毛無しのくせによく知ってるのだ」
「おお、やはり! もし宜しければしばらくご一緒させて貰えないでしょうか?」
「うむ、いいぞ! 付いてくるだけなら好きにすればいいのだ!」
「ありがとうございます。ではご同行させていただきます」
あっさりと同行を許可され、俺はワッフルに手のひらを上にして差し出す。これはケモニアンにおける握手の意味があり、下位の者が差し出した手に上位の者が手のひらを載せることで上下関係を明確にしつつ友誼を結ぶ意味があるのだ。
「何だお前、毛無しのくせにわかってる奴だな? いいのだ。ならば道中ちょっとくらいは助けてやるのだ! さあ、付いてくるのだ!」
言葉ではなく行動で示したことこそが重要。俺の手のひらにプニッとした肉球を載せると、ワッフルは上機嫌で俺達を先導し始めた。そんな彼のユラユラ揺れる尻尾から三歩遅れて、俺達はその後を付いていく。
(で、エド。説明はしてくれるのよね? あの子は何? 何でエドはあの子のこと知ってたの?)
そうして内緒話ができるようになると、ティアがグイッと顔を近づけて囁いてくる。一周目の俺ならティアの整った顔がこんな近くにあればドギマギしたのだろうが、最強かつ無敵な二周目なのでそんなのは通じない……ちょっとドキッとするだけだ。
(わかったわかった。順を追って説明してやる。まず俺が色々知っていることだが……それはティアが変な夢を見たのと大体同じだ。それ以上のことはない)
(……………………)
俺の言葉に、明らかにティアが不満げな表情を見せる。だが俺はそれ以上説明して余計なものを背負わせる気は無いので、それをガン無視して説明を続けていく。
(で、ワッフルはケモニアンだ。見ての通り、人間と動物の一緒になった姿っていうか……まあ二足歩行して喋る動物だな)
(それって、獣人ってこと? そんなのお話の中だけの存在だと思ってたわ)
(ティア達の世界だと、そうだな。あ、でも、獣人って呼び方は絶対にするな。それは人間がケモニアンを『人になりきれなかった不完全な存在』として使う蔑称だから、下手なところで言うと割と本気で大問題になる)
(うっ、そうなんだ……わかったわ、気をつける)
(よしよし……それと、ケモニアンがいる代わりってわけじゃないが、この世界にはエルフはいない。だから人間じゃなくてエルフだとか一〇〇歳超えてるみたいな自己紹介はするなよ? 頭がおかしいと思われるからな)
「ええっ!?」
「ん? どうかしたのだ?」
「あ、いえ、何でもありません。気にしないでください」
「そうか? ならいいのだ」
不意にティアが声を上げてしまい、振り返ったワッフルに俺は慌てて誤魔化す。それが成功してワッフルが再び前を向いて歩き出したのを確認すると、俺はホッと胸を撫で下ろしてからティアの方を軽く睨み付けた。
(馬鹿、なに声上げてんだよ!?)
(だって、エルフがいないなんて!? 私はちゃんとここにいるのよ!?)
(そりゃわかってるけど、ティアはこの世界の存在じゃねーだろ? とにかく誰かに聞かれたら……あー、そうだな。見た目の関係もあるし、一八歳くらいの人間の女だって名乗ること。いいな?)
(エドより年下なの!? 私の方がお姉さんなのに! 駄目よ、エドより年下なんて絶対に駄目!)
(ハァ……わかった。なら二一歳ってことにしろ。あの「白い世界」に戻ると俺は二〇歳の体にまき戻るから、それなら一応年上ってことになるだろ?)
(むぅ……わかった。じゃあそれで妥協する)
俺の説得に、ティアが不承不承ながらも頷く。まったく、何でそんなに年上に拘るんだか。というか、拘るならもうちょっと言動を大人っぽくして欲しいもんだ。
「おーい、二人とも! そろそろ町に着くのだ!」
「あ、はい!」
と、そこでワッフルから声がかかり、俺達は内緒話を打ち切る。見れば木々の向こうからは日差しと共に人の喧噪が届いてきており、その雰囲気にティアが長い耳をピクピクと揺らす。
「フフフ、初めてのいせ……えっと……町! すっごく楽しみ! ほら、エド! 早く行きましょ!」
「うおっ!? たく、仕方ねーなぁ。年上ならもうちょっと落ち着けよ」
「わっふっふぅ! 元気があるのはいいことなのだ!」
いきなり手を引いて走り出したティアに、俺は苦笑しながらも一緒に小走りをして残りの森を一気に駆け抜けた。




