かくて二人は手を繋ぎ、新たな一歩を踏み出した
「落ち着いたか?」
「うん……」
目を真っ赤に腫らしたティアが、ゴシゴシと顔を拭いながら答える。俺の革鎧は割とべっちょりしてしまったが、こいつは名誉の負傷というやつだろう。
「ごめんね、ビックリさせちゃって」
「いいって。俺も似たようなことしたしな」
「似たような……? ああ、そっか。初めて会った時!」
「そうそう。だからこれでおあいこだ」
「うん! ふふっ、懐かしいなぁ」
おどけた声を出す俺に、ティアがようやく笑顔を見せる。このままマッタリと再会を喜んだりしたいところだが、その前にどうしても聞いておきたいことがある。
「で、ティア。お前一体どうやってここに来たんだ?」
「それは……これよ」
そう言ってティアが腰の鞄から取りだしたのは、鈍く輝く銀色の金属片。その形にはどことなく見覚えがあるような……んん?
「あっ!? それって……」
「そう、エドが残してくれた『銀翼の剣』の、羽のところ。六枚あったうちの一枚を、特別に分けてもらったの。これを触媒にした探査の魔法で、当初はエドが死んじゃった場所を特定して、少しでもエドの遺体を連れて帰ってこられたらとか色々考えてたんだけど……ビックリよ! だって、エドが生きてるって反応があったんだから!
で、そこからは大忙し! 生きてるのはわかったけど、何処にいるのかが全然わからない。そもそも世界中を探してたはずなのに何処にもエドの痕跡はないし、探査魔法でもずーっと遠いところにいるってことしかわからなくて……だから最後の手段として、強制転移の魔法を使ったの」
「強制って……じゃあ、俺の頭の上に尻から降ってきたの……痛ぇ!?」
プゥっと頬を膨らませたティアのチョップが俺の脳天に炸裂する。
「淑女にそういうことを言っちゃ駄目でしょ! もーっ! フフッ、でも無事に出会えて良かったわ。エルフに伝わる秘密の奥義を使ったんだけど、ちょっと消費が重かったっていうか……」
「秘密の奥義って、そりゃまた大層な――――――――」
屈託無く笑うティアの言葉、その意味が一瞬遅れて俺の脳内に浸透していく。それが何であるかを知っているからこそ俺の体から血の気が失せ、ティアの肩をガッシリ掴むとその顔を正面から睨み付ける。
「何年だ? 何年使った!?」
「……ああ、そっか。やっぱりエドは知ってるんだね」
「やっぱり? やっぱりって何だ!? 一体どういう……っ」
怖い顔で問い詰める俺に対し、ティアが静かに微笑みを返してくる。何処か憂いを帯びた瞳が少しだけ細められ、その小さな口が蕾がほころぶよう言葉を花咲かせていく。
「元の場所からここに転移してくる途中でね……いえ、途中って言っても一瞬のことだったんだけど、とにかく私の頭の中に、私じゃない私の記憶がワーッと流れ込んできたの。私がエドを追い出して、エドとお別れした場所でアレクシスに逃がされて、たった一人で生き延びて……そして再会したエドに、私の最期を看取ってもらった記憶。
そっか。やっぱりあれは、夢じゃなくて……」
「いや、夢だ。そんな過去は存在しない! そんなのは……」
「エド……フフッ、そうだね。エドがそうじゃなくしてくれたんだもんね」
フワッと、ティアが俺の首に手を回して抱きついてくる。長い耳が俺の頬をくすぐって通り過ぎ、首元には熱い吐息がかかる。
「昔も今も、エドはいつでも私を助けてくれるんだね……ありがとう、エド」
「っ……ハッ! 何のことだかわかんねーな! わかんねーから、何も気にすることはねーぜ」
そんなティアを引き剥がし、俺は彼女に背を向ける。別に照れくさかったとか、そういうことではない。
「あーっ! 何よエド、ひょっとして照れてるの?」
「照れてねーよ!」
「うっそだー! ほらほら、こっち向いてエドー? ほっぺたツンツンしちゃうわよー?」
「ウッザ! 超ウゼー! まとわりつくんじゃねーよ鬱陶しい!」
「もう、可愛いなぁエドは!」
「うるせーよ! で? ティアはこれからどうするんだよ?」
ニヤつくティアの両耳を引っ張って涙目にしてやりたいという思いを力の限り自制しつつ、俺はティアにそう問い掛ける。するとティアは物珍しそうに真っ白な世界を見回しながら言葉を紡ぐ。
「そうねぇ……最初はお礼が言えたら帰ろうかなとも思ってたけど、ここって違う世界なのよね? で、これからエドはもっともっと色んな世界に行くのよね?」
「ああ、そうだぜ。え、まさか……!?」
「うん、私もエドと一緒に行こうかなって。だって面白そうじゃない! ここに来る時に親しい人には『当分帰れないかも』って伝えてあるから、ちょっとくらい異世界を冒険したって大丈夫よ!」
「大丈夫よって……っていうか、そもそもティアは俺と一緒に別世界に行けるのか?」
「え、行けないの!?」
「それはまあ、やってみねーとわかんねーけど……」
当たり前の話だが、今まで誰かをこの世界に連れてきたことなんてないし、ここから連れ出したこともない。できるかできないかなんてそれこそ神のみぞ知ることなわけだが、ぶっつけ本番で試すのは流石に怖い。ティアだけここに取り残されるならまだいいが、俺とは違う場所に別々に跳ばされたり、それこそ全然別の世界に跳ばされたりした場合、いくら俺でも助けようがない状況が多すぎる。
「うーん。試してみるしかねーんだけど、安易に試すわけにも……ん?」
思わずしかめっ面になる俺の視線に、ふとスキルをくれる水晶玉が目に入った。その中には未だにチカチカと光が瞬いており、だが俺には何の反応も示さなかったわけで……え、嘘だろ。まさかそういう……?
「なあティア。ちょっとその水晶玉に触ってみ?」
「これ? わかった……わっ!? 何これ!?」
ティアが水晶玉に手を載せた瞬間、弾けるように光が飛び散りティアの体へと吸収されていく。ひょっとして俺が追放スキルを習得した時も、客観的に見るとこんな感じだったんだろうか? ティアだとスゲー絵になるけど、俺には何とも似合わない気がする。
「ね、ねえエド? 何か体の中に熱いのがぶわーっと入ってきて、あと頭の中に変な言葉? 文字? そういうのが浮かんでくるんだけど!?」
「おーおー、そうか。で、その内容は?」
「内容!? えーっと……『一緒に行こう』だって。効果は手を繋いでいる人と一緒に、世界の壁を越えられる……かな?」
「……へぇ?」
なんというご都合主義。ここまで酷い忖度は生まれて初めて見た。ってか、これ絶対見てるやつじゃん! じゃああれか? これも天上から下界を見下ろし矮小な人間が右往左往するのを楽しんでいる偉大な神の思惑のうちってか?
「ねえねえエド! この……何? これがあれば私もエドと一緒に他の世界に行けるってことよね? うわー、楽しみ! 他の世界ってどんな風になってるんだろう?」
「……………………ハァ」
空に向かって悪態の一つもついてやりたいところだが、無邪気にはしゃぐティアの姿を見ては何も言えなくなってしまう。まさかこの旅に同行者ができるなんて考えたこともなかったが……なるほど確かに、これが結末を変えた代償にして報酬だと言われれば、受け入れることも吝かではない。
とは言え、確認は大事だ。後で「そんな話は聞いてない」と言われるのが一番不毛だからな。
「あのなぁティア。はしゃいでるところ悪いんだが、遊びに行くわけじゃねーんだぞ? 行く先々の世界で勇者パーティに所属して、その全部から追放されないと駄目なんだからな? 嫌な思いをしたりさせたりすることもあるだろうし、危険だって――」
「大丈夫よ! だってエドと一緒なんだもの! 二人ならどんな危険だって乗り越えられるし、パーティを追い出されたって寂しくないわ!」
「何その根拠の全てを俺に頼ってくる感じ……まあいいけど」
ティア一人を守れるくらいには、俺は強くなった。そしてティアと二人ならば、もっと強くなれる。それに事情を知っている女性がいれば助かったのにと思う状況は幾度もあったし、信頼して背中を預けられる相手と一緒というのは心強い。
「ほら、行きましょエド! どうすればいいの?」
「そう焦るなって。では、お嬢様。お手を拝借」
「うむ! よきにはからえー!」
〇〇二の扉の前まで行ってから恭しく一礼して見せる俺に、ティアが楽しげに胸を反らしながら手を差し出してくる。しっかりとその手を握りしめると、俺達は新たな世界への一歩を共に踏み出すのだった。




