胸の内には誇りが積もり、頭の上には尻が降る
『世界転送、完了』
「…………ハァ」
見慣れた白い世界へと無事帰還を果たし、俺は何とも言えないため息をつく。一応自分の体を確認してみると、返り血どころか服そのものが違う。腰にはアレクシスにへし折られた懐かしの鉄剣が佩かれており、防具もヨレヨレの普段着の上にややくたびれてきた革鎧というごく一般的なものだ。
「よっ、ほっ! あー…………うむ、いつも通りだな」
軽く腕やら足やらを動かして感触を確かめたが、自分が弱くなる感覚もいつも通りだ。今回は半年だけだったけど、何だかんだで動き回って筋肉とかついてたからなぁ。
そう、俺の体はここに帰還すると同時に元に戻る。若返るとか回復するとかじゃなくここにやってきた時の状態に「戻される」ため、異世界での冒険中に鍛えた筋肉も消えるし、そこで使った自爆スキルの代償もなくなる。
いやー、使えば死ぬスキルを実質ノーリスクで使えるって凄いね。旅立ち際の最後のひと暴れにしか使えないのは若干勿体ないが、それでも今回みたいに後顧の憂いを断つには十分以上に役に立つ。もし「終わる血霧の契約書」を使わずに同じ事をやろうとしたら、どれだけ面倒臭いか……うん、ごり押し最高。
「さてさてー、それじゃお待ちかねの追放スキル習得といきますか!」
信じて送り出したのだから、残してきた者を未練たらしく振り返るのは無粋だ。俺は気持ちを切り替えるべく、テーブルの上に鎮座した水晶玉に目を向ける。すると水晶玉は誘うようにチカチカと光っており……これはひょっとして、期待できちゃうやつか?
「一周目のスキルを全部引き継いでるから、正直何も無しってのも覚悟してたんだが……どれどれ、新しい追放スキルかな? それとも既存のスキルがパワーアップしちゃうのか?」
期待に胸を膨らませ、俺は水晶玉に手を触れる。だが今までならば即座に流れ込んできた力が、今回は何も感じられない。
「……あれ? 何で……痛ぇ!?」
ゴスンという割とえげつない音を立てて、俺の脳天に何かが降ってきた。思わず涙目になる俺を嘲笑うかのようにテーブルに転がるのは、相変わらずの白い……あれ? 白くない?
「ぐぅぅぅぅ……てか、何で毎回俺の頭に落とすんだよ!? 嫌がらせか? 嫌がらせなのか!?」
痛む頭をさすりながら、俺は茶色い革表紙の本を手に取る。俺自身を除けばこの世界で初めての色つきな存在だが、ぱっと見は普通の本にしか見えない。
「何だよこれ……『勇者顛末録』?」
金の箔押しでそう表題された本を開き、俺は中身に軽く目を落とす。そしてすぐにこの本が何であるかに気づくと、一心不乱に読み込んだ。一言一句を逃すことなく、一字一字を刻み込むように時を忘れてページをめくり続け、遂に辿り着いた最終章。その内容は……
――第〇〇一世界『勇者顛末録』 終章 「三英雄と神の使徒」
かくて魔王を討ち果たした勇者達は、無事王都へと凱旋を果たした。だがその場にて勇者アレクシスは「自分達には四人目の仲間がいた。彼がいなければ自分達は魔王に挑むことすらできなかっただろう。彼こそが讃えられるべき真の英雄、勇者である」と訴える。
その申し出を受けて時のノートランド王が「四人目の勇者」の正体を探るべく世界中に御触れを出したが、どういうわけか彼の者の情報は一向に集まらない。勇者と出会うその瞬間までの足跡は何処にもなく、その存在は勇者パーティに所属した半年間の目撃情報と、勇者達が手にした武具にのみ示されている。
最終的に、その四人目は「世界を救う勇者を手助けするべく神より使わされた神界の戦士、使徒である」という結論が出され、「三英雄と神の使徒」として祀られることとなった。
「……そうか。アレクシスの奴、ちゃんと魔王を倒したのか」
全てを読み終え、俺はパタンと本を閉じると目を閉じて空を仰ぐ。瞼の裏に俺が去った後のアレクシス達の激闘が浮かんでくるようで、仲間達の勝利に誇らしさを、そしてそこに俺がいないことに一抹の寂しさを感じる。
「何だよ、やっぱりやればできるじゃねーか」
目を開いて、俺の視線は〇〇一の扉の方へと向けられる。あれが開いて向こうの世界に繋がることはもう無いが、その先に平和な世界が広がっているのだと思えば俺の顔も自然とほころんでしまう。
「ま、最初の挑戦にしちゃ上出来な結果だろ。これで後は、ティアとかオッサンの動向もわかりゃいーんだけどなぁ」
アレクシスの旅立ちから凱旋までを綴った「勇者顛末録」だが、あくまでも勇者を視点として書かれたものであるため、ティアやゴンゾのオッサンのことはあまり掘り下げられていない。アレクシスの仲間としてどういう風に活動したとかは書いてあるんだが、それ以外の個人情報、個人行動に関しては記されていないのだ。
「無事凱旋したって書いてあるんだから、大怪我したり死んだりってことはないはずだよな? それならそれで大々的に国葬をやったとか記述があるはずだし」
死を偽装する理由もないので、今周のティアが孤独に暮らすこともないはずだ。であれば寿命を削った魔法でヘロヘロになることもなく、きっと平穏な日々を……
「んー……無理じゃね?」
魔王を討伐した勇者パーティの一員、しかも見目麗しい若いエルフの娘となれば、世間が黙ってないはずだ。山ほどの面会や縁談の話にうんざりしたティアが、耳をへにょっとさせて田舎に引き籠もる様子が目に浮かぶ……おぉぅ、となるとやっぱり因果は巡るってことなのか。
「フッ、こいつは一〇〇年後が楽しみだ」
もう一周終えた後、またあの鍵が貰えるとは限らない。それにその時になったら別の世界の方が気になっている可能性もある。だがそれでもまたあの顔を見たいと思えたならば……その時は精々愚痴に付き合ってやることにしよう。
「いい具合の土産も用意しとかないとな……さて、じゃあ行くか」
本を手に立ち上がってみれば、テーブルの背後にいつの間にやら真っ白な本棚が出現していた。そこには「勇者顛末録」がピッタリと入り、この流れだと多分ここに一〇〇冊全部収まる感じになるんだろう。これは収集欲がそそられる……いや、普通に世界を追放され続ければ勝手に集まるんだろうけど。
「じゃあな」
ポンポンと本の背を叩いてから、俺は新たな気持ちで〇〇二の扉の前に歩いて行く。すぐ隣には〇〇一の扉があるが、もうそこに意識が捕らわれることもない。
誇るべき俺の仲間達は、やるべき事をやり遂げた。なら今度は俺の番だ。残り九九の世界もきっちりとハッピーエンドに結びつけるため、俺は気合いを入れて扉のノブを――
「きゃあ!?」
「ふがっ!?」
俺の頭に、未だかつて感じたことのない大質量が降り注ぐ。何? この世界では何でも俺の頭の上に出現するって決まりでもあるの? それは流石に酷くない?
てか、おっも!? メッチャ重いんだけど、マジで何だこれ!?
「ぐぇぇ……重、重い……」
「ちょっ、何処触ってるのよエッチ!」
うつ伏せに潰された頭の上に手を伸ばし、何か柔らかい物に触れたと思った瞬間、聞き覚えのある声と同時に俺の頭がひっぱたかれる。それに少し遅れて頭の上から重みが遠ざかり、俺がやっと体を起こすと……
「……………………は?」
俺しかいないはずのこの場所で、何よりも場違いな俺以外の存在。お日様のような黄色い髪と好奇心がこれでもかと詰まった翡翠色の瞳をしたエルフが、その長い耳をピコピコと揺らしながら目の前に立っている。
「ティア!? なん――」
「エドっ!」
俺が声を発するより早く、ティアが俺に飛びついてくる。その状況に俺の頭上には大量の疑問符が竜巻張りに渦巻いているわけだが……
「エド……エドぉ……! 会えた、やっと会えたよぉ……」
泣きながらグリグリと俺の胸に顔を押しつけてくるティアの涙と鼻水を、俺はひとまず苦笑しながら受け入れることにした。




