真の強者は孤独に嗤い、兵共は消えるのみ
『条件達成を確認。帰還まで残り一〇分です』
「……ありがとよ」
俺を追放してくれたアレクシスに、俺は心から感謝の言葉を告げる。
ああそうだ。俺は感謝している。一見すれば絶体絶命の窮地……だがだからこそ、俺はごく自然な形で追放してもらうことができた。下手な芝居をするよりも何倍もマシな結果で、そして追放されたからこそ……切れる鬼札も存在する。
(起動しろ、『終わる血霧の契約書』)
頭の中で追放スキルを発動した瞬間、俺の心臓がドクンと跳ねる。加速した鼓動は血管が焼き切れるほどの速度で全身に血を巡らせ、今この瞬間、俺の全ての能力は一〇〇倍に引き上げられた。
そう、一〇〇倍だ。子供が考えたような馬鹿な倍率が実現するのなら――
(『追い風の足』)
「逝けぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
雄叫びと共に、俺は魔王軍にまっすぐに突っ込んでいく。単なる高速移動のスキルであっても、その勢いが一〇〇倍まで高まれば触れる全てを肉片に変える必殺の一撃となる。
そのまま俺は魔王軍を突っ切ると、この道を通ってくるアレクシス達を巻き込まないように一旦普通に横移動してから、再び「追い風の足」で魔王軍を蹴散らしながら元の位置に戻る。するとそこでは、さっきの偉そうな魔族の男が部下達に指示を飛ばそうとしている姿が目に入った。
「……はっ!? な、何をしている貴様等! さっさと勇者を追いかけて――」
「させねーよぉ!」
「グハッ!」
俺の跳び蹴りを後頭部に受け、重そうな鎧をガシャガシャとならしながら魔族の男が地面を転がっていく。そのままガスンと木に当たって動かなくなったので……よし、これならまた少し平気だな。
「さあ、おかわりだ! お前等が追いかけるのは、死神の尾てい骨で我慢しな!」
今度は「追い風の足」は使わず、俺は魔王軍の中へと飛び込んでいく。通常移動でも体がぶつかりゃ吹き飛ぶが、その程度では物足りない。
「オラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!」
追放スキル「半人前の贋作師」で創り出した銀翼の剣の偽物を、俺は力任せに振り回す。本物を使わないのは今の力で振り回したら羽を生やしていないミスリル棍棒の状態ですらあっという間にへし折れてしまうからだ。
本物の銀翼の剣の強度も大概だが、偽物はそれに輪をかけて脆い。が、ひと振るい事に追加で偽物を生み出し続ければ運用に何の問題も無い。倒して倒して倒し続けて……思ったより効率悪いな。これじゃ倒しきれねーか? なら……っ!
「ガァァァァァァァァ!!! 血刀、錬っ、成ぃぃぃぃぃぃ!!!」
俺は偽翼の剣で、自分の右腕を肘の少し手前で切り飛ばす。増産され続ける血液は血柱となって噴き上がり、明らかに俺の体全部よりも大量の血が流れ出て……それをスキルで作り替えれば、俺の右腕には全長二〇メートルの血の刃が生まれる。
「死ね死ね死ね死ね! 全部死ねぇ! 片っ端から死に尽くせぇぇ!!!」
俺の体を中心に、直径四〇メートルの死の台風が吹き荒れる。触れる全てを押し潰し薙ぎ払い、吹き飛ばし引き潰し、一瞬前まで命だったものが凄まじい勢いで血と肉の塊へと変換されていく。
「ふぅ……ふぅ…………よし、まあこんなもんか」
そうして死の舞踏を踏み続けること、おおよそ八分。あれだけいた魔王軍は跡形も無く消え去っており、赤く染まった大地の上には臓物の絨毯が隙間なく敷き詰められている。
「アレクシス達は……行ったな」
軽く「失せ物狂いの羅針盤」と「旅の足跡」を併用してアレクシス達がとっくにここを立ち去ったことを確認すると、俺はひとまずホッと胸を撫で下ろす。
ヤバかったのはあくまでも一万近い軍勢に絶え間なく襲われることで体力を削られるからであって、普通に少数を相手にする分にはアレクシス達の実力ならば何の問題も無い。
後顧の憂いも綺麗さっぱり片付けておいたから、しばらくすれば世界中に魔王討伐成功の報が広まることだろう。最後まで見届けられないのは気がかりだが、こればかりはどうしようもない。
「少し時間が余ったな。ふむ、どうすっか……」
追放スキル「終わる血霧の契約書」の効果中は一部の追放スキルの効果も強化され、一〇〇倍になった「包帯いらずの無免許医」の力で、俺の腕は既に元に戻っている。
そしてそれは体力なども同じで、今すぐに走り出せば最後にひと目アレクシス達を見ることも不可能ではないが……
「うっ…………」
「あ、そうか。まだお前がいたな」
魔境の方に蹴り飛ばしたせいですっかり忘れていた魔族の男が、軽く頭を振ってから俺の方を見て……そしてそのまま動きを止める。
まあ、気持ちは分かる。まさかあの数の部下が俺一人に掛け値無しの全滅をさせられるなんて想像もしてなかっただろうし。
「…………何だ? お前は一体何なのだ?」
「何って言われると、荷物持ちか? ま、それももう首になっちまったけど。そういうお前は結局誰だったんだ? 俺達が話し終わるのを待っててくれたから、俺もお前の名乗りくらいは聞いてやるぜ?」
「我か? 我は魔王軍最強の……………………」
そこまで口にして、魔族の男の膝がカクッと折れる。絶望に苛まれたその体からは戦う意思がまるで感じられない。
「ハッ、このような醜態をさらして、何が最強か……我はただの名も無き雑兵よ。だが我が命と引き換えに貴様が死ぬのであれば、これ以上無い勝利だ」
「お? 何だ、そういうのってやっぱりわかるわけ?」
「わからいでか。返り血に隠れているとはいえ、お前の体が尋常な状態でないことくらいすぐにわかる。命を削って勇者を送り出したか……その覚悟、見事と言っておこう。
ああ、魔王様。我は勇者を通しこそしましたが、最大の脅威をここで潰えさせることに成功しました。どうかその功績を以て、我が身の至らなさをお許しください……」
そう言いながら、魔族の男は自分の首に剣をあてがう。
「お前にもう余力はなかろう。だがこの剣はお前が我に振るわせたものだ。偉大な戦士に敬意を表し、この首を捧げる……先に行って待っているぞ」
男の手が閃き、その首がゴトリと地面に落ちる。その逝き様を見届けた俺は、ふと今自分が何処にいるのかに気づいた。
「そうか、ここは……」
魔境を抜けたすぐ側にある、腰ほどの高さの岩の側。ここは一周目でアレクシス達が死に……そして俺がティアを看取った場所だ。まさか俺の最期もここになるとは……運命? それとも神の皮肉か? どっちにしたって洒落の利いた話だ。
「……そうだな。これを置いていくか」
俺は「彷徨い人の宝物庫」から、本物の銀翼の剣を取りだして地面に突き立てる。何の痕跡も残さないとティア辺りは何十年でも俺の事を探し続けそうだからな。せっかく魔王を倒して平和な世界になったとしても、居もしない俺の存在を探し続けるなんて不毛なことをされちゃたまらん。
「頑張れよ、アレクシス。今のお前なら魔王なんざ楽勝だろ。ゴンゾのオッサンも、筋肉はほどほどにな。言っても絶対きかねーだろうけど。ハハッ」
もうすぐ、俺はこの世界から消える。だが一周目と違って、俺はここでやるべきことを、やれるだけやった。後はこの世界に生きているアレクシス達がどうにかすることで、部外者である俺が心配するのはいらぬお節介でしかない。
「そういや、結局今回も泣かせちまったな」
別れ際に見たティアの顔が頭に浮かび、俺は思わず苦笑する。あいつにちゃんとした笑顔を取り戻してやりたくて挑んだ二周目だったが、最後の最後に泣かせちまうとは、俺もまだまだ未熟だな。
もし万が一また一〇〇年後に戻ってくることがあったら、その時はきっちり怒られてやろう。あの剣があれば寿命を使う奥義なんて物騒なものに頼る必要もないだろうから、きっと年相応に大人びたティアに再会できるはずだ。
「……元気でな、ティア」
時が過ぎ、力の代償を支払えと俺の心臓が一際大きく脈打つ。だがその最後の催促の果てに俺の心臓が弾け飛ぶより早く――
『三……二……一……世界転移を実行します』
俺の体は光となって、この世界から追放されていった。




