背負いて征く者、背負いて逝く者。並び立たずも共に在る
今回は三人称です。ご注意ください。
「フッフッフ、ようこそ勇者とその仲間達よ。待ちかねたぞ」
魔境から出てきた勇者一行を囲うように展開された、魔王軍の大軍勢。そこから一歩前に出て勇者達にそう声をかけるのは、艶めく漆黒の鎧に身を包んだ大柄な魔族の男。
そんな魔族の男の言葉に対し、勇者アレクシスは油断なく聖剣を構えながらその言葉に答える。
「これはまた、随分と手厚い歓迎だね。一体どうして僕達が来るとわかったんだい?」
「ハッ! 笑えん冗談だ。あれだけ魔境で暴れていて、自分達の接近が気づかれていないとでも?」
「……まあ、そうだね」
聖剣やエドの武器によって劇的に戦闘力を向上させた勇者達だったが、それは魔境に巣くう魔獣の目を誤魔化す方向の成長ではない。戦わずに抜けることなどできないのだから、その存在を感知されるのは当然のことだ
そして、そんなことはアレクシスにもわかっている。彼が欲しているのは会話によって生み出される時間であり、ほんの一瞬勇者から視線を向けられたエドは、その意図を正確に悟って「彷徨い人の宝物庫」から転移結晶を鞄に取りだし、その手に握る。
後はそれを砕けば全員でこの場からの撤退が敵うはずだったが……エドの小さな動きを見て、魔族の男は楽しげに口元を歪ませる。
「言っておくが、転移結晶は使えぬぞ? ここまで来て一太刀も交えず逃げ帰られては困るからな。少々手を打たせてもらった」
「……安心したまえ、逃げるつもりなどないよ。ただまあ、勇壮なはずの魔王軍がこれほどの多勢に無勢を演出するとはね。僕一人に一体どれだけ臆病風を吹かせたんだい? 怖いなら魔王様とやらの背後で震えていればいいだろうに」
正確には「逃げる手段を封じられた」だが、本当の事を伝えてやる義理はない。少しでも隙ができればと挑発の言葉を口にしつつも、その全身に力を漲らせていく。
逃げ道を塞がれたのであれば、あとは全力で敵を倒すのみ。迷う先を奪われたからこそ、その力は戦う事だけに集中できる。
「魔王様の背に、か……これは傑作だ。あのお方の背に隠れたりしたら、黒き炎にて我が身など簡単に消し炭にされてしまうだろう。そのような無様を晒すわけにはいかぬ故……お前達の首、ここでもらい受ける!」
「みんな、陣形を――」
「待て、アレクシス」
今まさに死闘を開始しようとしたところで、不意にアレクシスを呼び止める声があった。その声の主はあろうことか勇者の前に躍り出て、まるで立ち塞がるかのようにその背を仲間達に向ける。
「エド? 何のつもりだ?」
「アレクシス。お前の目的は何だ?」
「……何だ突然? そんなもの、皆の力でここを突破することに――」
「違う! そうじゃねぇ。お前の……勇者の目的は、魔王を倒すことだろうが! ならこんなところで雑魚を相手に無駄に力をすり減らしてる場合じゃねーだろ」
「……何か考えがあるのかい?」
「決まってんだろ。俺が今からとっておきで、あの軍勢に風穴を開ける。そしたらお前は……お前達勇者パーティは、一直線に駆け抜けろ」
「……何言ってるの? エドは? エドはどうするの!?」
突如仲間の口から飛びだした作戦とも言えないその内容に、ティアが心底困惑した表情で問う。だがそれに返ってきたのは何とも適当な言葉だ。
「俺か? 俺はまあ……あれだ。こいつらを適当に片付けたら、後を追うさ」
「嘘! そんな嘘に騙されるわけないでしょ!」
「……エド、お主ここで捨て駒となるつもりか? そういうのは年長者であるワシの仕事であろう?」
「馬鹿言うなよ。オッサンの防御力と回復魔法はこの先絶対に必要だ。どんな状況でも臨機応変に対応できるティアの精霊魔法もな。
てか、そもそもそうやって完成されてたのが本来の勇者パーティだろ? ならここで抜けるのは、飛び入り参加の俺が適任……子供だってわかる理屈だ」
「違う! そんなことない! エドだって立派な私達の仲間じゃない! 何で今更そんなこと言うの!」
泣き叫ぶようなティアの声にも、エドは決して振り返らない。そのまま腰の鞄を外すと、背を向けたままアレクシスにそれを投げ渡す。
「最高級の魔法薬が詰まってる。悪いが俺の手を離れちまってるから、見えてる分がそのまま全部だ。賢く使え……まあアレクシスなら言うまでもねーだろうが」
「エド、君は……っ」
「アレクシス……いえ、勇者様。申し訳ありませんが、荷物持ちとしての契約はここまでとさせていただきたく。つきましては正式に勇者パーティから追放していただけませんか?」
「ふざけるな! この僕がそんなことをするとでも思っているのか!?」
「……頼むよ。じゃないとティアが納得しないだろ?」
ずっと前を向いていたエドが、その時初めて振り返る。そこに浮かんでいた苦笑を見て、アレクシスは血が滲むほどに己の拳を握りしめる。
「嫌! やめて! アレクシス、お願い! 駄目!」
「……ゴンゾ、ティアを肩に担げ。暴れられたら困るからね」
「いいのか?」
「ああ」
「いいわけ……っ!? ちょ、離して! 降ろして!」
アレクシスの言葉に、ゴンゾがティアの体を担ぎ上げる。ティアはジタバタと手を動かして抵抗するが、純粋な筋力でティアがゴンゾから逃れることなどできるはずもない。
「エド、君を――」
「嫌! 嫌! 嫌!!!」
「勇者パーティから――」
「やめて! やめて! お願い、お願いだから!」
「――追放する!」
「エドぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「……ありがとよ」
瞬間、エドの皮膚が赤黒く変色し、その身に赤い霧を纏った。周囲には鉄錆の臭いが漂い始め、その事実にアレクシスとゴンゾはこれ以上無いほどに顔をしかめ、ティアは見開いた目から大粒の涙をこぼす。
「行けぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
雄叫びを残して、エドの姿が掻き消える。それと同時に赤い閃光が魔王軍の中を走り抜け、血煙に彩られた道がアレクシス達の前に開通する。
「……行くぞ!」
「オウ!」
「イヤァァァァァァァ! エドぉぉぉぉぉぉ!!!」
あまりの出来事に魔王軍が戸惑い動きを止めている間に、アレクシス達は一心不乱にその道を駆けた。半分ほど駆け抜けたところで我に返った周囲の魔王軍が襲いかかってきたが、それらは全て聖剣の一撃でなぎ払い、ただひたすらに前へ前へと全力で足を踏み出していく。
「エドが! エドがぁ!」
「いい加減にせんか! エドの覚悟を無駄にする気か!」
熱は力だ。極めて強力な身体強化を行うと、それに伴い体温が上昇するのは常識である。が、己の血が煮沸して霧になるほどの高温を宿して、人の体が無事であるはずがない。
命を賭して、僅かな時間全力以上の力を出す。エドが取ったのがそういう戦術であることを、誰よりも強い勇者パーティである彼らは皆一目で理解していた。
(私は……私はまた……っ!)
また誰かを犠牲にして……大切な誰かに守られて、自分の命を繋いでしまった。あるはずのない記憶がティアの魂に悲鳴をあげさせ、その目からは止めどなく涙がこぼれ落ち続ける。
「くっ、あと少しで突破できるというのに……っ」
「ぬぅ、仕方あるまい。ここはワシが――」
「降ろして。もう大丈夫だから」
一〇〇余年の人生においては瞬きよりも短く、敵陣の最中においては悠久よりも長い一分。それだけの時間を悲しみに費やしたティアは、ゴンゾの肩から降りると目元を拭うことすらせず敢然と立つ。
「風を重ねて伝えるは緑を聳える半月の塔、鈍の光を集めて回すは四種八節精霊の声! 回って廻って吹き飛ばせ! ルナリーティアの名の下に、顕現せよ『ストームブリンガー』!」
詠唱を終えたティアの前に、巨大な竜巻が出現する。だがティアはそれを敵に放つことなく、エドから託された銀色の細剣で切り裂く。
「宿せ! 銀霊の剣!」
魔法を切り裂いた剣の刀身に緑の光が宿り、その周囲を小さくなった竜巻が覆う。それをティアが横薙ぎに振るった瞬間、展開された竜巻が扇状に立ち塞がっていた軍勢を薙ぎ払った。
本音では、今すぐにでもエドの所に戻りたい。肩を並べて戦い、それで死ぬのならば本望だとすら思える。
でも、それはできない。命を賭けた仲間の願いを踏みにじったりしたら、この先に続く何百年もの人生を死ぬまで後悔し続けることになる。故に全ての未練を涙に乗せて吐き出したティアが、血が滲む程に唇を噛みしめながらその言葉を告げる。
「……行こう、アレクシス。行って、魔王を倒さなきゃ」
「ああ、そうだね」
「ガッハッハ! 二人とも派手に暴れるがよい! 背中は彼奴に任せたが、前はこのワシの筋肉が全てを受け止めてみせよう!」
決意を新たに、三人に戻った勇者パーティが魔王城へ向けて走って行く。万に近しいほどにいたはずの魔王軍だが、その背に追いすがる者はただの一人すらいなかった。




