頑張った。超頑張った。何なら一〇〇年くらい頑張った
パシュンッ!
『世界転送、完了』
「……っと。あー、ここも久しぶりだな」
無事に元凶たる「白の世界」に帰ってきた俺は、とりあえずすぐ側にあるテーブルの方に歩み寄っていく。材質に見当も付かない真っ白な椅子に腰掛ければ、いい感じにフカッとした感触が固い木の椅子に慣れた俺の尻を優しく包み込んでくれる。
「今回は一年か。割とかかったな……」
俺の目の前には高さ二メートルほどの白い壁が何の支えもなく立っており、その壁には大量の扉が取り付けられている。最初のうちは短かったこの壁も、今では大きく首を振らねば左右の端を見ることはできない。
「我ながら頑張ったもんだよなぁ。なあ、そう思わない?」
並んだ扉は全部で一〇〇個。つまりこれは俺が一〇〇の世界で一〇〇回勇者パーティから「追放」されたことを示している。誰に誇ることもできない実にくだらない数字だが……それは同時に俺が元の世界に戻るために絶対に必要だった数字でもある。
「……あんた言ったよな。俺が元の世界に帰るためには、異なる一〇〇の異世界で一〇〇の勇者パーティに加入し、一〇〇回追放されればいいって。
今改めて考えても意味がわからん。世界を救えとか勇者を手助けしろって言うならまだしも、何で追放なんだよ? まあ、聞いても答えてくれないんだろうけどさ」
神は何も語らない。というか、この期に及んでなんだが、俺だって神の声なんて聞いたことがない。平穏で平凡な暮らしを送っていた俺が突然この場所に召喚された時、目の前にあったのは一冊の白い本だけだ。
ああ、勿論表紙が白かっただけで、中身が真っ白だったわけじゃない。そこには俺が為すべき事……つまりはさっきの条件がもっと詳しく書かれており、目の前にある壁はまだ小さく、扉も一つしかなかった。
その扉をくぐれば、俺は異世界に飛ばされる。そして勇者パーティを追放される……正確には「パーティの一員として半年以上行動を共にするか、一定以上の信頼を得ることでパーティの一員として認められる状態になった後に追放される」という条件を達成することでこの場所に戻され、一度開いた扉は二度と開けられなくなり、代わりにその隣に扉が増えるのだ。
「でも、そのわけのわかんねー条件を、俺は確かにやり遂げた。多分一〇〇年くらいかかったけど、やり遂げたんだぜ? ならもうちょっとお祝いムードっていうか、そういうのを醸し出してくれてもいいんじゃね?」
そんな軽口を叩きつつ、俺はテーブルの横に置かれた姿見にチラリと視線を向ける。そこに映っているのは身長一七〇センチちょい、黒い短髪、中肉中背のごく平凡な好青年の姿。
この「白い世界」に戻る度、俺の体はここに召喚されてきた時の二〇歳の状態に戻る。そのうえで異世界で過ごしたのは最短なら七、八ヶ月、最長でも三年くらいだったため、俺は二十代前半だけを一〇〇年くらい繰り返していることになる。
そうすると不思議なもので、普通ならとっくにヨボヨボの爺さんになって色々と達観しているはずの俺の精神は、見た目と同じ状態から大した成長をしていない。体に心が引っ張られているというか、そもそも周囲からの扱いもずっと二〇歳のガキのままなので、成長の余地がなかったとも言えるが……とにかく俺は長生きしている割には心は若者のままってことだ。
なので、こういうところで悟ったような台詞を言ったりはしない。おかげで心身共に成長できましたとか、そんな殊勝な思いなどこれっぽっちも浮かばない。人を拉致って意味不明な強制労働を一〇〇年もやらせる神のご機嫌取りなど御免被る。
「…………まあいいや。とにかくアンタの指示は守ったんだ。なら今度はそっちが約束を果たしてくれよ」
投げやりに言う俺に応えたのか、テーブルの中央に厳かな雰囲気で鎮座する水晶玉がピカッと光る。これは異世界から見事追放された報酬として、俺にスキルが与えられる前兆だ。
「まだ何かくれんの? くれるなら貰っとくけど」
俺が勝手に「追放スキル」と名付けたそれは、基本的には超有用なものばかりだ。これが無ければ一〇〇もの異世界で勇者パーティに潜り込むのはもっとずっと大変で、それこそ更に何百年とかかったかも知れない。
「追放スキルが揃う前の最初の方の世界とか、地獄みたいだったもんな……で、今回はなんでしょね?」
思い出してブルリと体を震わせてから、俺は徐に水晶玉に手を置く。すると謎の神様パワーが俺の中に流れ込んできて……ほう?
「こりゃあまた……大盤振る舞いだな。死蔵したままになる未来が目に浮かぶようだけど……」
回数制限……しかも一回限りのスキルとか、ギリギリまで追いつめられても使わない気がする。彷徨い人の宝物庫の中とか整理したら、死んでなきゃ何でも治るみたいな魔法薬が何十種類と眠ってるはずだ。
「……………………ん?」
と、そこで俺は不意に空間の揺らぎを感じた。変な力に目覚めたとかではなく、この世界には俺以外に動くものが存在しない……それこそ風すら吹いていないため、何かが出現したりすると何となく感じられるのだ。
「……左?」
新しい世界への扉は、常に右側に増えていく。つまり左に行くほど最初に行った世界になるわけだが、それより更に左に何かが現れたということは……ひょっとして!?
「…………増えてる」
初めてくぐった〇〇一の扉の隣に、〇〇〇という扉が出現している。今までなかった、始まりよりも前の扉……つまりこれこそが、俺が元いた世界に通じる扉であるはずだ。
「帰れる……?」
帰れる。そう、帰れるのだ。一〇〇年前に理不尽に奪われた、元の俺の世界に。帰れる。帰れるんだけれど……
「な、なあ神様? 俺がここに来てから一〇〇年くらい経ってるんだけど、これやっぱり元の世界でも一〇〇年経ってるの? そうすると俺の家族とか友達とか、全員死んじゃってると思うんだけど……」
人間の寿命なんて、大体六〇年くらいだ。いいモノ食ってる貴族様とかだと七〇とか八〇まで生きたりするし、世界によっては魔法で寿命を延ばしたりすることもできるみたいだけど、少なくとも俺の周囲には権力者も大魔法使いもいない。となれば誰一人として生き残ってはいないだろう。
「その辺はほら、神様だからいい具合に調整してくれたりとか……しないのでしょうか? あっ、それともここで最後のスキルを使えってことか!? うわ、それは流石にけち臭いだろ!」
今さっき貰ったばかりのスキルを使えば、この状況を何とかできる可能性がある。が、それは何と言うか、勿体ない。だって俺が失った一〇〇年は、神に捧げた、あるいは奪われた一〇〇年だ。それを補填するために俺が貰った権利を放棄するというのは、仕事で貰った報酬を全部経費として徴収される感じで、幾ら俺がお人好しの人格者であってもおいそれと納得はできない。
ドサッ!
「うおっ!?」
そうやって俺がごねてみると、背後でいきなり物音がした。ビックリして振り返り、音のした足下を見ると……そこには何処かで見たような真っ白い表紙の本が落ちている。
「ああ、これ読めってことね なになに……番号の下?」
本から顔を上げて改めて扉を見ると、そこに刻まれた世界番号の下にいつの間にやら別の数字が増えている。
「これが俺がその世界を出てから、世界内で経過した時間を表しています……と。ってことは……」
〇〇〇である元の世界の扉。その下に刻まれた別の数字もまた、綺麗にゼロが並んでる。
「時間が経過してない……? つまり、俺がここに連れてこられた、その瞬間に戻れるってことか!?」
ならば本当に、これで終わる。長かった俺の旅が……無数の世界を駆け巡り、何度も何度も勇者パーティを追放されてきた俺の旅が、この扉をくぐれば終わる。
「よし、ならば今こそ凱旋を……いてぇ!?」
意気揚々と元の世界への扉に手を掛け、そのノブを回そうとしたまさにその時。俺の脳天を直撃する追加の本が空から降ってきた。




