口から入ってくるものが美味い餌とは限らない
「うぅぅ、私の人生で一番気が進まない仕事だわ……」
「いい加減に切り替えんか! 筋肉が泣いておるぞ」
「筋肉は泣かないわよ!」
アトルムテインの町に隣接した、大きな銀山。その暗く冷たい坑道の中に響くのは、何とも場違いな会話。
「そのくらいにしておきたまえ。で、エド。方向はこちらでいいのかい?」
「はい、大丈夫です」
じゃれ合うティアとゴンゾの二人に呆れ声をかけつつ問うアレクシスに、俺は自信を持って頷く。そんな俺は左手に地図を持ち、そしてクルリと返した右手の上には、見慣れた追放スキル「失せ物狂いの羅針盤」が存在している。
今回の作戦のため、俺はアレクシス達に俺の持つ無数の追放スキルのうち、「失せ物狂いの羅針盤」のことを打ち明けた。これの存在を知り、それなりの検証……町中に隠した小石を探したり……をしたからこそ、アレクシスは「鉱山を一日だけ閉鎖し、全労働者を退避させる」というかなり無茶な手段をとってくれたのだ。勇者権限マジパネェ。
ちなみに、「旅の足跡」の方は教えずに借り受けた地図を手にしているのは、正確な地図の軍事的な価値が高すぎるからだ。この面子がどうこうするという話ではなくても、その能力がうっかり何処かに漏れたりすれば、拉致されたり暗殺されたりする可能性があるからな。まあそんなのが来たら秒でぶっ飛ばすか秒で逃げるかのどっちかになるだろうが。
「にしても、山の中にいる魔獣の場所まで探知できるとは、実に便利な魔導具だな。小僧にしか使えんというのが不便と言えば不便だが……」
「エドって色んなものを持ってるのね。その鞄もそうだけど、一体何処で見つけてきたの?」
「ははは、それはまあ秘密ってことで……っと、その分岐は左に行きましょう。どうやらそっちに動いてるみたいです」
無人となった坑道を、俺達は早足で歩き進む。昨日まで人が働いていた場所なのだから変な魔獣が不意打ちしてくることもないし、目指す相手が何処にいるのかこちらには丸わかりなのだから、周囲への警戒は最低限。となれば心身ともに最低限の消耗で奥へ奥へと進んでいき……やがて辿り着いたのは、坑道の終点。
「ふむ。行き止まりだね」
「どうするのエド? まさかここからロックワームの所まで穴を掘っていくとか?」
「ガッハッハ! ワシの筋肉の出番のようだな!」
「いや、その出番は永遠に延期する方向でお願いします……そして、穴を掘る必要も無い。見てな?」
ムンッと力こぶを作ってみせるゴンゾのオッサンを軽くスルーし、俺はティアにニヤリと笑ってから突き当たりの岩肌をコンコンと叩いてみる。うん、これなら簡単に崩れたりはしないだろう。なら……
「セイッ!」
俺は岩壁に向かって思いきり蹴りを放つ。が、当然ながらただの蹴りで岩壁がどうにかなったりはしない。
「エド? 貴方何やってるの?」
「何だ、やはり筋肉で穴を掘るのか? フッフッフ、いいだろう。たまには若い筋肉に任せるのも、年長者たる者の務めだからな!」
「だから違うって! セイッ!」
二度三度と蹴りを繰り出し、それでも岩壁に変化はない。そう、何の変化も……思いきり蹴っているというのに、小石一つ落ちることはない。そうして何度も衝撃を溜め、やがてアレクシスがため息をついた、まさにその時。
「これで……どうだっ!」
最後に放った俺の蹴りに、軽く足下がぐらつくほどの揺れが鉱山に走る。追放スキル「円環反響」によって溜め込んだ衝撃を一気に返したのだ。
といっても、それは別に岩壁を砕いて大穴を開けるようなものではない。あくまでも揺らすだけ、衝撃を伝えるだけだが……それで十分。俺が与えたのとは違う振動が急速にこちらに近づいてくる。
「獲物は釣り上げた! 出てくるぞ!」
「総員、戦闘態勢!」
急いで俺が後退するのと同時にアレクシスが聖剣を抜き、ゴンゾのオッサンが一歩前に出る。相変わらず鎧どころか服すら着てない裸の上半身は真っ赤に茹で上がり、今にも湯気が噴き出しそうだ。
「GYUOOOOOOOO!!!」
「むぅん!!!」
鳴き声と共に飛び出して来たのは、ティアを丸呑み出来そうなほどに大きなロックワームの口。だが硬い鉱石すら噛み砕いてしまうギザギザの歯を、ゴンゾのオッサンは生身で正面から受け止める。
「征くぞエド!」
「応よ!」
それを確認した俺とアレクシスは、左右に分かれてロックワームの横を駆け抜ける。そうして壁際まで辿り着くと、ロックワームの体に深々と剣を突き刺した。
「GYUOOOOOOOO!!!」
「へへっ、これで引っ込めねーだろ」
「ティア!」
「任せて!」
前に進むにはゴンゾのオッサンが邪魔となり、かといって引っ込もうとすれば突き刺した剣が楔となって自分の口を真っ二つに切り裂いてしまう。進退窮まり必死に体をのたうち回らせるロックワームに対し、アレクシスの呼び声に応えてティアが渾身の精霊魔法を放つ。
「炎を宿して渦巻くは赤く輝く夕日の槍、鈍の光を纏めて貫く一対四指の精霊の腕! 貫き引き裂き燃やして絶やせ! ルナリーティアの名の下に、顕現せよ『ヴォルカニック・ランサー』!」
ティアの詠唱が終わると同時に、ゴンゾの脇をすり抜けて真っ赤に輝く二本の炎の槍がロックワームの口内へと突き刺さる。しかもその槍は直進ではなくロックワームの体の形に合わせて縦横無尽に曲がりくねり、ロックワームの体内を頭から尻まで完膚なきまでに焼き尽くすべく飛んでいく。
「GYUOOOOOOOO!?!?!?」
そのあまりの激痛に、ロックワームは口が裂けることすら厭わずその身を穴の中へと引いていく。そのせいで体がぱっくりと上下に切り裂かれたが、所詮露出していたのはロックワームの巨体からすればごく一部。人間で言うなら首から上を両断されたって感じになるのだが、生憎とロックワームの頭は急所ではないため、猛烈に痛いとしても死ぬことはない。
そしてティアの魔法も、流石にロックワームの全身を完全に焼き尽くすほどの力はない。このままならばロックワームは見事岩の中へと逃げおおせ、俺達には手出しのできない場所でのんびり休暇と洒落込まれることになるわけだが……
「悪いな、休暇はまた今度にしてくれ」
「エドっ!?」
躊躇うことなくロックワームの口に飛び込んだ俺に、背後からティアの声が届く。が、俺はそれを無視して「追い風の足」を起動。周囲全てが柔らかい肉であることにあかせて、体当たりしながら強引にロックワームの体内を進んで行けば、その中程まで進んだところで肉壁の一部に盛り上がっている部分を見つける。
「さっきの言葉は訂正だ。休んでいいぜ……永遠にな! 血刀錬成!」
腰に差していたナイフで右の手首を切り裂き、流れ出た血を刃として瘤の部分に突き立てる。するとビクンと一際大きく辺りが揺れ……そしてその動きが止まる。
「へヘッ。柄がなくなっちまったから『薄命の剣』は作れねーが、ま、このくらいならな。
貫けぬもの、あんまり無し! 俺の勝ちだミミズ野郎」
追放スキル「包帯いらずの無免許医」で手首の傷を癒やしつつ、俺は焦げ臭く生臭い魔獣の腹の中で、一人静かに勝ち名乗りを上げた。




