ごく簡単な目的であろうと、未達になることは間々ある
「おっかいものー♪ おっかいものー♪ エードと一緒にお買い物ー♪」
「……………………」
おかしい。何故こんなことになったのだろうか? ガッチリと俺の腕をとりご機嫌に歌うティアの姿に、俺は内心の困惑を押し隠しながらも話しかける。
「……さっき勇者様が何か呼んでましたけど、良かったんですか?」
「いいのよ別に。どうせエドに意地悪しようとしてたんだから! エドはもう仲間なんだから、酷い事しなくてもいいのにね」
「はぁ……」
確かに、剣の腕と彷徨い人の宝物庫という収納能力を見せつけたことで、俺の有用性は揺るぎのないものとなっただろう。だがアレクシスはそれに満足せず、更に俺を試そうとしたわけだが……その目論見はこちらのご機嫌エルフさんに秒で潰されてしまったことになる。
っていうか、何だこれ? アレクシスの吠え面を見るという実績が一瞬で達成されてしまったことはまあいいとして、問題はティアの態度だ。
「あの、ティアさん?」
「むーっ」
俺がティアの名を呼ぶと、ご機嫌だったはずのティアが途端に頬を膨らませてむくれ顔を見せてくる。
「えっ!? な、何ですか!?」
「名前! さっきは呼び捨てにしてたのに、何でそんな他人行儀な呼び方するの? 普通にティアでいいわよ。あと喋り方も!」
「ええ? でも、俺達まだ知り合ったばかりですし……!?」
そう言った俺の口元を、ティアの指がムニュッと摘まんでくる。
「そういう融通の利かない事を言うのは、どの口ですかー? ほらほら、私の名前を呼んでごらんなさい?」
「痛い! これ地味に痛いから! わかりま……わかったよ、ティア。これでいいか?」
「うむ! 合格!」
俺の口から指を離したティアが、満面の笑みを浮かべて頷く。その様子は俺の良く知るティアそのもので……だからこそ違和感が拭えない。
「なあ、ティア? もう一回聞いちゃうけど、何で会ったばっかりの俺にそこまでよくしてくれるんだ?」
「えー、何それ!? 私そんなに冷たい人だと思われてたの?」
「いや、そうじゃねーけど。何かこう、予想を遙かに超えて近いというか……」
確かにティアは社交的で人見知りしない性格だが、だからといって出会ったばかりの相手を無条件に信頼するような馬鹿じゃない。俺の知っている最初のティアなら、あの場で「行ってらっしゃい! 頑張ってねー!」と手を振って応援してくれることはあっても、一緒についてくることはなかったはずなのだ。
だというのに、ティアは俺の隣で旧知の友人であるかのように振る舞っている。その違和感はまるでティアまで未来の記憶を引き継いでいるんじゃないかと疑わせるほどで……その想像は俺の胸に焼け付くような焦燥感を与えてくる。
「そう? 言われみれば、確かに……うーん、何でだろ?」
そんな俺の心配を余所に、ティアが小首を傾げて悩み始める。所詮は一年半の付き合いでしかないが、それでもこの感じなら記憶を引き継いでいるということはないだろう。が、そうなるとこの態度に説明が付かないわけで……はて?
「あのね、私達エルフって、貴方達に比べて長生きでしょ?」
「お、おぅ?」
いきなり関係のなさそうな話を振られて面食らう俺に、ティアがそのまま話を続けていく。
「長く生きるってことは、それだけ沢山のことを経験していて……沢山のことを忘れてるってことでもあるの。実際私も一〇〇年以上生きてるけど、どれだけの事を忘れちゃったのか、自分でもわからないわ。まあ忘れてるんだから当然だけど。フフッ」
小さく笑うティアの顔は年下の少女のような愛らしさだが、その瞳の奥には間違いなく長い時を生きたであろう深みが感じられる。自分でも経験したからわかることだが、一〇〇年という時間はそうさせるだけの重みがあるのだ。
「でもほら、絶対に忘れたくない大切な思い出ってあるでしょ? そういう記憶をね、私達エルフは魂に刻むの」
「魂……?」
「うん。ああ、勿論本当に何か特別なことをしてるってわけじゃないのよ? ただそっと胸に抱いて、強く強く心に焼き付けるの。数百年の時を経ても決して色褪せないように、時の一端を切り取って保存するように。
そうすると、不思議と忘れないの。ただあんまりにも強すぎる想いは、死んで生まれ変わっても魂に焼き付いたままになって……だから時々、初めて見る光景や初めて会った人に懐かしさを感じることがあるんだって。さっき突然泣き出したエドの顔をみて、いつか何処かで聞いたそんな話を思い出したの」
果たして死んだ者は本当に生まれ変わるのか? その答えを俺は持ち合わせていないが、俺自身が遙か未来の記憶と経験を自分の魂に焼き付けた存在である以上、それを頭から否定することはできない。
ただ、今ティアが言ったようなことを体験したという人物には確かに何度か会ったことがある。別にエルフに限った話ではないのだが、それを指摘するのは野暮ってもんだろう。
「なるほど、魂の記憶……確かにそういう話は俺も聞いたことがあるな」
「でしょ? だからひょっとしたら、私が私になる前に、エドがエドじゃない頃の誰かと出会ってお友達だったんじゃないかな? 自分でも良くわかんないけど……へへへ」
「そう、か……それは何とも、光栄だな」
はにかむティアに、俺はそれ以上にかける言葉が見つからない。それ以上の言うことなど何も無いのだ。
俺達の前には、予測線の描かれた未来が待っている。だがその線を好き放題に変えられることは既に実証済みだ。
ならば何も心配はいらない。俺は全力で俺の望む未来を世界に押しつける!
「ほらエド! そんなことより、早くお買い物しましょ。幾ら意地悪なアレクシスでも、あんまり待たせたら可哀想よ?」
「おいおい、勇者様を意地悪なんて言っていいのかよ?」
「いいのよ! そんなこと言えるのは私達くらいなんだし。あ、何ならエドもアレクシスのこと呼び捨てにしてみる? きっとすっごく面白い顔をすると思うわよ?」
「それは……もうしばらくは遠慮させてもらおうかな」
ティアの態度で勘違いしそうになるが、俺達はついさっき知り合ったばかりなのだ。ゴンゾのオッサンはおそらく気にしないだろうが、アレクシスは本気で顔をしかめると思う。
それはそれで確かに面白いだろうが、流石に勇者パーティに入ったばかりで勇者本人から嫌われるのは避けたい。
「まあ、いずれはそんな風に呼べるように、俺の事を認めてもらうさ。そのためにもまずは買い出しを頑張らないとな」
「そうね。で、エドは何を買うの? 金貨を貰ったんだったら、大抵のものは買えると思うけど……」
「フッフッフ、それに関してはちゃんと考えてある。売ってる店の場所もバッチリ把握してるしな」
「おー!」
ドヤ顔で言う俺に、ティアがパチパチと小さく拍手をしてくれる。最初からただの荷物持ちで終わるつもりはなかったので、物資全般の管理を任されるようになるための計画はきっちりと頭に描いてあるのだ。
まあそれを初手で実行することになるとは思わなかったが、元手に金貨があるならどうにかなるだろう。
「ということで、まずは大通りの脇にある干物屋の脇の道を曲がって、三つ目の角を左に進んで奥から三軒目にある裏通りの店からだ!」
「干物、脇……えぇ? 何そのお店。私全然知らないんだけど?」
「ちょっとした穴場だからな。知る人ぞ知るというか、誰も知らないからこそ良品が安く眠っているというか……どうやって商売を成り立たせてるのかはわかんねーけど」
「うわぁ、何だか面白そう! 私が案内しようと思ってたけど、そういうことならエドに案内してもらおうかしら?」
「お任せ下さいお嬢様。素敵に怪しく胡散臭い店にお連れしますよ」
「素敵なのに怪しくて胡散臭いの……?」
長い耳をピコピコと揺らし好奇心を膨らませる子猫のようなティアの手を取り、今度は俺が引っ張って行く。繋いだ手はあの日と同じく温かく……だがその温もりはいつまで経っても消えることはなかった。




