あまりにも上手くいきすぎるのは、嬉しいよりも逆に怖い
「ふぅ……すみません。もう落ち着きました」
「そう、良かった。で、エドはアレクシスと何をしてたの? まさか本当に喧嘩してたわけじゃないわよね?」
やっと気持ちを抑え込んだ俺に、ティアがそう問い掛けてくる。なおその背後からは「この僕がこんな奴と喧嘩などするわけないだろう!」というアレクシスの抗議の声が飛んできているが、それに反応するつもりはないらしい……実に賢明な判断だ。
「あ、はい。実は憧れの勇者パーティに入れていただけないかと思いまして、勇者様に俺の実力を確かめてもらっていたんです」
「そうなの? 確かにアレクシスと戦えるなら強いんだと思うけど……うーん、私達、別に戦力不足に悩んだりはしてないんだよね」
俺の言葉に、ティアが眉間に皺を寄せてそう答える。だがその反応は想定内だ。俺は慌てず更に言葉を続けていく。
「ですよね。なので――」
「でもまあ、いっか! エドとなら何となく上手くやっていけそうな気がするし!」
「荷物持ち……あれ?」
「ねーねーアレクシスー! エドのこと仲間にしてもいいでしょー?」
「は!? 何を勝手なことを言ってるんだ君は!? 今更仲間なんて増やしたら、連携が取れなくなって却って弱くなると何度も説明しただろう!」
「それはわかってるけど、そこはほら、みんなで訓練したらいいじゃない! ね、ゴンゾもいいよね?」
「うん? ああ、別にワシは構わんぞ。今がどれだけ貧弱だろうと、ワシの手で立派な筋肉に育ててやろう!」
「じゃーこれで二対一ね! エドの仲間入り、けってーい! これから宜しくね、エド!」
「あ、はい。宜しくお願いします……?」
何だこの……何だ? 俺は勇者パーティに入るために色々な作戦を考えていたというのに、気づいたら既に勇者パーティに加入していた……?
「え? その、本当にいいんですか?」
「いいのよ。ねえアレクシス?」
戸惑う俺が問い掛けると、ニンマリと微笑むティアが振り向いてアレクシスに言う。だが声をかけられたアレクシスの方は極めて珍しいことに、衆目のある場所だというのに苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「ハァ。こういう時の君には何を言っても通じないとわかっている。確かに最低限の実力はあるようだから強く反対はしないけど……物資の問題はどうするつもりだい? そろそろ町や拠点から離れた場所への遠征も本格的に考える時期だと話し合っただろう?」
「あっ、そっか。それがあったのよね……」
苦り切ったアレクシスの言葉に、今度はティアの方が考え込んでしまう。丁度この時期、アレクシス達は日帰り、ないしは数日程度で達成できる案件をほぼこなし終えており、そろそろ一週間から一〇日ほどの時間のかかる小規模ダンジョンに挑戦しようと考えていたのだ。
だが、それだけの期間無補給で活動するとなれば相応の水や食料を運ばなければならず、それを任せる人員が必要になる。今までは各自で運んでいたが、そこまでの量と自力でとなると戦闘に支障が出てしまうのだ。
「あ、あの! 俺、荷物持ちますけど?」
ならばこそ、俺はここで名乗り出る。というか最初からそのつもりだったので当然だ。だが俺の提案に、アレクシスは訝しげな視線を向けてくる。
「君が? 確かに君はそこそこの剣士のようだけれど、まさか僕達全員分の荷物を持っていても今と変わらず動けるなんて、ふざけた事を言うつもりじゃないだろうね?」
「まさか! 実は俺、便利な魔導具を持ってるんですよ。ほら、これなんですけど」
そう言って俺が指さすのは、腰に着けている小さな鞄だ。鉄剣と同じく雑傭兵時代から使っている代物なのだが、俺は折れて使い物にならなくなった鉄剣の柄をその鞄の中に入れる……ふりをして「彷徨い人の宝物庫」にしまい込む。
すると当然ながら小さな鞄にはいるはずもない剣はスルリと異空間へと消え去っていき、アレクシス達の目が驚愕に見開かれる。
「なっ!? おい君、それは一体……?」
「とまあ、見ての通り、こいつは見た目と違って大量の物が入る不思議な鞄なんです。どういうわけか俺以外の奴が使うと普通の鞄に戻ってしまうようなんで、売ったり譲ったりはできないんですけど……でも俺が使う分には町中の物資を詰め込んだって余裕ですよ?」
嘘と真実を巧みに織り交ぜた俺の言葉に、アレクシスが鋭い目で俺の鞄を見つめてくる。もし俺が「誰にでも使える魔法の鞄」だと説明したならば勇者権限で徴発してきたのだろうが、「俺にしか使えない」のであれば意味が無いどころかとんでもない荷物持ちをみすみす逃すことになる。
へっへっへ、どうする勇者さんよ? この規格外の荷運び能力が欲しければ、俺を勇者パーティに……って、もう加入しちゃってるけど。
「すごーい! エドってば、そんな凄い魔導具持ってるんだ! やったじゃないアレクシス、これで問題解決でしょ?」
「ガッハッハ! そうだな。重い荷物を運ぶのも筋肉を育てるには有効だが、いつでも何処でも鍛錬できるように大量のアダマント片を持ち運べるというのは実に魅力的だ! 後で自宅から運んでこさせるから、頼むぞ小僧!」
「アッハイ。ヨロコンデ」
えぇ、一周目では聞いたことないんだけど、ゴンゾのオッサンそんなの持ってるの? 確かに中身の重量は無視できるから運べはするけど……やはり筋肉とは節度のあるお付き合いが必要だ。
「……まあ、いいだろう。確かにそれは極めて有用な魔導具のようだ。ならば僕達の荷物を運ぶのも君に任せる。さしあたっては……これだ」
アレクシスがピンと弾いて飛ばしてきた金属片を、俺は片手でキャッチする。それから手を開いて見れば、中には銀色の……じゃない、金貨!?
「あ、あの、勇者様!?」
「それで君が必要だと思う物資を、必要だと思うだけ買ってくるんだ。余った分は返さなくてもいい」
「えぇ? でもこれ、金貨ですよ? ひょっとして間違えたりしてません?」
この世界の一般庶民の平均的な収入は一日辺り銅貨八〇枚くらいで、銅貨一〇〇枚で銀貨一枚、銀貨一〇〇枚で金貨一枚となる。そして一周目の時に俺が初めて受け取ったのは、銀貨一枚だった。
まあ当然だろう。何処の誰ともわからない相手にいきなり大金を渡すはずがない。だから今回もそうだと思ったんだが……これは?
「間違えてなどいない。だが幾らでも入るというのであれば、ちまちま買うよりも大量にまとめ買いした方が効率がいいだろう? 最強の剣士というのは僕がいる以上あり得ないが……最高の荷物持ちだというのなら、その能力を見せてくれたまえ」
「……わかりました。ご期待に添えるよう頑張ります」
フンと鼻を鳴らすアレクシスに、俺は丁寧に一礼して応える。
なるほど、つまりこれは試験だ。この金をどう使い、何をどれだけ購入するのか? 単純に荷物を持つだけの存在ではなく、荷物を……物資を管理する者としての俺の能力を試されている。
フフフ、いいだろう。その挑戦受けて立つ! こちとら伊達に一〇〇年も荷物持ってねーんだよ! 完全かつ完璧な旅の準備を整えて、あまりの快適さに吠え面をかかせてやるぜ!
「じゃ、行きましょ! 二人とも、また後でね!」
「……はい?」
やる気に燃える俺の腕を、極めて自然な動作でティアが引っ張って行く。どうやらお買い物タイムは二人連れらしい……何で?




