一〇一回目のプロローグ
新年明けましておめでとうございます! 本年も宜しくお願い致します。
「……………………ん?」
俺の目の前に、突如として広がる真っ白な世界。その光景に見覚えなどあるはずもなく、俺は間抜け顔を晒しながら慌てて周囲を見回す。
「え、何!? 何だここ!? あ、え、うぇぇ!?」
右を見ても左を見ても、ただひたすらにのっぺりと白い。というか、上も下も白い。空が見えないってことは、何かの建物の中なのか? 閉じ込められた? 攫われた? 何で俺が? どうやって?
「……待て待て待て。時に落ち着け。まずは状況を整理しよう」
ついさっきまで、俺は爪モグラの退治をしていた。畑に出た害獣の駆除は雑傭兵の重要な仕事であり、爪モグラの巣を叩き潰すべく俺は森に足を踏み込んで……
「…………よし、これっぽっちも原因がわからねーことがわかったぜ」
数え切れない程入った森にこんな施設があるわけないし、こんなことが出来る存在にも、俺にこんなことを仕掛ける相手にも心当たりがまるでない。強いて言うなら神の気まぐれとかになるんだろうが……ぐぅ、馬鹿じゃねーのと鼻で笑いたいのに、それが一番しっくりくるってどうなのよ。
「はぁぁ……えーっと、私めのことはご覧になられていらっしゃるのでしょうか? だとしたらこう……これからどうすればいいかの最低限の指針などいただけましたらとても幸いなのですが」
何も無く誰も居ない場所ではあるが、とりあえず俺は誰かに見られていることを考慮して話しかけてみる。状況の理不尽さに腹が立たないわけではないが、こんなことができる相手に喧嘩を売るのは一〇〇年くらい先まで勘弁して欲しい。
ゴトッ
「おおぅ!? って、何だこりゃ?」
突然背後で音がして、ビクッと体を震わせながら振り向いてみると、そこには真っ白なテーブルが出現しており、その上には真っ白な本が載っている。この白押しはなんなんだろう? 正直見づらいというか、ちょっと目に痛いんだけど。
「まあ、読めってことだよな」
本を手に取り開いてみると、幸いにして白い本の中にはちゃんと黒いインクで文字が書かれていた。それをつらつらと読んでいくと、どうやら俺は元の世界を追放されたらしい。そして元の世界に戻るには、一〇〇の異世界を巡ってそれぞれの世界の勇者パーティに加入し、追放されればいい、と……うん、控えめに言って頭おかしい。
「控えめに言って頭おかしいだろ。何考えてんだ!?」
考えたことを言葉でも表現してしまうほどに驚愕と呆れを感じたが、俺の問いに俺をここに読んだナニカ……便宜上神様としておくが、神は何も答えない。
が、何も応えてくれなかったわけではないらしい。俺の目の前で白い景色からじんわりと染み出てくるように壁が出現し、そこには「〇〇一」と書かれたプレートのかかっている扉がある。
ちなみに壁を回り込んで裏側に回ってみると、そこには扉はなくただの壁だった。どうやら裏口入門はできないようだ。
「何だか全然わかんねーんだけど、行ってみるしかないってことか? っと、その前に……」
扉のノブに手を掛けようとしたところで、俺は本を読んでいる間にいつの間にかテーブルの上に出現していた水晶玉に目を向ける。どうやらこれに触ると、何かいい感じの能力が貰えるらしい。
「頼むぜ……知ってるとは思うけど、俺はただの雑傭兵だからな? 勇者パーティなんてのに入る能力なんて無いんだから、ここでガッツリ補填してくれる……よな? おぉぉ!?」
不安と共に水晶玉に手を載せれば、俺の中に不思議な熱が流れ込んでくる。それと同時に頭に浮かんできたのは、「偶然という必然」という能力とその効果についてだ。
「……持ってるだけで自動発動。良くも悪くも問題に巻き込まれやすくなる? これで勇者に取り入れってことか? えぇ、そこはわかりやすく勇者の仲間に誘われるくらいに強くなれる力とかじゃ駄目なの?」
何だよこのひねくれた能力。まあ人の意思を無視してこんなところに連れてくるような神様らしいと言えばそうだけど……あれ?
「……もう一個ある? ぐっ!?」
続けざまにもう一つ、俺の中に熱が流れ込んでくる。だがその力はさっきの比ではなく、俺の全身が途轍もない激痛に苛まれる。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
痛い、痛い! 頭が割れる! 血が燃える! とてもじゃないが、こんな力耐えられるわけがない!
「ああああぁぁぁぁぁ!!! うあああぁぁぁぁぁ!!!」
無様に白い地面に倒れ込むと、俺は絶叫しながらみっともなくのたうち回る。喉が裂けて血が滴り、目が飛び出しそうなほどに充血し、体中が雷に打たれたように痺れてビクビクと震える。
地獄の痛み、地獄の苦しみ。王様の尻の毛の本数まで喋ってしまいそうな極上の拷問と共に俺に流し込まれてくるのは、見たことも聞いたことも無い、だが確かに俺の記憶。
「っ…………ぁ…………………………」
見ず知らずの世界で、俺は誰かと旅をして……そしてそいつに追い出され、ここに戻ってくる。それを一つ繰り返す度に俺の頭が破裂しそうなほどに痛み、同時に俺の知らない力が増えていく。
三つ、四つ、一〇、二〇……巡った世界はドンドン増えていき、痛みは増し魂が悲鳴をあげる。五〇を越え、七〇を越え……我慢の限界なんてとっくに越えているのに、それでも俺は力の奔流を受け入れ続ける。
「ぐっ、うっ……ううううぅぅぅぅぅ……………………!!!」
何でだ? 何で俺はここまで頑張ってるんだ? 砕けんばかりに歯を食いしばり、肉に食い込むほど拳を握りしめ、どうしてこんな……今の俺には分不相応な力に耐えてるんだ?
わからない。見当も付かない。今すぐにでも投げ出したいのに……一番最初に俺の中に入ってきた記憶が、俺の顔で笑うのだ。会ったこともない美少女を侍らせる「いいご身分」の俺が、泣きそうな笑顔で叫ぶのだ。
『諦めるな。そうすりゃ過去だって変えられる』
「くっ……そっ…………がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
世界全てに響けとばかりに、俺は最後に大声で叫んだ。それと同時に俺の魂は焼き切れて……そこに俺が還ってくる。
「ハァ、ハァ、ハァ……………………へ、へへへ、へへへへへ……………………」
全ての力を使い果たした俺の体は、指一本すら動かない。だが俺の口からは、自然と笑い声が溢れてくる。
脳内に浮かぶ最後の追放スキル、「二周目の祝福」。その効果は「全ての記憶と経験を引き継いで最初からやり直す」という、何とも単純なものだ。
この追放スキルの能力はあくまでも引き継ぐだけだから、これを使って更に追加でもう一周……というのはできないが、むしろそれでいい。何度でもやり直せるなんてなったら、きっと終わらないループに嵌まってグダグダな人生を送ることになるだろうから。
「スゥゥ…………ハァァ…………よし」
大きく深呼吸をしてから、俺は気合いを入れて立ち上がる。ジタバタ暴れたせいで体中に打ち身ができていたり、食いしばり過ぎて歯が欠けたりと何ともボロボロな姿だが、世界を渡ってしまえばこの程度の傷は「追放スキル」でどうとでもなる。
ならばこそ、俺は痛む体で扉の前に立つ。馬鹿みたいに長かった壁は随分と短くなり、一〇一個も並んでいた扉も今はたった一つしかない。〇〇一の世界……ティア達のいる、最初の世界。
「泣いても笑っても、二度目で最後。なら全員笑えるようにしねーと嘘だよなぁ?」
今の俺なら、きっとできる。あの糞みたいな結末を、アホ面下げて全員で乾杯する未来に変えられる。
「さあ、二周目の始まりだ! 最強の力で無双して……いい具合に追放されてやるぜ!」
ニヤリと笑って扉を開くと、俺は躊躇うことなく懐かしい世界に初めて足を踏み入れるのだった。
ということで、新年の始まりと共に序章が終了となります。次からはやっとタイトル通りの内容になっていく……はずです(笑)