表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/552

かくて旅は終わり、世界は静かに幕を閉じる

「わーい、楽ちん!」


「そいつはようございました」


 凶悪な魔獣がはびこる魔境を、俺はティアを背負って駆け抜けていく。夜の魔境を移動するなんて正気の沙汰ではないが、今の俺にとって最も脅威なのはどうとでもあしらえる魔獣ではなく、足止めすら許されない時の流れだ。


「あ! エド、あっち!」


「おう!」


 エルフはまあまあ夜目が利く。背負子に紐でくくりつけられたティアの指摘に目を向ければ、暗い木々の狭間からキラリと輝く無数の目が見え……俺は即座に進路を変える。


 そりゃそうだろう。魔獣だらけの魔境の中で、いちいち戦っていたら切りが無い。どうしても進路を塞がれているなら片付けるが、そうじゃないなら避けて通った方が手間も時間もかからないのは自明である。


「何だか不思議な気分。前に来た時は、夜の魔境は押し潰されそうな重圧を耐えてひっそりと息を潜める場所だったのに……まさかこんなに堂々と走り抜けられるなんてね」


「フッフッフ、そこはまあ、俺のおかげだな」


 まだ一日経っていないので「不可知の鏡面(ミラージュシフト)」は使えないが、そもそもあれは俺にしか効果がないので、ティアを背負っている状態では使えない……というか、使った場合ティアがストンと地面に落ちて、尻をさすりながら涙目で俺を睨んでくることだろう。


 が、「追い風の足(ヘルメスダッシュ)」で高速移動すれば大抵の魔獣は置き去りにできるし、大雑把な移動をしても「失せ物狂いの羅針盤(アカシックコンパス)」があれば目的地がわからなくなることはない。ならばこそ俺達は大胆に魔境を走り抜けていくわけだが……


「いや、遠くね? てか、魔境広くね?」


「そりゃ広いわよ。簡単に抜けられるくらいだったら、とっくに魔王城まで軍隊が攻め込んでるだろうし」


「そりゃそうだけど」


 魔境は、俺が思っていたよりも一〇倍くらい広い。確かにここを普通に抜けようとしたら、大量の物資が必要不可欠だろう。


 それに、ここを抜けるとしたらたとえ荷物持ちだってかなりの苦労をしたはずだ。おそらくは俺よりも長い期間アレクシス達と共に旅をし、信頼を勝ち得て共に支え合いながらこの魔境を抜けて……それだけの経験があってすら、人は真に信じ合うことはできないんだろうか? いつだって見捨てること、見捨てられることを余儀なくされてきた俺は、その答えを持ち合わせていない。


「……そう言えば、逃げた荷物持ちってのはどうなったんだ?」


「さあ? 多分捕まったとかじゃない?」


「そっか。まあそうだよな」


 大国であるノートランドの王が真実を知っているのだから、勇者であり自分の息子を見捨てた相手を見逃しているはずもない。おそらくは秘密裏に捕縛されて……そのあとどうなったかは考えるだけ野暮だろう。


「あ、もうすぐじゃないかな? 木の根っこの張り出し具合とかが変わってきたし」


「……そうなのか?」


 木の密度ならまだしも、根っこの張り出し具合とか言われても全くわからん。まあティアが言うならそうなんだろうとそのまま走り続けると、そのうち俺でもわかるくらいに木の生えている間隔が開いていく。


 そうして幾度かの休憩を挟みつつも、夜通し走り続けること一〇時間以上。遂に俺達の目の前から木が消え、そこに広がっていたのは広大な草原だった。


「ここでいいはずだけど……ティア?」


「…………降ろして」


「ああ」


 背負子から降ろすと、ティアはきちんと自分の足で立ち、フラフラと草原を歩く。確かめるように周囲を見回し、やがて近くにあった俺の腰ほどの高さの岩の方に近づいていく。


「ここ……ここよ。ここで私に、アレクシスが転移結晶をくれたの」


「じゃあ……」


「うん…………戻ってきた。みんな、私やっと戻ってきたよ……………………」


 ぺたんとその場に座り込み、声を震わせながらティアが岩に身を委ねる。仲間を見捨てて強制転移させられた場所に、彼女は今ようやく辿り着いたのだ。


「アレクシス、ゴンゾ……わかる? エドが、私達が追い出しちゃったエドが、私をここまで連れてきてくれたんだよ? エドったら、信じられないくらい強くなっちゃった……フフッ」


 そのままごろんと体を回すと、岩に背をもたれかからせたティアが空を見上げる。釣られて俺も見上げれば、瞬く星の裾野からは赤い光が昇り始めている。


「……ねえ、エド。覚えてる? 私が……私達が貴方を追放したときのこと」


「そりゃ覚えてるさ。あんな酷い言いがかりをつけられりゃーな」


 ティアの言葉に、俺は苦笑して肩をすくめてみせる。俺が勇者パーティを追い出されたきっかけは、ティアの着替えを覗いたことだからだ。


 といっても、勿論わざとじゃない。ティアに呼ばれて天幕に行ったら何故かティアが着替えていて、慌てる俺を前にティアが大声で悲鳴をあげ、アレクシスに「着替えを覗くような人とは一緒にいられない」と強硬に訴えた結果、俺は勇者パーティを追放されることになったのだ。


「……あの頃、私はずっと思ってたの。これからドンドン敵が強くなって、戦闘が厳しくなったら、私達にはもうエドを守れないんじゃないかって。


 だから追い出したの。わざと着替えを覗かせて、アレクシスに訴えた……そうしなかったら、エドが死んじゃうって思ったから」


「そっか。まあ、そうだろうなぁ」


 当時の俺は本当に弱かった。実際旅の後半では数え切れない程の命の危機を感じていたし、追放されるまで生き残っていられたのは、単に運が良かっただけだと自分でも思う。


「でも、それは間違いだったのね。私が守る必要なんてないくらい、エドは強くなれたんだもの」


「いや、それは――」


 違う。俺の強さは世界を追放されるごとに貰った追放スキルと、常に若い体のままで一〇〇年も努力する時間を与えられたからだ。追放されることなく旅を続けた俺が今の俺に並ぶことは絶対にない。


「エド」


「……何だよ」


「ありがとう。貴方のおかげで、またみんなで集まれた。そして、ごめんね。また私は、みんなと一緒に貴方をおいていかなきゃいけないみたい」


「……………………」


「私を……私の魂をここまで運んでくれて、ありがとう。貴方は本当に……最高の荷物持ちだったわ…………――――」


 最後に小さく微笑んで、ティアの瞼がゆっくりと落ちていく。昇る朝日と対照的にその目が閉じられれば、それこそがこの世界における俺の冒険の本当の終わり。俺が追放された後の、知るはずのなかった終焉の物語。


 これでもう、俺にできることは何も無い。かつての仲間に対する義理は果たしたのだから、後は鍵を使ってあの「白い世界」に戻り、そこから更に自分の世界に……本来俺がいるべき場所に帰るだけだ。


 一〇〇年ぶりの再会に、俺はどんな顔をすればいいだろうか? 向こうからすれば精々数時間とかだろうから、きっと変な顔をされることだろう。


 今なら簡単に金を稼げる。両親には家とか畑でも贈るか? 馬鹿のタルホにゃ美味い酒の一杯も奢れば十分だろう。かつては高嶺の花だった受付嬢のアーシアちゃんには花束と一緒に宝石なんか贈ってみてもいいかも知れない。


 ああ、そうだ。今の俺が帰れば、何でも出来る。強い魔獣だって倒し放題だし、出世して貴族になったり、何なら国を興すことだって出来そうだ。何でも、何でも――


「…………なあ、神様? これもあんたの計算のうちか? いいさ、乗ってやるよ。あんたの手のひらの上で、穴が空くまで踊ってやるよ!」


 まだ温もりの残るティアの手に触れながら、俺は空に向かって拳を突き上げる。そうして俺が使うのは、一〇〇の世界を追放されて手に入れた最後の追放スキル。神への直訴を可能とし、どんな願いも気分次第で叶えてくれるという何ともふざけたそのスキルの名は――


「全部持ってけ! 『たった一度の請求権(アンリミテッド)』!」


 突き上げた右の拳から、光の柱が立ち上る。それは雲を破り世界を超え、神と呼ばれる何かのところまで俺の願いを貫いていくと……瞬間、俺の意識は真っ暗闇へと沈んでいった。

これが今年最後の更新となります。一年間ありがとうございました。なお新年の更新は元日の18時からとなっておりますので、楽しみにお待ちください(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ