勇者パーティを追放されたので全力を出したら引き留められたけど、もう遅いです、すみません
新連載を開始しました! 初日は3話更新で、以後は毎日18時更新となります。少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。
「なあ、エド。お前明日から来なくっていいぜ」
「え?」
新たな拠点に移り、ここ二週間ほど通った酒場。そこで俺は斥候役の軽戦士のオッサンから突然そんな言葉を投げかけられる。その鼻は相変わらず赤いが、その酔い方は何処かいつもと違って楽しそうじゃない。
「えっと、それはどういう……?」
「言葉のまんまだよ。お前はもういらねぇって言ってんだ」
「いやいやいや。突然そんなことを言われても……」
「突然じゃねぇ。お前がいないところでもう何回も話し合った。つまりこれは俺達の総意ってことだ」
「…………本当なんですか?」
同じテーブルに着く仲間達を窺うように、俺は上目遣いで見回していく。だが清楚な神官服に身を包む少女は気まずそうに顔を逸らし、とんがり帽子の魔術師の女性は呆れたようにため息をついて……
「ゆ、勇者様?」
「……ああ、本当だ」
最後に俺に声をかけられた立派な装備に身を包む青年……勇者様は苦々しい表情でそう告げてきた。
「なあ、エド。君は間違いなく優秀な人材だった。だから俺は君をパーティに誘ったし、みんなも手放しで喜んでくれた。
そして加入してしばらくの間の君の働きもまた、本当に素晴らしいものだった。君に助けられたこと、教えられたこと。今思い返しても沢山ある」
「なら――」
「だが!」
すがるような俺の言葉を遮るように、勇者様が強い口調で言う。
「最近の君はどうだ? 任された仕事に手を抜くようになり、かつては自主訓練をしていた時間も遊びほうけている。これから先の厳しい戦いに向けて皆が実力を高めているというのに、君は……君だけは加入した当時のままだ。
それでも俺達は、君のことを見守っていた。いつかまたやる気を出して昔のように活躍してくれるだろうと。でもその我慢も……もう限界なんだ」
苦しげに言う勇者様の言葉に、俺は思わず胸を詰まらせる。だがそんな俺を見ても、周りの誰も擁護はしてくれない。まあ当然だろう。さっき聞かされた通り、この結論は既に何度も話し合われた末のものなのだろうから。
「は、ははは。じゃあ、俺は……?」
「ああ、そうだ。エド……君を俺達勇者パーティから追放する」
まるで自分や仲間達に言い聞かせるように、突き放した声。それを聞いた俺は思わずうつむき……そして叫んでしまう。
「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
ピコンッ!
『条件達成を確認。帰還まで残り一〇分です』
「エ、エド!? どうしたんだ!?」
「何で喜んでるのよ。ひょっとして頭おかしくなったとか?」
何故か喜びの声をあげた俺に、勇者様と魔術師の女性が声をかけてくる。そんな二人の肩を、俺はご機嫌でバシバシと叩いた。
「いやいや、俺はまともだぜ? ただようやく念願が叶ったってだけさ。あ、そうだ。立ち去る前にこれ受け取ってもらえます?」
そう言って、俺は何も無い空間に手を伸ばす。すると宙に浮いた黒い穴にその手が吸い込まれて行き、そのなかから大量の紙の束をテーブルの上に取り出していく。
「な、何だ!?」
「え、アンタそれ、ひょっとして次元収納!? アンタそんなスキルを持ってたの!?」
次元収納というのは、その名の通り別の空間に大量に物資を保管できるというトンデモ便利なスキルだ。俺が知る限りこの世界でそのスキルを持っているのは三人だけで、残念ながら勇者パーティには次元収納持ちはいない。
もっとも、俺のこれは次元収納ではない。「彷徨い人の宝物庫」という追放スキルで、その効果は世界を越えても内容物を保持できるという優れもの……まあそれは今はいいとして。
「何で言わないの!? そんなスキルがあるなら、幾らでも活用法が――」
「まあまあ。それよりほら、これ読んでみてください」
「これは……指南書、か?」
俺が出した紙の束に目を落とし、勇者様がそう呟く。
「そうです。今までの戦闘なんかで集めた皆さんの情報から、効率的な訓練方法とか新たな技能の習得法とか、そういう感じのを纏めてみました。なので今後どのような成長を求めるにしても、一つの参考にしてもらえればと」
「……あの、これ私が習得できるとされている魔法に、私の知らない名前があるのですけど」
訝しげな顔で俺の指南書を斜め読みする魔術師の女性とは対照的に、真剣な表情で手書きの指南書を読んでくれた神官の少女が小さく手を上げ問い掛けてくる。
「ああ、それは世界各地に封印されてるあれやこれやを解放すると習得できる、奥義とかそういう感じの奴だよ。その辺の条件や魔法の効果、有効な活用法なんかも別紙に纏めてあるんで、あとで読んでもらえればと」
追放スキル「七光りの眼鏡」を使えば、見た相手が「将来的に」どんな力を得てどのくらいのことが出来るようになるのか、その可能性の一端がわかる。勿論それを実現するには本人の努力が必須だが、先の訓練計画と組み合わせればきっと望む未来に辿り着けることだろう。
「えぇぇ……?」
「おい、エド。こりゃどういうことだ?」
戸惑う神官の少女をそのままに、今度は斥候役のオッサンが低い声で俺の名を呼ぶ。振り返って見てみれば、手にした紙をパシンと叩いて凄い目つきで俺を睨むオッサンの顔がある。
「何だこの馬鹿みたいに精巧な地図は? しかも俺の気づかなかった隠し通路や罠の配置まで完全に書かれてるだと?」
「それも餞別みたいなものです。一緒に行ったところの地図しかありませんけど、何かの役には立つかと」
「は? 何言ってやがる。行ったことのない場所の地図なんか描けるわけねぇだろうが! それよりこれはどうやって――」
「あー、はいはい。そういう細かいことはいいじゃないですか。もう俺はパーティを出ていくわけですし」
ちなみに地図の作成は、追放スキル「旅の足跡」で俺の脳内に浮かび上がったものを、同じく追放スキル「半人前の贋作師」で複製したものだ。今自分が見ているものを見た目だけそっくりに複製するというスキルだが、地図なんて見た目が全てなので何の問題もない。
いやー、これ最初に取得した時は「見た目だけ同じって、そんなのどうするんだよ?」と思ったけど、見た目が同じに作れたら普通に使えるものって割と沢山あるよね。うん、スゲー便利。
「…………すまない」
「うえっ!? な、何ですか勇者様!?」
と、そこで突然正面に座っていた勇者様がテーブルに額をこすりつける勢いで頭を下げてくる。
「まさか君が、俺の知らないところでこれだけの仕事をしていたなんて……俺の不見識をどうか許してくれ」
「ごめんなさいエドさん。努力とは人知れず、己の内に積み重ねるもの。そんな当たり前のことに気づかず、貴方を糾弾してしまったなんて……」
「チッ。俺も焼きが回ったぜ。自分の息子だって言っても通じるような年齢のガキに俺よりずっと凄い仕事をさせといて、偉そうに説教とは……すまん! この通りだ!」
「いやいやいやいや! そんな、頭をあげてくださいよ! 俺は別に、そんなつもりでこれを出したわけじゃないですから! ただ皆さん俺に良くしてくれましたから、俺がいなくなった後に少しでも役に立てばと……」
「馬鹿ね。そんなの撤回に決まってるでしょ? みんなも、異論ないわよね?」
俺の言葉に呆れた表情のまま、魔術師の女性が言う。彼女が周囲を見回せば、他の三人も大きく頷く。
「勿論だ。なあエド。恥を忍んでもう一度頼む。俺達と――」
「あー、それはもう無理なんで。すみません」
「…………そう、か。そうだな。一度追放しておいて、今更戻れなんて、都合が良すぎるよな」
「そういうのとは違うんですけど……っと、うおっ!? 時間が……!? じゃ、じゃあそういうことで! 皆さんが魔王を倒すの、期待してますね! 頑張ってください!」
悲しい顔をする勇者様にシュタッと手を上げて挨拶をすると、俺は大急ぎで酒場を飛び出す。幸いにして既に日は落ちているが、それでも人の大勢いる場所でアレが発動してしまうのはヤバい。二度と戻って来ないとはいえ、余計な騒ぎは起こさない方がいいに決まってる。
「……ふぅ。よし、この辺でいいか」
適当な路地を二度三度と曲がり、人気の無い暗がりに辿り着いたことで俺はようやくひとごこちつく。残り時間はもう一分を切っており、忘れ物はないかと改めて思考を巡らせ……よし、何も無い。
『三……二……一……世界転移を実行します』
俺にしか聞こえない声がそう告げ、その瞬間、俺はようやくにしてこの世界から脱出することに成功した。