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目を覚ますとそこには見慣れた天井があった。ご丁寧に布団を被り、安っぽい木製のベッドの上で俺は目覚めた。
しかし、そこは自分の部屋では無い。
いや、自分の部屋だけれどもそうではないというか。
自分の愛するVRMMOゲーム『ソード・マジック・ファンタジー』略して『SM』の世界に気まぐれに、かつ適当に作った"自宅"のベッドの上だった。
――あれ?いつの間にログインしたんだ?
――確か昨日はバイトに行って....
そこまで考えて俺は嫌なことを思い出した。長い間ヒトと触れ合って無かった為に、初めてのバイト先で思いっきりキョドって声が裏返りながら返事を繰り返した。はっきり言って黒歴史だ。忘れ去りたい。
――うん、忘れよう。精神衛生上良くない。
そんなことより家に帰った記憶が無い方が重要なのだが、40を迎えようとしたおっさんはキョドってしまった方に気をとられ、全く気にしなかった。
金を払い忘れたおかげで電気を止められて、しばらくログイン出来てない事実も頭の中から消え去っていた。
――とりあえず、何をしていたんだっけ?
ゲーム内でのことを思い出そうとするが、なんだか久しぶりな気がして思い出せない。
――そうだった。何故か魔物の森の奥地に別荘建てたら面白そうだとかよく分からんことを思って、完成して寝たんだったな。
別にベッドで寝る必要は無かったが、何となく寝転がってからログアウトしたのだ。
なんだか落ち着いたらお腹が空いてきた。
俺はとりあえずカップ麺でも食べてからやるか、と視界の端にあるはずのログアウトを探す。
だが、見当たらない。あるはずのログアウトのアイコンが見つからないのだ。
ここにきてようやく俺は思い出した。自分が吹雪の中で死んだことを。
――つまりこれは俺が死ぬ間際に願ったことを、信じられないが神様が叶えてくれたということだろうか?
気づいた俺は歓喜した。それはもう、その場でやったことも無いムーンウォークをキメキメに踊るくらいには歓喜した。
「Fooooooッ!!」
決まったぜ。
誰もいなかったことだけが救いだ。
危うく黒歴史をさらに追加するところだった。そんなことになればたとえゲーム内でも死ぬ。俺の硝子メンタルが粉々だ。
一通り踊った俺の前には早速難問が立ちはだかった。
これからどうする?という途方もない難問だ。
この家には誰もいない。当たり前だ。遊びで作ったんだし、誰かに話す前に死んだし。
周りは魔物の住む深い森の筈。ゲーム通りであればワイバーンや弱めのドラゴンとかが生息する上級者向けの森の筈だ。
とりあえず外へ出てみる。平屋の上、大した面積も無ければろくな設備もない家から出るのは簡単だ。
外は綺麗な快晴だった。
ピクニックには最適だろう。
ただし、目の前が明らかに不気味な森で無ければ。
Gyoeeeeeeッ!
遠くでなんだか聞きたくない声の鳥?が鳴いている。
俺はくるりと向きを変えて家の中へ入った。
確か、家の周りは壊されない様頑丈な結界を張った筈だ。余程強い魔物で無い限りは入ってくることはないだろう....多分。
家があるのだから、ここで生活出来ないだろうか?と俺は考えて、家の中を確認する。
確認するとはいえ、小さい平屋はワンルームである。窓際にベッド、真ん中に大きめの作業用テーブル、一応と言わんばかりに本棚があり、そして他には何も無かった。
何も無いのである。
もちろんトイレも風呂もキッチンもない。
ゲーム内でのことだったのでそもそもそんなリアル設備は必要ないと思って建てたのだ。
ならベッドは何故あるのか?と聞かれたら、何となくとしか言いようがない。
俺はそういえば外に井戸を作ったことを思い出した。無い無い尽くしでも水は大切だ。手に入らなければ命に関わる。
俺は早速井戸がきっとある家の裏に行ってみた。
まったり更新予定です。