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セバスチャンはハーヴェイ家に務める爺やである。代々ハーヴェイ家に使えてきた由緒正しき家柄に生まれ、息子に仕事を明け渡してからはハーヴェイ家のクリスティアのお付として務めていた。
そんなセバスチャンは今、目の前で恐る恐るベットの柔らかさを確かめる不審な客をもてなしていた。
初対面での印象は最悪であった彼は、しかし悪い人物では無い様だ。
思えば最初の態度は明らかに不自然だったように思える。きっと今の彼が素の状態なのだろう。
だが、その出自は不明な点が多すぎて警戒を解くに解けなかった。
ハーヴェイ辺境伯領の傍には魔物が多く生息している森がある。そこは終焉の森と言われ、ワイバーンなどの強力な魔物が生息し、奥地にはドラゴンまでもがいるらしい。中に入れば生きて出る事は出来ないとまで言われていた。
彼はそんな森の中であろう事か生活していたのだという。
さらに彼は魔導師で無いにも関わらず攻撃魔法を無詠唱で使っていた。
無詠唱は魔法の極地。現在それが出来る人物は王家の宮廷魔導師長ただ一人と言われていた。
さらに彼の魔法は段違いだ。馬車を一瞬で治す魔法など聞いたことも無かった。
そしてまたさらに、だ。そこまでの腕を見せておきながら自分は錬金術師だという。
錬金術師とは非戦闘職で主にポーションを作る人物を指す。鮮やかな手つきで次々と盗賊を屠った腕は明らかに玄人のそれであった。
更には、贅沢品である風呂を知っていたり、荒削りながらもテーブルマナーまでこなしている。
それ相応の身分をもつ人物の様にも受け取れる動作であった。
一体彼は何者なのか。
それを見定める為、こうして動向を見ているのだが、今のところ怪しい動きは無い。
いや、出されるもの全てに感動している様子は多少不自然であったがそこに嘘は無いように見受けられた。
「セバスチャン、お、俺、本当にここで寝て良いのか!?逆に落ち着かないんだが。」
なんなら使用人の部屋を貸してくれ、と一通り部屋を確認した彼はいう。とても演技には見えない様子でオロオロとしている。
「ノア様はお嬢様のお命を救って頂いた恩人で御座います。最低でもこれくらいのもてなしはせねばハーヴェイ家の名折れに御座います。ご不満であれば寄り良いお部屋になる様変更致しますが、如何致しましょうか?」
「これ以上があんの!?いや、ここで良いわ。うん。」
ウンウンと唸っていた彼は何とか納得したのかようやく休む気になった様だ。
「今日は色々とありがとう。有難く休ませて貰うわ。」
「ごゆっくりおやすみなさいませ。」
「ああ、おやすみ。」
彼は使用人に対してもよく礼を言う。これは貴族では非常に珍しいことである。使用人とは常に空気であり、その空気に対して礼をいうものは少ないのだ。
セバスチャンは部屋を出ると当主が待つ執務室へ向かう。
許可を得て中に入れば、ニコラスは紅茶を飲んで寛いでいた。
「ノア様はおやすみになられました。不審な点は幾つか御座いますが、概ね悪意ある人物ではなさそうに見受けられます。」
「....そうか。ご苦労だった。」
深く頭を下げ退出の意を示してセバスチャンは下がる。
一人残された執務室でニコラスは思考を巡らせる。
――やはり、間者では無いと見るべきか。しかし、半日ではよく分からんな。辺境伯家をあたったのだから数日は滞在するだろう。そこから見極める他無い....か。
不審な客人をどう扱うか、判断をしかねていた。
最近は盗賊団がやけに活発だったり、魔物の動きが活性化したりと厄介な案件ばかりが舞い込んでくる。ここに来て、不審な客である。盗賊団を切り捨てたことから奴らの仲間である線は薄そうだが、果たして我らに味方する人物とも取れない。
セバスチャンの報告には強力な魔法の使い手であると聞いている。魔法は扱える者が少ない。しかも凄腕となればもはや希少だ。敵であったならばこれほど厄介な相手は無いだろう。
もし限りなくゼロに近い可能性だが、彼がフリーであるならこんな幸運は無い。くれぐれも逃がさぬよう注意しなければ。
――何かこちらから仕掛けて見るか...?
「....やめよう。今は様子を見る他無い....。」
冷めきった紅茶を飲み干して、ニコラスは愛する妻のいる寝室へ向かう。
毎日少しでも時間があれば様子を見に行くのだ。
細く弱い息を繰り返すその姿は痩せこけてかつての面差しは見る影も無い。
それはニコラスの心を焦らせていた。
――早くせねば。何としてでもエリクサーを手に入れる....!
祈る様に妻の手を握りニコラスは祈りを捧げるのであった。