11
風呂から上がると上等な服を持ったセバスチャンがいた。
俺はセバスチャンから衣服を受け取った。
風呂でせっかく綺麗になったのだ。ついでに何日も放置している髭も剃ろうと思い至ったが、髭剃りが無かった。
「なぁ、髭剃りって貸して貰えないか?」
「髭剃り、で御座いますね。どうぞこちらをお使いくださいませ。」
そう言ってセバスチャンが差し出したのは1本の小型ナイフであった。
「.........ああ、ありがとう。」
そう言って俺はナイフを受け取った。
前世の俺は髭を剃る時はカミソリ派だった。使っていたのは安全カミソリであって、こんなダイレクトに刃物を肌に当てたことなどない。
しかし、この屋敷で出されるのがこのナイフならばこの世界に安全カミソリや、まして電動など存在しないのだろうという事が伺える。
俺は生まれて初めてナイフでの髭剃りに挑戦するはめになった。
結果は...何とか剃れた、である。
この日、絶対安全カミソリを作ろうと俺は心に誓った。
風呂で身体をさっぱりさせた俺はセバスチャンが持ってきてくれた高そうな服をきて今度は晩餐会である。
長いテーブルの置かれた部屋へ入るとテーブルの端、所謂お誕生日席に案内される。
テーブルを挟んで一番遠くに当主であるニコラス・ハーヴェイ辺境伯が座り、その横にクリスティアが座る。これが定位置なのだろう。
奥様は具合が悪く欠席するとセバスチャンから事前に聞いている為、居なくても違和感が無い。
「...え?ノア、様...?」
クリスティアは俺が入ると驚いた様に声をあげる。
汚れた状態の俺しか知らないのだ。無理も無いだろう。
伸び放題だった髭が無いだけでも、相当印象は変わるのでは無いだろうか?
「俺ですよ。どうです?見違えたでしょう?」
ちょっと嬉しい俺は調子に乗ってそんな事をいう。
「ごめんなさい。もっと歳上の方なのかと思っておりましたわ。」
おおっと、中々の直球だ。
つまり、おっさんだと思われていたという事だ。
実際中身はおっさんだが、見た目は未だ16のうら若き身体の筈。そんなにおっさん臭さが出ているだろうか?
ちょっぴりショックだった。
「失礼致します。」
1人のメイドを皮切りにして次々に運び込まれる色とりどりの料理達。
そこそこ広さのあるダイニングはあっという間にいい匂いでいっぱいになった。
全員に前菜が届けられたところでニコラスが口を開いた。
「さて、ノア殿。此度は我が娘、クリスティアの命を救って頂き心より感謝申し上げる。大したもてなしも出来ないが、ゆっくりして行ってくれ。では、新たなる出逢いに、乾杯。」
「「乾杯」」
ようやく食事である。
この世界でマナーがどうこうはよく分からない。西洋っぽい世界観から俺は聞き齧った程度のテーブルマナーを必死にこなしていた。
気にしなくてもいいかも知れないが、何となく場の雰囲気から適当にガッツこうなどとは思えなかったのだ。
言っておくが俺はかなりの小心者だ。
出される料理の数々はやはり西洋よりで日本で過ごして居た頃ならば味覚が合わず不味いといったかもしれないが、過酷な環境下でゲテモノのあと食すとまるでこれが世界一の料理の様な気さえした。
――ただのロールパンがこんなにも美味しい何て素晴らしい世界だ。
「何て美味いパンなんだ....!こっちのスープも身に染みるようだ....!う、美味いッ...!」
涙で顔をボロボロにしつつ食事を貪る青年はさぞかし不審に映った事だろう。だが、その場にいる誰もが笑うこと無く食事が続けられた。
そして目の前の料理に夢中だった俺はクリスティアがチラチラとこちらを見ていることに全く気が付かないのであった。
たらふく食べた後は眠るだけ。再びセバスチャンが案内を申し出た。
案内された部屋へ入って俺は絶句する。
一体何人で泊まるんだ?というような巨大なベッドに柔らかそうなソファー。
――というか、もうソファーで寝たんで良いんじゃねぇか?
「ここが俺が泊まる部屋か....?」
「左様に御座います。...何か、ご不満が?」
「いやいやいや、不満だなんてッ!むしろ部屋間違ってねぇ!?俺無一文だから後で請求されても払えねぇぞ!?」
「宿泊料をお客様から頂くなどとんでもない!ご安心下さいませ。当家の通常の客室で御座います。」
「....えぇぇ。はぁ....。貴族っていうやつは....。」
意味不明だな、とまでは声に出さなかった。
割と続くよどこまでも。
一日が何話続くんでしょうかね?