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可愛い女の子と二人きり何て大歓迎だ。そう思った俺の思いは馬車に乗った時点で打ち砕かれる。
「では、ノア様は今まで終焉の森で生活を?」
「あー...、うん。そうなるな。」
「何とっ!それで、その様な強者になられたのですね!」
「...そうだな。」
――ワールドエンドフォレストって...、そんな物騒な名前だったのかあの森。
俺を褒めたたえてくれるのは可愛い女の子...では無く。馬の手綱を握りながら俺の真横に座る白髪混じりの爺さんだった。
クリスティアは馬車の中で優雅にくつろぎながら業者用の席で会話する俺たちを見ていた。
確かに話は聞いてる、聞いてはいるがコレジャナイと俺は頭を抱えたくなった。
チラリと後ろを向けばクリスティアがニッコリと微笑む。その顔には純粋さが溢れており、邪な気持ちで接する俺の良心にグサッっとくる。
そうこうしているうちに馬車は街に到着した。
街は立派な塀に囲まれ塀の上には見張りと思われる兵隊が等間隔で並んでいる。
下には街に入る入口として大きな門と横に一回り小さいが豪華な門がある。
貴族用と平民用で分けているのだそうだ。無用なトラブルが起こるのを未然に防いでいるのだと隣のセバスチャンが丁寧に説明してくれる。
俺たちは豪華な門をくぐって街に入った。
そこは中世ヨーロッパのようなけれどどこか違うファンタジーの街並みが広がっていた。
遠くに見える山を背にして立つ一際大きな建物をさしてセバスチャンがいう。
「あちらに見えます、一番大きな建物がハーヴェイ辺境伯家の御屋敷に御座います。到着致しましたらすぐに湯殿の準備を致します。その後、旦那様と合わせて夕食を。そこからお部屋へご案内となります。御屋敷で分からないことが御座いましたら、わたくしが控えておりますので何なりとお申し付け下さいませ。」
完璧過ぎるセバスチャンの説明を
――よく舌を噛まないな?
何て考えながら聞きながした。
そんな事より俺はファンタジー溢れる街並みに夢中だった。ゲーム世界で行ったことがあるとはいえ、ここは現実。周りにいるのは同じ動きしかないNPCじゃない。商店の呼び込みの声や、楽しげな親子の会話など、賑わいが違うのだ。
見た事ない店もいくつかあり、ここが完全にゲームの世界では無くどこか似ている世界なのだと思わせた。
俺はまるでお上りさんの様に。いや、実際お上りさんのようなものだが。キョロキョロと辺りを見渡しては物珍しさにセバスチャンに聞いていく。
「なぁ、あの建物は何だ?やたらデッカイけど。」
「あれは傭兵ギルドに御座います。溝掃除や草抜きなどの街の小さな依頼から魔物退治や貴重種の調査まで多岐に渡る業務を請負う特殊な組織で御座います。国に使える騎士を対人と例えるならば、傭兵ギルドの方々は対魔物と言ったところでしょうか?どちらも街には欠かせない存在で御座います。」
「....へぇ、あれがギルドか。なぁ、あっちは何だ?」
「あちらで御座いますか?あれは....。」
あれは?これは?と色々聞く俺にセバスチャンは丁寧に答えていく。さすがというべきか分からないことが無いんじゃないかと思えるほど明確に説明をしてくれる。
そんなこんなで会話に困ることも無く、俺たちはハーヴェイ辺境伯家の御屋敷に到着した。
馬車が到着するとずらりと左右に並ぶメイド達が出迎える。
「「「「おかえりなさいませ、お嬢様。」」」」
クリスティアが馬車から降り立つと挨拶という名の大合唱だ。
正直、俺は引いたがクリスティアは慣れた様子で笑顔で挨拶して屋敷に入る。
入る直前でこちらを振り返り不思議そうに首を傾けた。
「ノア様、如何致しました?中に入られないので?」
その目は心底不思議そうで本気で言ってることが伝わってくる。
俺はクリスティアと自分との環境の差をまざまざと見せつけられ、困惑していた。
――俺って場違いじゃね?
今更なので大人しくクリスティアに続いて屋敷へ入る。
するといつの間にか先回りしたセバスチャンが恭しく出迎える。
その紳士な物腰は知らない人に囲まれた俺にとって心の支えになりそうだ。
――思いっきりフランクに接しててよかった。
俺は数時間前の自分を褒めてやりたい気分だった。
「湯殿の準備が整うまでサロンにてお待ちください。お茶を用意致します。」
こちらです、と案内されるがままに俺はサロンに入る。
そこには見るからに高そうな、しかし上品なソファとローテーブルがあり、全体的にシックで落ち着いた空間が広がっていた。
落ち着いた空間とはいえこんな高級そうな場所でいきなり寛げる訳もなく、俺はソファの隅っこで申し訳程度に腰を掛けてソワソワしていた。
セバスチャンが高級そうなカップに紅茶を注ぎ、スっと差し出す。さすがプロである動きが洗練されて美しい。
出されたお茶からは柔らかな良い香りが広がる。
そっとカップに手を付ければさらに香りが高まり、紅茶に口付ければ温かな味わいが口いっぱいに広がった。
「...おいしい....。」
美味い。
とても美味しい。
あの魔法で出す不味い水じゃない。ちゃんとまともな紅茶、いや普通より断然美味しい高級茶である。
美味しい美味しいと涙を流しながら紅茶を味わう俺を森で生活していたとは知らないメイド達が不審そう見ていた事に俺は全く気づかない。
セバスチャンだけが顔に出さず淡々と
「良う御座いました。」
と言っていた。
お茶に感動した俺を連れてセバスチャンは次に風呂へ案内する。
湯殿の扉を開けるとそこには立派な大浴場があった。10人くらい入れそうな風呂である。
「湯殿の使い方を御説明致しましょうか?」
「いや、だいたい分かるぞ。石鹸だけ種類を教えてくれ。」
「かしこまりました。こちらを右から洗髪剤、髪用保護剤、身体用石鹸、洗顔、で御座います。」
「分かった、ありがとう。」
俺は早速身体を洗う。湯船に入る前はちゃんと洗うのがマナーだからな。ただでさえよく分からない液で汚れた状態だ。
頭から順番に洗うと、黒い水が流れて行く。
――一体どんだけ汚いんだ俺は。
――一通り洗い、湯船にゆったり浸かる。
「......ふぅー...」
――やっぱり風呂最高だわ。
溜まりに溜まった疲れが癒されていく。
次回投稿は12/4です。