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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

誕生日プレゼント

作者: ユウギツネ

 朝、目ざまし時計が鳴って、ぼくはベッドからおき上がりました。

 今日は、ぼくの大すきなお母さんのたん生日です。何をプレゼントしようかずっと前から考えていましたが、ぼく一人じゃ思いつけなくて、当日になってしまいました。去年まではお父さんがいっしょに考えてくれたので、一人で考えるのはむずかしかったです。

 でも今日は日よう日なので、学校がありません。だから、思いついていなくても、まだ買い物は間に合います。お母さんによろこんでもらえるように、がんばりたいです。


 せんめんじょで、はみがきをしたりしてから、お母さんのへやに行きました。お母さんはまだねているみたいです。リビングにもどってつくえの上を見ましたが、朝ごはんはありません。

 お父さんがいなくなってから、お母さんはおうちのことをしなくなりました。キッチンには、食べ終わったカップラーメンの入れ物がいっぱいあります。お母さんはすてないし、ぼくはふくろに入ったゴミしかすてたことがないから、そのままにしています。さい近はハエさんがとぶようになりました。ゴミだけじゃなく、おさらや、ほうちょうもそのままにされています。

 でもぼくはお母さんが大すきだから、ごはんをたべなくても、たん生日プレゼントをさがしに行けます。お母さんは、いつもおさけをのんでいるので、おさけを買ってこようと思います。お母さん、よろこんでくれるといいな。

 ぼくは、ぼくのへやのぶたさんちょ金ばこから、お金を出しました。開け方は、お母さんがおさけを買いに行くときにこのちょ金ばこを開けているのを見たので、知っています。でも、おさけが何円かは知らないので、ぼくは、みんなポケットに入れました。

 お母さんをおこすのはかわいそうだから、一人で行きます。一人で買い物をするのははじめてなので、お父さんがよくおかしを買ってくれたコンビニへ行くことにしました。あそこなら、道がわかります。


 ぼくは、お母さんをおこさないように、そっとアパートを出ました。一人で出るのは学校に行くときと同じなのに、買い物に行くと思うとすこしドキドキします。

 お父さんは、近じょの人に会ったらあいさつしなさいと教えてくれたけど、お父さんがいなくなってからは、近じょの人にちかづかないでとお母さんに言われました。お母さんは、ヒソヒソと内しょ話をされるから、近じょの人たちがきらいなんだそうです。

 だからぼくは、近じょの人に会わないように、走ってコンビニまで行きました。コンビニに入ったとき、ほっとしました。

 おさけコーナーには、思っていたよりたくさんのおさけがありました。お母さんがいつものんでいるビールというおさけは、高いところにありましたが、ぼくはクラスでいちばんせが高いので、ギリギリ手がとどきました。でも、ビールを店いんさんのところに持っていったら、子どもはおさけを買えないんだよと言われてしまいました。

 ぼくはかなしくなりましたが、お母さんのたん生日だと言ったら、店いんさんはかわりにお花を買えばと言ってくれました。女の人はみんなお花がすきなんだそうです。持っていたお金で買えそうだったので、ぼくはお花を買いました。

 店いんさんにおれいをして、ぼくはまた走ってアパートまで行きました。近じょの人たちがぼくに話しかけてきましたが、むししました。ぼくは、お母さんの言うことをきちんとまもるいい子だからです。近じょの人たちに見つかってしまったのはざんねんですが、せめて近づかないやくそくはまもろうと思います。

 ぼくがアパートのドアを開けて入るときに、近じょの人たちが、

「あの子、愛想が悪くなったわね」

「父親に逃げられてからじゃない?」

 と言っていましたが、ぼくには何のことかわかりませんでした。気になりましたが、早くお母さんにプレゼントをあげたかったので、ぼくはドアにかぎをかけて家の中に入りました。


 お母さんは、もうおきていました。ぼくはただいまと言いましたが、聞こえなかったみたいで、れいぞうこの中を見ていました。

「無い……無いのよ……足りない……」

「お母さん、ただいま」

「昨日買ったのに……もう飲んじゃったの?」

「あのね、お母さん、今日が何の日か知ってる?」

「また買いに行かなきゃ……。次の給料日まで長いのに」

「ねえねえ、お母さん。聞こえてる?」

「ああ、もう、うるさいわね……聞こえてるわよ! 朝からうるさいのよ、何の役にも立たないくせに自己主張だけはしたがるのね! 愚図は愚図なりに静かにして!」

 お母さんはきゅうに大きな声でさけびました。でもぼくはびっくりしません。お父さんがいなくなってから、お母さんはこうやってぼくを大声でおこることがふえたからです。もうなれています。

 だけど、プレゼントがあると言う前におこられたのは、すこしこまります。ぼくはしずかにしないといけないので、プレゼントをわたしづらくなってしまいました。

 どうしようかな、とぼくが考えていると、いい考えがうかぶより先にお母さんがコンビニのふくろに気づいてくれました。

「ちょっと、それ、どうしたの?」

 聞いてくれたことがうれしくって、ぼくはすぐにふくろをさし出しました。お母さんのえがおを見れるかもしれないと思うと、ドキドキしてきました。

「お母さん、ぼく、プレゼント買ってきたんだ。一人でもお買い物行けたよ。お母さんにお花、買ってきたよ」

 お母さんはコンビニのふくろからお花をとり出して、しばらく見つめていました。それからぼくに、お金はどうしたのか聞いてきたので、ぼくはぶたさんちょ金ばこから出したとこたえました。あのちょ金ばこはお父さんがぼくにくれたもので、おこづかいをためておく物です。ぼくは今までおこづかいをあまりつかわなかったので、お花が買えました。

 それを聞いたお母さんは、またお花を見ました。それから、お花を床におとしてしまいました。ひろってあげなくちゃ、と思ってしゃがんだら、お母さんはぼくの頭をたたいたので、おとしたんじゃなくてすてたんだな、とすぐにわかりました。

「何してくれるのよ! あれはね、私の酒を買うための金なのよ? なのにこんな余計な物買ってきて……!」

 お母さんは、ぼくのプレゼントを気に入ってくれなかったようです。何回も何回もぼくをたたいて、よけいなことをしないでとさけびました。あのちょ金ばこはぼくの物だとお父さんは言っていましたが、お父さんはいなくなったので、ルールが変わったのかもしれません。あれはぼくの物じゃなくて、お母さんの物になっていました。お母さんは、まだぼくをたたいています。

「誕生日プレゼントなんていらないのよ……本当にあんたは余計なことばっかりして……! あの人そっくりで忌々しいったら……!」

 お母さんは、何回も何回もぼくをたたきます。でもぼくはあやまりません。お母さんがこうなると、ぼくがあやまってもむだだからです。それにぼくは、お母さんが何を言っているのかわかりません。あの人はだれのことなんでしょう。ぼくにはわかりません。

「あの人も余計なことばかりで、そのくせ失敗したら全部私のせいにして! なんなのよ、なんなのよ、いつも私が悪者じゃない!」

 お母さんはまださけんでいます。前にテレビでヒステリックということばの話をしていましたが、今のお母さんはそのことばにそっくりだなと思いました。でも、ことばのいみは、ぼくにはわかりません。

「今回だってそう、よそに女を作って出て行ったのはあの人のほう! それなのにどうして私が白い目で見られなきゃいけないのよ! 全部あいつのせいなのに!」

 ぼくにはわかりません。

「近所の連中も親も皆私のせいにして! 私は何も悪くない!」

 ぼくにはわかりません。

 ぼくにはわかりません。

「誕生日プレゼント? 要らないわよそんなもの……! そんなの考える頭があるなら早く死になさいよ! 役立たずの愚図のくせになんで私のところにいるのよ、あの人は私を捨てたうえにあんたみたいなお荷物まで置いて行って……! ああ、もう、こんな人生送るはずじゃなかったのに……! やり直させてよ、私に……!」

 ぼくにはわかりません。

 ──いいえ、わかりました。

 本当によろこんでもらえるたん生日プレゼントが、わかりました。

 それがわかれば、話はかんたんです。お母さんはうずくまってなき出してしまいましたが、ぼくは、キッチンに行って、おきっぱなしのほうちょうをつかみました。お母さんはないているのでぼくには気づいていないみたいです。

 だからぼくは、お母さんがぼくからのプレゼントをちゃんと見てくれるように、お母さんの前に立って、ほうちょうをふり上げて、言ってあげました。


「おめでとう、お母さん!」


 ズク、とほうちょうが体に入りました。ぬいたら赤いちがとびちりました。大ごえでさけびます。お母さんが、いつものように。

 でも、まだしんでいないので、ぼくはもう一回さします。

 お母さんをさします。

 お母さんがぼくをたたくときみたいに、何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回もさします。うごかなくなるまでさします。こえが止むまでさします。ぼくはさします。


 ずっとそうしていたら、お母さんはしにました。

 ぼくはたん生日プレゼントをあげられたことがうれしくて、お母さんのあたたかいちの中でけらけらわらいました。お母さんはよろこんでくれたでしょうか。

 きっとよろこんでいると思います。

 だって、お母さんが言ったのですから。

『こんな人生送るはずじゃなかったのに』

『やり直させてよ』

 ねえ、お母さん。そうだよね。だからぼくはお母さんのために、やりなおさせてあげるのです。しんで生まれかわればいいのですから。しねば何もかもリセットです。ぼくは、すごくいいプレゼントをあげられたなと思って、まんぞくしました。

 来年はどうしようかな、と、ぼくはお母さんの体をふきながら考えましたが、これもかんたんでした。来年は、『早く死になさいよ』のおねがいをかなえてあげようと思います。

ハッピーバースデー! 大すきなお母さん!

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