月夜の契機
ある少女の魂に執着する死神。
今世は見守る事を決めていたが…。
肌に空気が突き刺さる程、凍てついた夜だった。
それでいて満月が銀色に輝き、まるで世界を優しく包み込むような夜だった。
空気と満月の矛盾が何だか苦しくて。
でも…今の自分には、『それ』が何故か心地よかった。
銀色の満月に見られている中、何を求めているのか、何が望みなのかもわからず、ただただ泣いていた。
明日の朝には目が晴れているだろうとか…そんな事はどうでもよかった。
だって、誰も自分の事など気にしていない。
いっそここから飛び降りて死ねばいいのか
生きていても何もないが、死んでも何もない。
それはそうか。死んでいるのだから。
そんな風に思い、バルコニーでただ虚しさを感じていた。
大分時が経った。
先程まで見上げもしなかった満月が、今、頭上にあるくらいには。
もう自分の思考も定まらない。
ただただ寒さで肌が痛い。特に、涙が伝ったところが。
泣く事にも、考える事にも疲れて、ぼーっと月を見ていた。
刹那。
ふっと月明かりが陰った。
バサっと音がして、凍てついた空気が息も出来ない程自分に向かってきた。
目を開けていられず、思わずギュッと瞑り、少しでも自分に向かってきた風を和らげようと腕を顔の前に持ってきた。
風が止まり、目を開こうとした―――その刹那。
「何を思っているのか、―――人の子よ」
空気が震えた。地の底から響くような声。
いや、『声』なのだろうか。
『これ』はそんな分かり切ったモノなのだろうか。
「我の側にいるのなら、我も側にいてやろう―――孤独なのだろう?」
その瞬間、ストンと自分の中に落ちるモノがあった。
あぁ…孤独なのか…
と。
そこでふっと我に返った。いつの間にかこのバルコニーに人がいる。
恐怖よりも疑問よりも、怒りが湧いた。
そもそも私の部屋のバルコニーにいきなり現れて、いきなり心に切り込んでくる…何様なのだ、と。
そう思い、キッと目に力を入れて、しっかりと相手を見据えた。
「泣いていたかと思えば…中々に気の強い娘だ」
「何故泣いていたと知っているんだ」と聞きたかったが、それは無理だった。
相手の姿を見た瞬間、時が止まり、呼吸を忘れた。
新月の夜空の様な漆黒の髪。
輝きそのものの黄金の瞳。
凍てついた空気のような―――整った顔立ちだった。
月夜に浮かぶ肌は、陶器の様。月明かりも相まってより白く、血が通っている感じがしない。
黒い着物が、一層白い肌を引き立たせている。
しかしその上衣は、まるで血を被ったのかと思えるほどの深紅。
その姿のなんと満月の夜に映える事。
それでも、最も満月に映えているのは…月明かりの中でギラリと存在感のある、黒い大きな鎌だった。
「ふむ。気に入った。」
その声で再び我に返った。
思わず目を合わせると、ふっと微笑し
「だか、目は赤いぞ」
と、今一番指摘されたくないことを言い放った。
ただただイラっとした。
勝手に私のバルコニーに現れ、勝手に私を観察し、勝手に私が一番触れられたくない事実にもサラッと触れる。
なんなんだ、こいつは。
―――これが1人の死神と1人の少女の出逢いの夜となった。
まだまだつづく予定です。
よろしくお願いします!