80.届け
鹿は落ち着いたが、俺は小屋に戻りたいと思わなかった。シンディさんと会うのが憂鬱だった。
シンディさんに選択を委ねるといっても、それを迫らなければいけない立場になるわけで····。
「いやだなぁ」
俺は気持ちを反らすために、うつ向いて湖の草をむしっていく。増えていく、魔草、魔薬草。
「やだなぁ」
その呟きは小さい。その言葉に反応にしたエリマキは慰めるように、にゃぁ、と体を擦り付ける。フレッドも同じように近寄ってきたので、頭を撫でた。少し荒れた心が、落ち着きを取り戻し、二人の可愛さにフッと笑みが溢れる。
「辛いか」
先生の声が聞こえて、顔をあげる。当たり前のように先生はそこにいた。
その言葉に答えようとして、口を開くがハクっと、息を出すだけで答えも見つからず声は出なかった。
先生はジーっと俺の顔を観察する。先生の青い瞳に、怯えた表情した俺の顔を写る。それが答えのようにも見えて。
「分かった」
先生は、抑揚のない声でそう言った。
「あ」
俺が先生を引き留める前に、先生は俺の前から消えた。
先生は何をするつもりなんだろうか。一瞬、小屋に住んでいた盗賊達の姿を思い出す。
先生はあんな風にシンディさんのことも殺してしまうのだろうか。俺が嫌がったせいで?きっと先生はシンディさんを簡単に殺せるだろう。それこそ、痛みも感じぬ間に。
違う。ダメだ。そんなことしないで。俺はそんなこと望んでない。
一度考えてしまうと、最悪のことしか考えられない。
『先生!先生!お願いです!シンディさんを殺さないでください!』
俺は胸の前で手を組み先生に願う。届け、届けと思いながら。
それでも、俺がシンディさんの元へ駆けつけることはなかった。
どれくらいそうしていただろう。
殺してしまったのだろうか。それとも、俺の願いは届いたのだろうか。
どっちにしろ俺はもう願うことも止めて、ボーッとする。心配そうにエリマキ達は俺を見た。
「大丈夫、大丈夫」
二人を安心させるための言葉だったが、その実、それは自分を誤魔化すためのものだった




