59.閑話
浮浪者は男と子供を見送ると、浮浪者は静かに壁を戻し、元いた場所に戻る。
その浮浪者に近寄る浮浪者の飲み仲間。
「おい、今のって」
「ん、"夜市の王"さなぁ」
浮浪者は、目がキラキラとさせる飲み仲間に呆れる。
だが、浮浪者はその気持ちがわからなくもない。
黒い魔物が蔓延り、物流が途絶え、夜市が無くなった。夜市には、表に並ばない商品、情報等が売っている。そこに倫理も道徳もない。だからこそ、表では生きられない裏の人間が行き来する。夜市は、スラム街の人間達にとっての主な収入源であり、娯楽でもあった。
「もしかして、夜市が復活すんのか!」
「そうかもなぁ。最近さ、尾端祭も開催するって噂もあるしなぁ」
「おぉ!神殿様様だ!」
よくわからない神殿によくわからない者達、表の人間達にとっては怪しさこの上無かっただろう。だが、神殿ができ、みるみるうちに活気が戻ったことは彼らのお陰といっても過言ではないだろう。浮浪者達にとっても、こうして恩恵があるのは予想外だった。
「まぁ、あそこが何と取引してこうしてんのか知らねぇけどよ」
仲間のキラキラとしていた目が一瞬、光が消える。
浮浪者も無償で恩恵を施しているとは考えてはいない。どんな対価を渡したのかと考えるとゾッとしない。
「そんなことはどーでも良いか」
「そうさなぁ」
そこまで頭が良くない浮浪者達は、自分たちで解決などできない問題を頭から追い出す。
壁の前で駄弁っていると、黒髪の山羊の獣人が近づいてきた。獣人の黒いドレスは薄く、甘い匂いがする。浮浪者よりも背が数十㎝ほど高い。両脇には綺麗に着飾った女を侍らせていた。
脇の女達を浮浪者達は知っていたが、山羊の獣人は見たことがなかった。そこから二人は最近出来た噂の娼婦宿の者だと勘づく。
「すまないが、ここを通してくれないか?」
女にしては少し低い声で話しかけられたが、浮浪者は下を向き、黙り込む。仲間は静かにその場を去った。
「ねぇ、聞いてるんでしょ?私たちの宿を格安で、うぅん、タダで泊まらせてあげるから。ね?お願い。ここを通してね?」
脇の女が甘い声を出すが、浮浪者は無視する。
「ここにポーターさんがいるのは知ってるの。この方を少し紹介したいだけなの」
そう言う女に浮浪者は、ハッと鼻で笑う。
「いいじゃない、ね?表に出られたり、仕事だったら話かけられないし、私情で訪れた今しかないのよ」
静かに女の言い分を聞くが、やはりここを通すほどの理由にはならない。梃子でも動かない浮浪者にさらに声を荒らげていく。
「お願いって言ってるの!私が1晩だって2晩だって相手するから!」
「もういいさ。また今度、挨拶に来よう。君もすまなかったね」
女達の背中をスルッと撫で落ち着かせ、立ち去ろうとする獣人。悲しげに謝る女達。
「····夜市が復活するらしいなぁ」
その背に同情を覚えた浮浪者が少しボソッと呟く。その言葉を聞いた女達は喜ばしそうにキャァと声を上げた。獣人はなんのことかわからずに、首を傾げる。女達は獣人の腕を掴んで、帰路を急がす。
浮浪者は呆れたようにため息をついた。




