48.慈しみの雨
小屋の外の光景を見て、彼女は言葉を飲んだ。聞きたいことはあったが、彼が答えてくれるはずもない。
「じゃぁ、行ってきます」
その言葉に彼女は、笑って「お気をつけて」と返す。
彼の背中を見送り、その背が見えなくなるまでは、その好奇心を抑え込んだ。本当なら、すぐにでも駆け寄って、触れてみたかった。
通称、糖結晶と呼ばれる地面から生えているその結晶は、慈雨と呼ばれる雨が降る事によって出来る。
慈雨とは、大きな魔素の放出または移動によって空にたまった魔素が固まり、降りだしてくる現象のことだ。魔法が行き交った戦場跡地やドラゴン等の巨大な魔力の行使等によって稀に起こり、慈雨に触ればそこから糖結晶が生えてきてしまう大変危険な現象でもある。
生き物の身体に生えた糖結晶は取り除くことが不可能とされていて、そこから徐々に糖結晶の一部とかす糖結晶硬化症や糖結晶の魔素の量に耐えきれない身体が崩壊していく糖結晶崩壊症という病になる。
そして、糖結晶が出来た土地は魔物の温床等にもなるので、成らず者達によって管理され、加工、販売されている。加工されたものは小さくなり、糖結晶の原型を見たことのあるものは少ない。
その一人になったシンシアは、美しさと力強さに圧倒された。どこまでも透き通りながらも内側から輝き、触れば、魔素の胎動が感じられる。
シンシアは触っている内にその糖結晶の逸話を思い出した。
遠く遠く遠い話。
食べても食べても何を食べても腹が満たされぬ一族があった。
その一族は、あらゆるモノを食べ尽くし色々な国から煙たがられ遠く遠く遠い土地へと追い出されてしまった。
彼らがたどり着いたその土地は草の一片も生えない不毛な土地。食べるものなど一つも無かった。それでもお腹が空いた彼らは自分達の大事な大事な宝物を食べてしまう。食べ終えてしまうまでそれが宝物だと気づきもしなかった。
それに気づいた彼らは傷つき、後悔した。涙は溢れ止まらなかった。泣いて泣いて泣いて、彼らがその命がついえるまで泣き続けた。
彼らの涙は、雨を呼び、不毛な大地に豊かさを与えた。豊かさは彼らの腹を満たしたが、心はいつまでも満たされぬまま。
彼らが泣けば、その雨が降る。彼らの心を癒すように。それからその雨を慈しみの雨と呼ぶ。
シンシアはこの話を聞いたとき、何て酷い人たちなのだろうと思った。大切なものに気づかずに食べてしまうなんてと。今でもそう思うが、この糖結晶を見ると彼らだけではなく、自分までも許されているような気がした。
昔の母は寝る前にこの話と共に額にキスをくれた。
お前の心に慈しみの雨がふりますように、そう言ってくれた。
「私も母に言ってあげられたら良かったんだわ」
貴女の心に慈しみの雨が降りますように、と。もしかしたら、変わってしまった母の心も昔に戻ってきてくれたのかもしれない。
シンシアはもう一度、母に会えたら、昔にくれた愛を返そうと決心した。




