95.髪
お腹いっぱいになったフレッド達は小屋の外に集まって日向ぼっこをしている。先生も珍しく、ウィルに寄りかかって、ボーッとおとなしくしていた。
俺はこれ幸いにと先生に近寄った。右手には櫛を持って。
「先生、髪の毛解かしても良いですか?」
「とかす···」
先生は自分の髪の毛を一掴みして、指で滑らせるように触る。白い髪の毛は、したにつれて黒くなっていく。
さっき近づいたときにちょっと獣臭かったから、この櫛でなんとか臭いが取れないかな。んー、水浴びさせた方が良かったかも?
「はい、頭を上げてください」
俺は寄りかかっている頭を離してもらい、後ろに回る。先生は黙って俺の指示に従った。····なんでこんなに従順なんだ。芋のせいか?
俺は先生の髪の毛を上から下へと解かしていく。スーっと、まるでわだかまることを知らない、それでいて細く柔らかな髪質だ。目が覚めると頭が鳥の巣のようになっている現実の俺とは全然違う為、すごく羨ましい。
あったいう間に解かし終えた髪はほんのりと、ラベンダーのような花の香りが漂ってきた。うん、獣臭さはちょっと消えたかな。
さっきよりもフワっと感が強くなった髪を満足げに見て、これで良しと頷く。
「俺もやるから座れ」
黙っていた先生は自分の前を指差して、俺をそこに座らせた。俺は、先生に櫛を渡して不安になってハラハラする。それでも、逃げられない俺の宿命。
今の先生を見て思い出すのは妹が俺の髪を解かそうとしている姿だ。昔、妹が意気込んで櫛を持って来たとき、すごく痛い思いをした。
幼かった妹は逆さに髪を解かし、髪を余計に絡ませ、上から下へにやるんだよと言ったら、櫛を両手で持って力の限り下ろした。髪の毛はぶちぶちと抜けた痛みで身悶えたんだ。結局、すごくからまった俺の髪を解かしてくれたのは、父だった。
だが、俺の予想に反して先生の手つきは慣れたもので、恐るべき痛みはやって来なかった。先生よりも直毛なのも良かったのかも知れない。
頭をこうして触って櫛を通す仕草は妹より、父を思い出させた。大きな手で撫でられることが幸せで、だから俺はわざわざ父に髪を解かしてもらったりしていた。頭を撫でて、なんて言えなかったから。
先生が髪を動かすと風に匂いが乗ってくる。俺の髪から匂うのは、花というよりもバニラみたいなお菓子の匂いだった。
美味しそうな匂い。そう思いながら、頭を触られる心地よさにうたた寝しそうになる。ここで眠るのはちょっと問題がありそうなので、俺はウィルに寄りかかってログアウトした。
寄りかかった時に獣臭さが鼻についたので、ウィルはブラッシング決定だな。
俺はヘッドセットを外してベッドにダイブする。大きなあくびをして、自分の前髪を触って視界に入るように引っ張る。
「やっぱり、カカオ君は羨ましいなぁ」
そう呟いた。焦げ茶の髪じゃないし、曲がりくねった髪でもない。家族の色。俺とは違う。
つい学生時代を思い出して、はぁ、とため息をついた。何回この髪で先生に指導されたことか。俺は毎回とは言わないが、服装チェックで引っ掛かり呼び出しを食らった常連者だ。光の当たり方によって茶色みが増すことがあり、そこで注意が入る。いちいち説明するのが面倒だから黒に塗ろうかと思ったが、気分が乗らずにそのままの色で過ごしていた。
「あー、もう!」
頭を横に振って、学生時代の思い出を吹き飛ばす。枕に顔をグリグリと押し付け、ウーッと唸った。せっかく心地良いお昼寝タイムだったのに。そう思いつつも、じっとしてるとまた眠気がやって来た。
うとうとする頭でそういえばと、また思い浮かぶ。けれど、それは眠気を邪魔するものではなく、寝てしまえば忘れるような些細なこと。
ログアウトする直前に鼻歌が聞こえたような····?
どこか懐かしいその鼻歌を思い出そうとして、眠ってしまった。




