生涯
一年振り?
日が昇る朝。堅苦しい人間の声を聴きながら、老人の横を歩くことが僕の仕事だ。
この老人とはもう長い付き合いになる。吹雪の中死にかけの僕を老人は「自分と同じだ」と抱き抱え家に連れて帰ったのだった。
僕が元気になった姿をみるとまるで人間の子供に触れるかのようなはしゃぎ様で僕に接した。
それから老人は僕をまるで子供のように扱い、僕はまるで子供であるかのように装った。
僕が子供である事をやめると老人は僕を見放してしまうのではないかと恐怖と共に道化を演じた。
僕は道化だ。どうしようもない道化を演じている。僕のどこが子供だ。もう10年も生きている老いぼれだ。なにが子供だ。馬鹿らしい。僕はもう、老いぼれなんだ。貴方と同じ、老いぼれなんだ。
僕は老人が好きだ。僕の人生は老人と共に始まり、終わろうとしている。老人には感謝している。だから老人の思う僕であり続けよう。大丈夫だ、僕は……僕は。
僕はゆっくりと歩く老人のペースに合わせながら、くるくる老人の周りを回り飛び跳ねた。いつもと同じ場所だ。
何千何百回と続けてきたことをやり続ける。これ程ラクな事なんかあるか、いやない。広場に着き、一人老人と公園の端を往復した。楽しい。楽しいんだ。僕は。
最近、息が切れるのが早くなってきた。だが、それを老人に悟られないように走り続けた。息が切れても口呼吸が普通な僕だ。バレることはない。
一体何往復しただろうか。老人が帰ろうとリードを持ち、僕を引っ張った。僕は「やっと終わったか」と思いつつ、まだ足りないといった感情を老人に向けて見せるために上目づかいで見つめた。老人は優しく笑い「また、明日来よう」と僕を撫でた。僕は残念そうに頭を下げて老人の導かれるように歩いた。
昔は帰ってからも余裕があり老人の周りを彷徨いていたのだが、さすがに最近になると身体が思うように動かなくなり、散歩が終わると老人の目の入らない物陰でぐったりするようになった。
道化道化道化道化を演じてここまで来ました。ですがもう、もう限界が来たようです。いえいえ心は大丈夫。でもムリです。身体が持ちません。道化を演じるのは簡単です。ただいつもと同じ時間に同じ行動をすればいいだけです。でも、それも限界です。心が身体を追い越していきました。老人の恩を返すことが出来ぬまま限界が来ました。もうこのまま動くことは出来ないでしょう。ダメです。身体が動きません。ゆっくりのろのろとした動きならできるのですが、俊敏な動きは一切できません。なにかが折れたのでしょう。駄目ですね。駄目です。もうダメです。もう少し、もう少しだけ頑張りたかったです。たった10年、10年の人生です。人間には分からないでしょう。10年といった短さ、10年といった短さで死んでしまう私達の苦しみが。私は死んだ命です。10年は長いと思わなければなりません。あの時死んでいます。老人の為に残りの人生を使わなければなりません。嗚呼、きっと私のこの無様な姿をみて老人はなんと思うでしょう。きっと軽蔑するでしょう。終わりです。オワオワリです。あの物陰に隠れましょう。きっともう老人は僕を見つけることはないでしょう。静かに死にます。老人の軽蔑の眼差しなど見たくありません。物陰に隠れて静かに死にたいです。嗚呼どれほどの時がたったでしょう。いつもならお昼ご飯の知らせと共に元気に走りよります。知らせが鳴り響き、何も怒りません。僕が何もしないんですから当たり前です。何も起こりません。老人はなんと思っているでしょうか。いつもと同じ行動をしない僕に疑問を持つでしょうか。僕を探しに来るでしょうか。大丈夫探しに来てもバレません。老人は屈むことができないのを知っています。大丈夫。大丈夫。
老人の声。心配そうな声に心が痛む。でも行かない。行っては軽蔑される。老人は焦った様子でどこかへ行ってしまった。嗚呼、見捨てられた。知ってはいたが、悲しいものだ。
……外が騒がしい。なにがあったのだろう。
「いたぞー!!」
幾分若い人の声だ。
薄れかけた視界の中で人影が僕を持ち上げた。
嗚呼、嗚呼、僕は理解した。
僕は何も変わっていなかったのか。
10年という月日では何も変わることが出来ないのか。
嗚呼、嗚呼、
リハビリとして書きました。至らない点が増えてしまったと思いますが、改善点などぜひ感想お願いします。
ちなみに10年はわざとなんで^^