倉本藍の秘密(おまけ)
「倉本さんの秘密、今日こそ暴いてやるのです」
※倉本さんシリーズのおまけです。実質7話。
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※クロール対策(無視して下さい): 天安門事件/天安门事件
冬が終わり、春が始まろうとする季節の頃でした。
お昼頃のことです。
「倉本さん、おじゃまします」
「はい」
倉本さんの部屋の隅っこで、倉本さんはトマトチーズサンドを食べています。
倉本藍、高校一年生、十五歳だそうです。
自称悪魔だそうですが、絶対に違うと思います。
今日は倉本さんの秘密を暴いてやるのです。
わたしは日下渚といいます。家賃が月一〇〇〇円のアパートに住んでいます。
今日は日曜日ですが、真奈花お姉ちゃんは新しいバイトをはじめたので、家にいません。
「イオニアのミレトスについてはちゃんと勉強してきましたか?」
「はい。この前の課題レポートです」
「なかなか分厚いですね。見ておきましょう」
倉本さんについて知っていることといえば、高校生にしては頭がいいことと、あと、トマトが好きなことくらいです。
いつもトマトが挟まったサンドイッチばかり食べています。
それから、不思議な魔法が使えたり、地獄の門? を呼び出したり……。
倉本さんは本棚しかない部屋の真ん中で、ストレートの黒髪を指先でくるくると回しています。
「今日は私に聴きたいことがあるのでしょう?」
「どうしてわかったのですか?」
「なんとなくです」
「はぁ。悪魔だからじゃないのですか」
「いくら私でも、完全に人の心を読むことはできません。それができたら、営業なんて苦労しませんよ」
「本当は全部わかっているのではありませんか」
「さあ、どうでしょうねぇ」
「……あの、倉本さん。倉本さんって、実は悪魔じゃないと思うのです」
倉本さんはにっこりと笑ってみせました。
倉本さんに促されて、正面に正座します。ロングスカート越しのフローリングが冷たいのです。
ロングスカートといえば、倉本さんがある日突然洋服をプレゼントくれました。
理由を聴いたら、「欲望に導かれたので」としか言いません。……よくわかりません。
「ほう。それはなぜでしょうか」
「確かに、倉本さんは地獄門を出してみせたり、テレポートしてみせたりしました。でも、なんというか、その……悪魔っぽくないのです」
「ふふ……。どのあたりが、でしょうか」
「なんとなく……ではなくて、私が思う悪魔のイメージとは違うからです」
「社会的人間一般の常識で描かれる悪魔の概念とは異なる存在、ということですか? もっとも、この場合、社会的人間の中に私は含まれておりませんが」
「そんなところです」
「確かに、私自身、人間の常識とは考え方が異なるといいました。貴方の推測はおおむね正しいです。地獄門のような、明らかなミスリードを乗り越えて、よくぞ真理に辿り着きました」
「はぁ」
私が目をしぱたくと、大きな白い羽が広げられていました。
頭には光輝く輪があります。
「えっと」
「はい。ご覧のとおりです」
倉本さんは正座したまま羽を出しています。
「天使ですか?」
「3分の1正解です」
「というと?」
「私、もとは大天使ですが、天使と悪魔の兼業をしております。といっても、堕天使というわけではありません。デュイノの悲歌ではありませんが、人間が火傷をしないように受け入れてもらうためには、どうしたらよいかと考えました。そこで、私は、人間の姿をとり、悪魔として、人間の悩みを聴いて回ろうと思い立ったわけです。貴方や真奈花と出会ってからは、大分好き勝手していましたが……正直、天使は悪い意味で暇です。本来、暇は有意義なものであるはずなのですが……」
「悪い意味で、ですか。なぜ?」
「その本のせいです」
倉本さんは、私の後ろにある本棚を指差しました。
以前見たときは腰あたりくらいの高さだったのに、いつの間にか天井くらいの高さまで大きな本棚になっています。
「どれですか」
「増えたやつ全部です。これでも一部ですが。地上界には到底収まりきりませんからねぇ」
「はあ」
「アカシック・レコードはご存知でしょうか。世界のありとあらゆる物事を記録した本です。その執筆と編集作業を頼まれてしまい、私でさえ、あんまりにも大変すぎて、とびだしてきてしまいました。……まあ、バレてしまいましたので、仕方なく仕事を分担していただいて作業しているわけですが」
「読んでみてもいいですか?」
「貴方には読めないと思いますし、面白くありませんよ。世の中の瑣末なことまで詳細に記してありますが、本当にくだらないことまで書いてあるわけですから、中身はお察しです。明らかに無駄な部分はカットしたほうがいいと思うのですが……」
本を一冊開いてみますが、みみずののたくったような字で書かれていて、なんだかさっぱりわかりません。
「……読めないのです。挿絵はないのですか?」
「お望みなら映像をお見せしましょうか。……ああ、いえ、その本はやめておいたほうがいいでしょう。並み人間であれば、気が狂うと推測されます。あるいは、単純に理解できないかのいずれかでしょう」
「そうですか。危なそうなのでやめておきます」
「懸命な判断です」
本を戻して、隣の本を取ろうとしました。
「その一段下の左端の本は、貴方にも読めるように、観察記録をつけたものです」
「日記ですか」
「そんなところです。ご覧になりますか?」
「他人の日記を見るのはよくないのです」
「私は完全な人間ではありませんよ」
「倉本さんはわたしから見たら人間です。……こっちの分厚い本を借りるのです」
「その本は宇宙理論について、人間の理論で解明されている部分だけを私が記したものです」
青いハードカバーの背表紙には、金の文字で「宇宙理論」と箔押しされています。
「お借りします」
「わかりました。一冊しかありませんので、なるべく、なくさないでくださいね。ああ、それから、私のことは真奈花には秘密にしておいてください。真奈花自身で私の秘密を暴いてもらわなければ、教育の意味がありません」
「はぁ。倉本さんの考える教育とやらは、よくわかりませんが……お姉ちゃんはわたしに対しては案外鈍いので、言わなければ問題ないと思います」
「まあ、お茶でもしながら、軽くプシュケーについての講義でもしましょう。何か食べたいものや飲みたいものはありますか。すぐに買ってきますよ」
「倉本さんと同じもので」
「トマトジュースとトマトチーズサンドとトマトスナックです」
「はぁ。じゃあそれで」
*
日が暮れてきた頃。
玄関で、本を胸の前で抱え、大天使の倉本さんにお辞儀します。
「わたしの仮説は当たっていました。3分の2くらい」
「またいつでもいらっしゃって下さい」
と言いつつ、倉本さんはアカシック・レコードの続きを執筆していました。手作業で。
「……わたしも手伝いましょうか?」
「お言葉はありあたいですが、貴方の……いえ、人間の能力では不可能です」
「そうですか。でも、倉本さんは、わたしたちと同じように……」
そこまで言いかけて、口を噤みます。
これは、倉本さんへの課題です。
「……はい?」
「……なんでもないです。お姉ちゃんに、秘密、気づいてもらえるといいですね」
「ええ。このような教育方針でいいのか、答えがないので、いつも悩むところですが」
「…………。では、失礼します」
(了)
「最近魔物が出ませんねぇ。人間は、生への欲望すらなくなってしまったのでしょうか。だとしたら、嘆かわしいことです……」
「毎日ごはんを食べて生きられる、それだけでも幸せです」
「幸せの『幸』という漢字は、手錠の形がもとになっているとされています。処刑されず、手錠だけで済むことに喜びを感じているとしたら……社会的人間というのは、不思議な有機生命体ですねぇ」
「もうちょっと簡単なことばでしゃべるのです」
「あはは……気をつけますよ」