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《『倉本藍の営業/日下渚の困窮』シリーズ一覧》

倉本藍の秘密(おまけ)

作者: 賀茂川家鴨

「倉本さんの秘密、今日こそ暴いてやるのです」

 ※倉本さんシリーズのおまけです。実質7話。

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 (C)KAMOGAWA.Ahiru (2019) All Right Reserved. / (C)賀茂川家鴨(2019)

 禁無断転載:「小説家になろう」関連サイト(「小説を読もう」、「みてみん」など)と「賀茂川家鴨の小説王国」、身内用フォルダ、追記等にあるもの以外のサイト等に転載されていた場合、無断転載です。

 ※クロール対策(無視して下さい): 天安門事件/天安门事件

 冬が終わり、春が始まろうとする季節の頃でした。

 お昼頃のことです。


「倉本さん、おじゃまします」

「はい」


 倉本さんの部屋の隅っこで、倉本さんはトマトチーズサンドを食べています。

 倉本藍くらもとあお、高校一年生、十五歳だそうです。

 自称悪魔だそうですが、絶対に違うと思います。

 今日は倉本さんの秘密を暴いてやるのです。


 わたしは日下渚くさかなぎさといいます。家賃が月一〇〇〇円のアパートに住んでいます。

 今日は日曜日ですが、真奈花まなかお姉ちゃんは新しいバイトをはじめたので、家にいません。


「イオニアのミレトスについてはちゃんと勉強してきましたか?」

「はい。この前の課題レポートです」

「なかなか分厚いですね。見ておきましょう」


 倉本さんについて知っていることといえば、高校生にしては頭がいいことと、あと、トマトが好きなことくらいです。

 いつもトマトが挟まったサンドイッチばかり食べています。

 それから、不思議な魔法が使えたり、地獄の門? を呼び出したり……。


 倉本さんは本棚しかない部屋の真ん中で、ストレートの黒髪を指先でくるくると回しています。


「今日は私に聴きたいことがあるのでしょう?」

「どうしてわかったのですか?」

「なんとなくです」

「はぁ。悪魔だからじゃないのですか」

「いくら私でも、完全に人の心を読むことはできません。それができたら、営業なんて苦労しませんよ」

「本当は全部わかっているのではありませんか」

「さあ、どうでしょうねぇ」

「……あの、倉本さん。倉本さんって、実は悪魔じゃないと思うのです」


 倉本さんはにっこりと笑ってみせました。

 倉本さんに促されて、正面に正座します。ロングスカート越しのフローリングが冷たいのです。

 ロングスカートといえば、倉本さんがある日突然洋服をプレゼントくれました。

 理由を聴いたら、「欲望に導かれたので」としか言いません。……よくわかりません。


「ほう。それはなぜでしょうか」

「確かに、倉本さんは地獄門を出してみせたり、テレポートしてみせたりしました。でも、なんというか、その……悪魔っぽくないのです」

「ふふ……。どのあたりが、でしょうか」

「なんとなく……ではなくて、私が思う悪魔のイメージとは違うからです」

「社会的人間一般の常識で描かれる悪魔の概念とは異なる存在、ということですか? もっとも、この場合、社会的人間の中に私は含まれておりませんが」

「そんなところです」

「確かに、私自身、人間の常識とは考え方が異なるといいました。貴方の推測はおおむね正しいです。地獄門のような、明らかなミスリードを乗り越えて、よくぞ真理に辿り着きました」

「はぁ」


 私が目をしぱたくと、大きな白い羽が広げられていました。

 頭には光輝く輪があります。


「えっと」

「はい。ご覧のとおりです」


 倉本さんは正座したまま羽を出しています。


「天使ですか?」

「3分の1正解です」

「というと?」

「私、もとは大天使ですが、天使と悪魔の兼業をしております。といっても、堕天使というわけではありません。デュイノの悲歌ではありませんが、人間が火傷をしないように受け入れてもらうためには、どうしたらよいかと考えました。そこで、私は、人間の姿をとり、悪魔として、人間の悩みを聴いて回ろうと思い立ったわけです。貴方や真奈花と出会ってからは、大分好き勝手していましたが……正直、天使は悪い意味で暇です。本来、暇は有意義なものであるはずなのですが……」

「悪い意味で、ですか。なぜ?」

「その本のせいです」


 倉本さんは、私の後ろにある本棚を指差しました。

 以前見たときは腰あたりくらいの高さだったのに、いつの間にか天井くらいの高さまで大きな本棚になっています。


「どれですか」

「増えたやつ全部です。これでも一部ですが。地上界には到底収まりきりませんからねぇ」

「はあ」

「アカシック・レコードはご存知でしょうか。世界のありとあらゆる物事を記録した本です。その執筆と編集作業を頼まれてしまい、私でさえ、あんまりにも大変すぎて、とびだしてきてしまいました。……まあ、バレてしまいましたので、仕方なく仕事を分担していただいて作業しているわけですが」

「読んでみてもいいですか?」

「貴方には読めないと思いますし、面白くありませんよ。世の中の瑣末なことまで詳細に記してありますが、本当にくだらないことまで書いてあるわけですから、中身はお察しです。明らかに無駄な部分はカットしたほうがいいと思うのですが……」


 本を一冊開いてみますが、みみずののたくったような字で書かれていて、なんだかさっぱりわかりません。


「……読めないのです。挿絵はないのですか?」

「お望みなら映像をお見せしましょうか。……ああ、いえ、その本はやめておいたほうがいいでしょう。並み人間であれば、気が狂うと推測されます。あるいは、単純に理解できないかのいずれかでしょう」

「そうですか。危なそうなのでやめておきます」

「懸命な判断です」


 本を戻して、隣の本を取ろうとしました。


「その一段下の左端の本は、貴方にも読めるように、観察記録をつけたものです」

「日記ですか」

「そんなところです。ご覧になりますか?」

「他人の日記を見るのはよくないのです」

「私は完全な人間ではありませんよ」

「倉本さんはわたしから見たら人間です。……こっちの分厚い本を借りるのです」

「その本は宇宙理論について、人間の理論で解明されている部分だけを私が記したものです」


 青いハードカバーの背表紙には、金の文字で「宇宙理論」と箔押しされています。


「お借りします」

「わかりました。一冊しかありませんので、なるべく、なくさないでくださいね。ああ、それから、私のことは真奈花には秘密にしておいてください。真奈花自身で私の秘密を暴いてもらわなければ、教育の意味がありません」

「はぁ。倉本さんの考える教育とやらは、よくわかりませんが……お姉ちゃんはわたしに対しては案外鈍いので、言わなければ問題ないと思います」

「まあ、お茶でもしながら、軽くプシュケーについての講義でもしましょう。何か食べたいものや飲みたいものはありますか。すぐに買ってきますよ」

「倉本さんと同じもので」

「トマトジュースとトマトチーズサンドとトマトスナックです」

「はぁ。じゃあそれで」


   *


 日が暮れてきた頃。

 玄関で、本を胸の前で抱え、大天使の倉本さんにお辞儀します。


「わたしの仮説は当たっていました。3分の2くらい」

「またいつでもいらっしゃって下さい」


 と言いつつ、倉本さんはアカシック・レコードの続きを執筆していました。手作業で。


「……わたしも手伝いましょうか?」

「お言葉はありあたいですが、貴方の……いえ、人間の能力では不可能です」

「そうですか。でも、倉本さんは、わたしたちと同じように……」


 そこまで言いかけて、口を噤みます。

 これは、倉本さんへの課題です。


「……はい?」

「……なんでもないです。お姉ちゃんに、秘密、気づいてもらえるといいですね」

「ええ。このような教育方針でいいのか、答えがないので、いつも悩むところですが」

「…………。では、失礼します」


(了)

「最近魔物が出ませんねぇ。人間は、生への欲望すらなくなってしまったのでしょうか。だとしたら、嘆かわしいことです……」

「毎日ごはんを食べて生きられる、それだけでも幸せです」

「幸せの『幸』という漢字は、手錠の形がもとになっているとされています。処刑されず、手錠だけで済むことに喜びを感じているとしたら……社会的人間というのは、不思議な有機生命体ですねぇ」

「もうちょっと簡単なことばでしゃべるのです」

「あはは……気をつけますよ」

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