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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

TS転生した魔王が自分を倒した勇者をバブみでオギャらせて一緒に世界征服しようと唆そうとする話

作者: 遮二無二

筆者はあまりバブみに詳しく無いので、知識が間違っていたら申し訳ありません。

感想をお待ちしております。

魔王ことマオちゃんイメージ


挿絵(By みてみん)


「人を脅かす魔王よ、最後に言い残す言葉はあるか?」


 勇者の光を纏う剣を受けて、我の体は傷口から徐々に光の粒子となりて消えていく。

 まだ成人してもいないであろう童、しかも一人でこの歴代最強と言われた魔王である我を倒すとは……!


「勇者よ……! その強さ、勇気、真に天晴れなり。しかし覚えておくが良い。人はお前が思う以上に醜いものだ。魔王たる私を倒したお前も、我と同じだけ力を持つ者として危険視され、裏切りの果てにやがて人間に絶望するだろう! 次の魔王はお前やも知れぬぞ……」

「……それでも俺は人の可能性を信じたい。去らばだ魔王。……お前は強かった。」

「そうであるか……フ、去らばだ勇者よ」


 我は勇者に聖剣で再度切られて体の全てが粒子と化していく。

 あぁ、最後は生まれて初めて全力で勇者と戦えたのだから悔いは無い。

 我が野望、世界征服こそ成し遂げる事が出来なかったが、とても濃密で充実した時間だった。

 発想や構想を考えても今まで我に戦いを挑む者がいなかった故に使う事が無かった技や、奥義の全てを出し尽くし、それでも更に上を行く勇者には非常に感服した。


 勇者が我が配下、いや、片腕になってくれていれば世界征服も容易かっただろう。


「願わくば勇者とまた……」

『その願い、叶えましょう。その代わり……』


 戦いたい、と我が思った瞬間に何処からか声聞こえた気がした。





「マオちゃんは今日もお人形さんみたいで可愛いねぇ。国一番、いや、世界一番だよ!」

「ふはは、ちちうえよ、それはわれがまおうだからだ。まおうはいちばんのしょうごう。だからいちばんなのはあたりまえなのだ。……たとえそれがかわいさでもな」

「うーん。たまに不思議なことを言うけど、この絶対の自信がプリティだねぇ。流石僕のかわいい娘だ」

「マオ、我じゃなくて自分の事は私って言うのよ。わ・た・し」


 様々な色が混じりあう虹色の瞳を持ち、プラチナブロンドの長髪を靡かせて、白雪を連想させる真っ白な肌を持つ幼女がふんぞり返っている。そう、我だ。

 我は勇者に倒された次の日、何故か人間の赤子に転生していた。

 勇者に倒されたあの日に光の粒子となり消えていく我には不思議な声が聞こえた。

 その瞬間、我は赤子として人間の母上から生まれたのだ。

 そして生まれてから六年経ったのが現在の状況である。


「マオちゃんはお転婆だからねぇ。」

「もう、あなたったら! 小さい頃はぐずったりしないで手が掛からない良い子だったのに、ハイハイ出来るようになった瞬間にあっちこっち動き回るから私はいつもひやひやしてるのよ!今じゃこの子を知らない旅人や行商人からは神出鬼没の妖精扱いよ!」

「ははうえ。にんげんのつくったものや、かんきょうのちょうさだ。われはにんげんのつくったものにきょうみしんしんなのだ。」

「マオちゃんはお母さんに似て賢いねぇ。良い子良い子~」

「ふ、まおうだからな。もっとなでるがよい。ちちうえ、ははうえ」

「もう……マオったら……ほら、頭をこっちに向けて。」

「うむ!」


 しかし人間が住む場所は心地よい。

 青い空、白い雲、太陽はさんさんと輝き、吹く風は肌を撫でて気持ちが良い。

 暗い空、黒い雲、太陽は雲に阻まれ、吹く瘴気で肌を焼かれる我の魔王城周辺とは大違いである。


 そして我は人間の両親から愛情を受けてすくすくと育っていた。

 我は人間の負の感情から生まれたタイプの魔王なので、親など居る筈もなく、愛情という物を知らなかった。

 いつも周囲が虚栄と背信が逆巻き、殺伐としていた前世と違い、穏やかで心地の良い人間生活に我はどっぷりと嵌まっていた。


「ではきょうもちょうさにでるぞ。ちちうえ、ははうえよ。」

「わかったよマオちゃん。でもあんまり遅くならないでね。」

  「知らない人に着いていっちゃ駄目よ。」

「ふはは、われはそのていどのやからにはまけん!ではいってくる。」

「「行ってらっしゃい。」」


 なぜ我が村の調査に出向くか?それはまだ我が世界征服を諦めていないからだ。

 この体になってからは、前世と比べるとそれはもう格段に、いや、天と地の差ほど力が落ちていた。

 魔王時代に出来た事が全く出来なくなっていて、我はそれなりに落ち込んだがそれで世界征服を諦める我では無い。

 この世界を我の物にするヒントを得るために、村や森を練り歩いているのである。


「む、なんだこれは?」


 我が歩いていると村の道場に一冊の本が落ちているのを発見した。

 我は何故かそれに惹かれるように手を取り、表紙を見ると沢山の文字とでかでかと女が写った本だった。

 タイトルは【小悪魔アジュレ 1月号】?


「なんとめにつく、はでなほんだな?」


 我はそんな奇っ怪な本を開き、適当なページを捲ってみると気になる文章が目に入る。

【特集! バブみでオギャらせて気になる男の子を自分の物にしよう!】

 ふむ、言葉の意味は分から無いが、つまりはこの本に書いてある事を実践すればどんな男でも我が意を得る事が出来るのか――――って!


「ひとをあやつる――――つまりこれは、おうぎしょのたぐいではないか!? ……ふはは! われはいいことをおもいついたぞ!」


 何て良い拾い物だろうか。

 まさかこんなのどかな田舎の道端に奥義書が落ちているとは。

 この奥義書を研究し尽くし、狙うはただ一人。

 我の力が落ちたなら他人で補えば良い。その人生が、もしも前世の我より強ければ?


「まっていろよ。ゆうしゃ! ふーはっはっは!」




 更に六年後


 我は今、山の奥にある一軒の少し手入れの行き届いていない家の前に立っている。

 我は意を決して玄関のドアを叩く。

 我は奥義書がぼろぼろになるまで熟読、研究を重ね、イメージトレーニングを毎日欠かさずに行ってきた。

 もう勇者だろうが魔王だろうが我に恐れるものは何も無い。


 コンコンと玄関の扉を二回ノックして我はこの家の主が出て来るのを待つ。

 少しだけ待つと、中から恐る恐るといった様子で扉が開かれる。

 中から出てきたこの家の主――――勇者は我を見て驚いたようで、目を見開いたが、直ぐに普通の顔つきに戻る。


「………………こんな場所にどうした?もしかして迷子なのか。」


 勇者はあの体中に纏わせていた覇気のようなものは一切感じず、短く切っていた黒髪は、ボサボサに無造作に伸ばされており、あの鏡のようにギラギラと輝いていた瞳は今は暗く淀んでいる。

 そして顎に無精髭を生やし、服は質素な物を着ている。

 勇者が我と戦ってから12年の歳月が過ぎ、確かに年の重ねた様子は感じるが、どうしてこんな姿に。


「ふん、この我が直々に出向いてやったのにどうしてそんなみすぼらしい姿をしている……勇者よ。」

「っ! 人違いだ……帰ってくれ」


 勇者は再度驚いたような顔つきはするが、直ぐに我を突き返そうと扉を閉めようとする。


「もし、我の味方になれば世界の半分を勇者にやろう」

「――――――――! その台詞は……」


 我と勇者が初めて相対した時に我が言いはなった言葉である。

 我は勇者の強さを認め、我が配下になれば今までの事を全て水に流そうとした。

 まぁ結果は断られたがな。


「フフ、知らなかったのか?魔王からは逃げられないのだぞ?」

「……取り敢えず入れ、魔王。」


 ようやく話を聞く気になったのか勇者は我を家の中に招き入れる。

 我は勇者に言われるままに椅子につき、出された茶を飲む。


「うむ、茶を入れるのは下手だな。」

「……毒とか疑わないのか?」

「フ、そなたは話も聞いていないのに仕掛ける性格では無かろう。」

「……そうか。それで、どうしてここが分かった?」

「我が生まれた村にいる胡散臭い占い婆の占いだ。我の誕生する日を予見し、我をマオと名付けたのもその占い婆だ。」


 我が生まれる数日前から我の村に居着いた占い婆は、村の悩みを次々と解決し、村人から信頼を得た後に我が母上にこう言いはなったらしい。


「明日、運命の子が生まれる……運命の子は白金の髪を持ち、瞳に虹を宿す。その子が救いの子となるだろう。名をマオとすると健康と幸運に恵まれるであろう。」


 この言葉を最初は信じなかった母上だったが、我の容姿が占い婆の言っていた特徴と一致したので、健康と幸運を祈り、マオと名付けられたのだ。

 数ヵ月前、この占い婆に声を掛けられて「探し人、この地図の場所におられるでしょう」と言われたので、我は父上と母上に【旅に出る。探すな】と書き置きして家を出たのだ。


「……復讐か?」

「フ、だと言ったら?」


 勇者は机にカランとナイフを投げる。

 どうやらナイフを隠し持っていたと言うことは、警戒はされていたようだな。

 しかし、何の意図で机に投げ出した?


「一思いにやってくれ。俺はもう疲れた。」

「……は?」

「魔王、全てお前の言った通りだったんだ。裏切りの果てに、絶望してしまったんだよ。人の可能性を信じた結果…な」


 あぁ、だからこんなに変わり果ててしまったのだな、勇者よ。

 今はあのときのような希望や生気を感じない理由は裏切り。

 我が死に際に言った言葉が現実のものとなったのか。


「話せ」

「え?」

「勇者よ、全てを話せ。我に包み隠さず」


 勇者は少し逡巡するが、やがて観念したように項垂れ、ポツリポツリと話始める。


「はは、まさか魔王に俺の心情や過去を話すはめになるとはな……俺が死ぬ前に、全てを……俺の話を聞いてくれるだろうか。そう、俺の始まりは―――――」


 俺は捨てられた孤児だった。王都のスラム街でゴミを漁り、物乞いをして何とか毎日を命を繋ぎ、過ごしていた。

 黒髪黒目と言うこの国では存在しなく、不吉の象徴となっている。

 俺は忌み子としてスラム街の住人からも忌避されていた。


 しかし、俺にも転機が訪れた。

 勇者の証である勇者の印が手の甲に現れ、王城に招かれる事となったのだ。


 そこで俺は王女と出会ったのだ。

 王女は俺のぼろぼろで汚れた格好や黒髪黒目の事を気にせず手を取って言ったのだ。


「勇者様、我々をどうかお助け下さい。人々を脅かす悪い魔王を倒して下さい」


 多分一目惚れだった。

 だから俺は王女の助けになるために、魔王を倒すために死に物狂いで鍛えた。

 魔王を倒し、彼女の笑顔を見るために、彼女欲しさに……


 そうして俺は国、いや、世界一強い人間になった。

 俺の強さを知るものからは漆黒の怪物と、俺の強さを知らないものからは王家に集る薄汚い黒鼠と呼ばれていた。


 そして魔王城へと向かう、出発の日が来たのだが……


「勇者よ、そちには一人で魔王討伐に行って貰おう」


 当然俺は反対した。人間一人には限界がある。

 俺一人で万を越える精鋭を持つと言われる魔王軍など、到底壊滅出来るものでは無い。


「人を割く余裕が無いのだ。もし一人で魔王を討伐出来たら私の娘との婚約を許そう。娘もそれを望んでいる……逆にそれ以外は許さん。」


 俺は王に自分の淡い憧れを見抜かれ、言われるまま一人で旅に出る事にした。

 黒髪黒目はこの国では忌避の対象なので、俺は頭部を完全に覆うフルフェイスのプレートアーマーを常に装備して旅に出た。


 街や村に入って勇者の印を見せた時は歓迎されるのだが、俺の黒髪黒目を見ると、人々の態度は腫れ物を触るが如く扱い、俺はいつも一人であった。

 孤独で、野営の時には夜魔物警戒のために全く眠れず、次の日に強行する事も数え切れない位あった。


 ようやく、必死になって進めた旅も終わりに近づいて来た。

 そう、魔王、お前との最終決戦だ。

 身長が非常に高く、俺よりも格段に大きな男で、王なのに果敢に戦いを挑んでくる。

 魔王は戦いの最中常に笑っていた。

 俺が魔王の技を破る度に「ほう……」「こいつならどうだ!」「やるな!まだまだ!」と戦いを楽しんでいるようだった。

 俺には理解が出来なかった。

 戦う事の……魔人との殺し合いなど、角や肌色等の姿形が違えど、人間を殺している様で、気分が悪いものだ。


 ここに来るまでに、時には命乞いをする魔人も無惨に切った。

 そして魔人には親の仇、友の復讐と言い、襲い掛かる者も居た。

 そんな魔人達も全て切った……人間のため、王女のためにと言い聞かせて……


 しかし、魔王は最後、俺が完全に止めを刺す時まで笑い、むしろ俺を認めている節さえあった。

 極めつけは最後の台詞で俺の強さと勇気を褒め称えて散っていった。


 俺は魔王の言葉や笑顔が頭から離れず、王国へと帰還した。

 しかし、俺を待っていたのは称賛でも労いでも、人々の笑顔でも無く、「なんだ勇者、生きていたのか」と呆気なく言う王の言葉だった。


 俺は……俺は最初から誰にも期待などされていなかったのだ。


「魔王を倒した? うむ、期待以上だな。ならば次は別国の王でも討伐してもらおうかのう! ヌハハハハ! 婚約ぅ? その王を倒したら許してやろう。」


 そうか……俺は王にとって、ただの便利な暗殺者だったのか。

 俺はそれからの王の言葉が耳に入らぬまま話が終わるまでひざまずいていた。


 俺は救いを求めるように、王女が居ると言う庭に自然と足を運んでいた。

 王女、彼女なら俺の容姿や強さに嫌悪したりしない。

 手を握って、俺に声を掛けてくれる筈だ。


「えぇ……あの黒いゴキブリが帰ってきたと言うの? 凄まじい生命力ね! 魔王と相討ちになれば良かったのに。私は嫌よ、あんな薄汚いのと結婚するのは。あんなのと一夜を共にしたら私の白い肌まで黒く煤けてしまいそうだわ。そうよ! 用は済んだんだからあいつを魔王認定してこの国から追い出しましょうよ!」


 そこから先はどうやって城から飛び出たのか良く覚えていない。

 それから俺は魔王と認定され、誰からも疎まれる存在となって、人の目から逃げるようにこの誰も居ない山奥で暮らすようになったのだった。


「――――と言う訳だ。魔王、お前の言った通り、信じていた者に裏切られ、今の俺は人間からは魔王扱いだ。俺には居るべき場所も帰る場所も無い。そして情けない事に自分で死ぬ勇気も無い。お前が俺に復讐すると言うのなら甘んじて受けよう。俺を……楽にしてくれ。」


 我は机に置かれたナイフを手に取り、席につく勇者に一歩、また一歩とゆっくりな足取りで近付く。

 勇者は目を瞑り、疲れた顔に安らかな表情作っている。

 確かに死ねば何も感じないだろう……痛み、悲しみ、そして苦しみも……だが勇者よ、違うのだろう?


「勇者よ、お前が欲しているのはこのナイフでは無い。他人の温もりだ。」


 我はナイフを後ろに投げて、椅子に座る勇者の頭を抱き締める。

 奥義書【小悪魔アジュレ 1月号】に書かれていた技の一つだが、勇者を手玉に取ろうと言う下心では無く、純粋に体が動いていた。


「なっ、何で……」

「……我の前世では常に満たされることの無い飢えに苛まれていた。それは果てない争いへの渇望。我は生まれた時から強く、満足な相手に出会う事が無かった。しかし、最後に戦ったそなたは強かった。我がどんなに全力を出しても、それに応えるそなたに、我は心の底から満たされたのだ。だから我はそなたに復讐など、毛頭に考えていない。」

「っ! そう……なの…か。」

「我の餓えを満たしたお前にお返しだ。温かいだろう?万の言葉より一度の触れ合いは。」

「うっ、ううっ! 温かい……! 俺は、俺は……!」

「良い。今は何も言わなくても。」


 勇者は我の胸で感極まったように泣き出して何か言おうとする。

 我は勇者の言わんとすることを止め、今は涙とともに鬱屈とした感情を吐き出させる事にした。

 10分程度時間が経ち、涙が引き始めた勇者の頭を解放する。


「あっ……」


 我が頭を離すと勇者は名残惜しそうな子供のような顔で、寂しげな声を出す。


「フ、そんな顔をするな勇者よ。我が立っているのが疲れたからそこのソファーに座りたいだけだ。お前も隣に座るが良い。」


「あ、あぁ」


 嘘だ……我は忘れていたのだ。

 元はと言えば勇者を奥義書【小悪魔アジュレ 1月号】の記述通りに実行し、我が手中に収めることが目的だったが、追い詰められていた勇者が見ていられずに素であんな行動をしてしまった……!

 フフ、だが弱っている勇者は容易く堕ちそうだ。

 ならば、気を取り直してここで一気に決めに掛かる!


「ん」

「えーと?」


 我は勇者とともにソファーに座り、膝をポンポンと叩く事で、膝枕をしてやろうと促してやるが、勇者には意味が分からなかったようだ。


「我の膝に頭を預けよ、勇者。耳掻きをしてやろう。」

「何故……耳掻きを?」

「まだ話したい事が有るのだろう?ほれ、遠慮などするでない」


 勇者の頭を我に寄せるように引っ張ると、勇者は抵抗せずに我の膝に頭を乗せる。

 フフフ、奥義書に記述されていた奥義の一つ【膝枕&耳掻き】を存分に味わうが良い!


「心地良いよ、魔王……」

「ふはは、そうであろう? なにせ父上を練習台にして極めたからな!」


 我が奥義書【小悪魔アジュレ 1月号】を研究している時に父上に試した所、父上は絶賛していた。

「マオチャン、キモチイイヨ」とな……一番最初は耳の穴から血液が間欠泉が如く噴出して、オーガのような形相をしていた気がしたが、父上は耳掻きされるとそのような状態になる……恐らくそう言う体質なのだろう。

 我が更に上達して行くと父上は泣いて喜んでいた。


「魔王、俺はきっと誰かに認められたかったんだ……俺は好かれたかった。愛されたかった。理由が無くても隣に居て良いと言われたかった。それを求めるのは間違いなのだろうか……?」


 勇者は我に他人に愛情を求めるのは間違いなのかと問う。

 前世の我ならこの問いの意味が分からなかったかもしれない。

 何故なら前世の我は、愛情という存在を知らなかったので、必要かどうかも分からなかったからだ。


「……勇者よ、それは間違いでは無い。前世の我には愛情など、知るよしも無かったが、今の我は両親から数え切れない位の愛情を向けられて来た。ニコニコと笑い、我の頼み事や話をニコニコと聞く父上。我に良く怒っているが、頼めばいつでも撫でてくれる母上。我は愛情を知ってから、戦い以外にも満たされる物があると知ったのだ。愛情は非常に心地よい。だから、愛情を求める事は、満たされようと思う気持ちは正しいのだ、勇者よ。」

「羨ましいものだ魔王……お前は俺が手に入れられなかった物を手にいれたのだな……」

「そうかも知れないな……ほれ、右耳が終わったから左耳に変われ。」


「ああ」


 勇者は体勢を変えて、我の腹に向けて顔向きを変える。


「魔王、いくつか質問して良いか?」

「フフ、それは構わないが、腹がくすぐったいからあまり長く喋るなよ」

「す、すまない」

「ん? 何を赤くなっているのだ勇者よ、風邪か?」

「いや、何でも無い……」


 変な勇者だ。


「魔王ここまでどうやって来たんだ? 魔物もいるだろうし、危険な人間だっている。どうして俺の元まで一人で来れたんだ?」

「フ、知らぬ。我は【健康】で【幸運】なのだ。生まれてから風邪一つ引いたことも無ければ、危険な目に遭うなど、旅の苦労も無かったのだ」

「流石魔王って所なのか……?」


因みにこれはちょっとした自慢である。

占い婆の予言通り、マオと言う名前のお陰でそこらは苦労したことが無い。

どんなに大雨でずぶ濡れになろうが、周りに風邪が流行ろうが、我は一度たりて体調を崩した事がない。

更に、マオと言う名前も魔王を彷彿とさせるので、我は中々気に入っている。

前世は名前など無かったしな。


「魔王、お前は俺と戦ったときに世界征服を目指してると言ったな。何故世界征服なのだ? 俺は王には人間を殲滅する為に動いていると唆されたが現実は違った。国と国がぶつかる戦争を、ただ俺がいた国と魔王軍で行っていただけだった。俺は、勇者と言う名の暗殺者としてお前ら魔王軍を引っ掻き回したがな……」


 フフフ、意外と良い質問が来たな。


「まぁ、我が一番を好むって言う理由もあるが、我が住んでいた魔王城周辺の環境を少し思い出してみるが良い。そう、最悪の環境だろう? 我は世界一居心地の良い場所を求めたのだ。ついでに世界統一してやろうと思ってな。ま、戦争など、どんなに高尚な理由があろうと中身は下劣極まり無いのだ。だから暗殺だろうがなんだろうが我には構わないのだ、勇者。」

「意外と我が儘な理由だな。魔王、お前は一体何歳なんだ……」

「うむ、今が12歳で……えーと我が倒された時は……うーむ、確か前世を合わせて14歳だな」

「は? 114歳じゃなくてか? その計算だと俺と戦ったときは2歳だぞ。お前結構大きい男だった筈だ。」

「当時は2歳で合っているぞ?我は人間の負の感情から生まれたタイプの魔人だったからかな。生まれた時から前世の姿だったのだ。因みに誕生して一年経った時には前魔王を倒して我が新魔王として君臨したのだ」

「えぇ……」

「フハハ! 言っただろう? 我は生まれた時から強かったと。勇者よ、そう言うそなたの齢はいくつなのだ?」

「魔王を倒した時は15で今は27だ……」

「やはり我を倒した時は成人を迎えていなかったか」

「魔王も似たようなものだろう……」

「フハハ! 確かにそうだな!」


 魔人や魔王に年功序列や血統による地位など存在はしない。

 魔王は一番の称号故に、一番強い者が君臨するのが常識だ。

 と言っても、我もたった一年しか君臨することが出来なかったがな。


「勇者よ、これで耳掻きは終わりだ。」

「……もう少し、このままで居て良いか……?」

「フ、勇者よ、そんなに我の膝枕が気に入ったのだな。ならば息が腹に掛かって、もどかしいからせめて顔を上に向けてくれ。」

「……ありがとう」


 勇者は顔を上に向けた事によって我と目が合う。

昔は何かに餓えるようにギラギラと光る鏡のような瞳だったが、今は暗く濁っている瞳だ……だが先ほどよりは瞳に光が宿っているようにも見える。

 我を玄関で出迎えた時以外、殆ど顔を俯かせて会話していたので、まともに目を合わせたのはこれが初めてだった。


「魔王、お前は本当に変わったな……」

「あぁ、我もそう思うぞ。体は前世の半分位まで小さくなり、力も殆ど全て失った。悔しい事に我には以前のようにそなたと戦う事が出来なくなってしまったのだ」

「いや、それもそうだが……その、なんと言うか……綺麗になったな、って思ったんだ。俺が玄関からお前の姿を見たときは美しい妖精が現れたのかと錯覚した。白金を思わす色をした長く美しい髪、穢れを知らぬ白い肌、そして青や黄、オレンジといった色が混じり、まるで海と陸を彷彿とさせる瞳。服装は華美な格好では無いが、お前を自然と引き立てている気がする。俺は、魔王、お前の全てが美しいと思った」

「そ、そう面と向かって言われると我も流石に面映ゆいぞ、勇者。」


 村人や両親にも可愛いだの綺麗だのは言われた事は幾らでもあるが、こうも詳細に説明されたことは無い。

 我には人間の美的感覚を未だに理解しきれていないため、我がどれだけ美しいかなど、良く分かってはいなかった。

 まぁ皆がそう言うのだから、我はそこそこ美しいのだろう程度にしか思っていたのだ。

 我は柄にもなく頬を紅潮させる――――って、何故我が手玉に取られているのだ!?

 ぐぬぬ、勇者め、意外とやりおるようだが、そなたがその気ならこちらにも考えがあるぞ……!

 奥義書【小悪魔アジュレ 1月号】の奥義が一つをとくと見よ!


「ごほん、勇者よ、我はそなたの漆のような黒い髪も、黒いスピネルのような瞳も我は珍しく、美しいと思うぞ。まぁ今は昔に比べると瞳の輝きがくすんでしまっているがな」


 我はそう言って勇者の頭を撫でてやると、勇者は我の奥義【なでなで全肯定】を気持ち良さそうに受け入れつつも、疑うように我の瞳をじっと見る。


「俺の髪と目が美しいだと? お世辞なら止してくれ。俺は生まれてから一度も褒められた事が無い容姿なのだぞ。不吉の象徴……だから」

「魔王の我にそれを言うのか? 魔人族からすれば瞳や髪色などただの個性。角や尻尾、翼も生えてい無く、魔人から見て、個体差が少ない人間が、たかが瞳や髪の色が違うだけで何故不幸の象徴になる? 我は黒色が好きだぞ。我が魔王軍四天王で我が腹心【破竹のクロー・クロウ(故)】の羽の色に良く似ているからな」

「そう言えば居たな……烏の魔人の【社畜の苦労・九郎】だったか? ……息が荒く、隈が凄く濃く出ていて、目が血走っていて恐ろしい魔人だった。ビジュアル的に……」

「あやつは働き者だったからな。寝不足だろう」

「だが、魔人にとってはそうでも人間にとっては……」


 今思えば魔王軍の管理を全部あやつにやってもらっていた気がする。

 許せ、クロー・クロウ。お前も転生したら今度は楽な役職を与えてやろう。

 ……良く考えると我はかなり部下に仕事を任せっきりだったような覚えがある。

 ま、まぁ、今その話は後で良いだろう。


「勇者よ、そんな事を言ったら、我の容姿も人間にとって珍しいものなのだろう? 要は認識の問題だ。世界中の人間がそう思っていると我は思えん。この大陸に居なくても、別の大陸にはお前のように黒髪黒目の人間を好くものが多く存在するやも知れない。少なくとも我はそんな言い伝えを信じなぞせんし、そなたの色は好ましい。それに、もしそんな認識が嫌なら変えてやれば良い」

「変え……る?」


 フフ、ようやく本題に入れる時が来たな。

 我は勇者の顔を両手で挟み、少し顔を近づける事で我の話のみに集中させる効果がある筈だ。

 ん? 何故赤くなるのだ勇者よ? まぁ良い。


「世界の頂点に立つのだ! 黒髪黒目の者が、そなたが世界で一番だと知らしめてやれば良いのだ!」

「でも、どうやって……?」


 勇者よ、なんて素晴らしい相槌だ!

 もうこれは一気に畳み掛ける好機に違いない!


「良くぞ聞いてくれた! その方法とは、【世界征服】だ! フーハッハッハ! 世界征服をすればそなたが好みの女を好きなだけ侍らせる事も、好きなものを好きなだけ手に入れることも出来るし、表だって悪く言うような輩も現れん! そなたは頂点に立つことで崇め奉られるのだ!」

「世界征服……欲しいもの……」

「勇者よ、もう一度聞いてやろう! もし、我の味方になれば世界の半分を勇者にやろう。さぁ、勇者よ、どうする。答えを聞かせよ!」

「俺は……」


 フハハ! ここまで来れば流石の勇者とて墜ちる事は必至。

 言わばこれは体験版……!

 世界征服を完遂すれば、勇者は皆から崇めらる上に、好きなだけの女に我がやったような事をして貰える……!更に世界の半分と、報酬を倍プッシュ……!

 勇者は我が人の愛情にどっぷり嵌まったように、同じく嵌まっている筈だろう。

 さながら底無し沼のように……!フハハ、我が悪魔的策略は圧倒的、圧倒的完璧っ……!


「……俺は世界の半分は要らない」

「フハハ!そうであろう? やはり世界が欲しく……無い!? ば、馬鹿な! ゆ、勇者よ、全てが手に入るのだぞ? お前が望むものが全てがだぞ!」


 やはり腐っても勇者と言う訳か?

 流石我が認めた好敵手と言う事なのか!


「ま、魔王。ち、近いから少し離れてくれ……」

「む、済まない」


 我は少し興奮し過ぎて膝枕している勇者に顔を近付け過ぎていた。

 あのまま詰め寄っていたら鼻先が触れていたかもしれない。

 落ち着け、落ち着くのだ我よ。

 勇者はあくまでも世界の半分()要らないと言ったが、他に欲しいものが有るかもしれない。


「それに……俺にはあのとき戦った時のような力は今は無い。あの日から12年間まともに修練をしていないからな」


 成る程、力が落ちていて自信が無いから断ったのだな。

 そうだ、そうに違いない!

 我は勇者をソファーに座り直させてから立ち上がり、勇者に向けて指を指して宣言する。


「フハハ! ならば問題無いぞ勇者よ、そなたは力は落ちたが、我のように力を失った訳ではない。だったら修練をし直せば良いのだ! なぁに安心しろ勇者。お前が修練に集中出来るように、この我が掃除洗濯料理の全ての家事をこなしてやろう! 我は母上に鍛え上げられたお蔭で家事全般が得意なのだ。そなたに毎朝美味しいスープを作ってやろうぞ!」

「ま、魔王。そ、それって俺と……!」


 勇者は顔を真っ赤にして言葉に詰まる。

 どうやら悪くない反応のようだ。

 よし、もう一押し、後は勇者の欲しいものの対策のみだ。


「……所で勇者よ、そなたが欲しいものは一体何なのだ?」


 勇者は途端に挙動不審になり、慌て始める。

 ……まさか我には後ろめたくて言えないようなものが欲しいと言うのか? つまり、いや、まさか……

 勇者は覚悟を決めた顔つきになり、唾を飲む。


「そ、それは……! 俺は、俺は魔王、お前が欲しい!」


 我が欲しい=世界の半分では足りぬ、やはり我の予想通り、全てを寄越せと言うことか!?

 ええい、この強欲者め! 我が世界を半分まで譲歩したと言うのにそなたは全てを欲すると言うのか!


「勝負だ勇者! 世界の全ては流石にやる事は出来ん。我が勝ったら世界の半分で手を打て!」

「どうしてそうなるんだ魔王!? 待て! 俺の話を聞け魔王!」

「ええい、問答無用! 力は落ちたがそれはお前も条件は一緒だ! 我にもほんの少し、万が一位は勝つ可能性がある筈だ! 勇者よ、覚悟せよー!」

「うわ、魔王、待て―――!」




 マオが生まれた村に住んでいる、怪しげな格好をした老婆は呟く。

 しかし、その声は老いた老婆の声では無く、若い女のものだ。


「魔王、いやマオよ。勇者を私との約束通り救ってくれたのですね。これで彼は、引いては世界が、そう遠くない未来に起こるであろう、大いなる災厄から救われる事でしょう。これで私の役目は終わりですね。女神の、私の加護が二人にあらんことを……」


 自分の役目は終えたと、老婆は光となりて消えていく。




 これは未来、漆黒の再起した勇者と白金の自称魔王と宣う聖女の二人の男女が大いなる災厄と呼ばれるものから世界を救う話の前日譚である。

魔王が勇者に対してアプローチの仕方が変わる【小悪魔アジュレ 2月号】とか、ノクターン行きの【小悪魔アジュレ 1月号 袋とじ】とか思い浮かんだりしましたね。


袋とじ、ノクターンにて掲載中

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自然に勇者を落としていく魔王ちゃん。これからのイチャイチャ生活も楽しそうだね。
[一言] 続きをください…
[良い点] 凄く好みでした! 元魔王様の嫁力が高そうですね。 勇者もこんなんされたらメロメロですね(笑) [一言] あれ?おかしいですね? 袋とじがないですよー とても見たいですね〜(笑)
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