第98話 勝利の宴
サリエルとの戦いに勝利した俺達は、エメの異界から現実世界へと帰還した。
満身創痍。疲労と激痛に霞む視界の中で、蒼白の銀髪を所々紅く染めた妹の姿を見つけ、俺は足を止めた。
「あ、あのね、ヴィレンくん。フィーナちゃんは私を守ろうとしてくれたんだよ。だから、フィーナちゃんは……!!」
重い空気に耐えきれず、アリシアがフィーナを必死に庇おうとするが、その言葉尻が段々と薄れていく。
「…………」
そしてようやく。酷く申し訳なさそうに唇を引き結んだフィーナが、その硬く閉ざされた口を恐る恐る開いた。
「その……ごめんなさ――」
「ごめんじゃねぇだろ」
低く。感情を押し殺した声で、俺は妹の言葉を否定する。
咄嗟にフィーナの視線が泳いだ。
過去フィーナに対し、俺は怒った記憶がない。
いつも怒られるのは俺の方であって、怒るのは決まってフィーナの方。
だから。俺がこんな顔をするのは今回が初めてなのだ。
「ごめんじゃすまねぇだろッ!!」
「うっ……」
びくッと反射的にフィーナの肩が震えた。
今にも泣きだしそうな視線が不安げにこちらを見つめる。
俺がフィーナとの距離を縮め始めると、フィーナがジリッと半歩下がる。
フィーナの瞳に映るのは恐怖の色だ。
怒られるのが怖い――のではない。嫌われるのが怖い。そういった類の『恐怖』。
ツカツカと足音を響かせながらフィーナに近づき、目の前で足を止める。俺が右腕をだすと、フィーナは強く瞼を瞑った。
アリシアが止めに入るのが視界に見えた。
しかし俺は構わず――
「ばか野郎……俺は、俺はお前を失うかと思った……」
そのままフィーナの細い身体を抱きしめた。
「あ……」
力を入れれば折れてしまいそうなほど、華奢で小さな身体を優しく力の限り抱き寄せる。
ナニか熱いモノが目の奥からじわじわと押し寄せてくる。気を抜けば、そのナニかに感情が奪われそうになる。
それを必死に堪え、やっとの思いで俺は続きを語った。
「頼むから、もう二度と、あんな真似はしないでくれ……フィーナ」
あの時、俺はフィーナの死を覚悟した。
だからもう一度、こうしてフィーナに会えたことが、触れられることが奇跡に思えた。
「…………なさい」
耳元で小さな声が聞こえた。
「ごめん、なさい。……ごめんなさい兄さ……」
しゃくり上げ、声を震わせ、フィーナの頬が濡れる。
その震える肩を、俺はもう一度強く抱きしめた。
「ばか野郎……」
「ごめんなさい……めんなさいっ……」
繰り返しごめんなさいと続けるフィーナの身体を、泣き止むまで俺は抱きしめ続けた。
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「――それでは皆さん。天使サリエル討伐を祝して、乾杯っ!!」
その日の内に、白の王国は国を上げて祝勝会を行った。
皆で話合った結果、国民達に事の顛末と結果を知らせる方向に定まり、代表としてエスティアが国民の前に立った。
勿論全てを語るわけではない。全てを語るには残酷すぎる。真実を知るのは俺達だけでいい。
エスティアが口にした内容は、聖王が既に亡くなっていたことと、その聖王に化けた天使が国を支配していたこと。
サリエルには少し悪いが、俺達は全ての罪をサリエルに押し付けることにし、人々の聞き良い風に尾ひれを付け事実を隠蔽した。
それを耳にした国民達の反応はそれぞれだった。
聖王の死に嘆き悲しむ者もいれば、天使に勝利した事実に喜び騒ぐ者もいる。
その流れで祝勝会は始まった。
エスティアの気持ちを考えれば、レオボルトの葬儀を先にしたかったことだろうと俺は思う。
きっと、レオボルトの死を一番嘆いているのはエスティアなのだから。
それでも彼女が国民の前で笑顔を絶やさず気丈に振る舞うのは、俺達に立ち止まっている時間がないからだ。俺達は前へと進むしかないからだ。
俺達が祝勝会に参加したのはその日の夜。それまでは城の寝室を借りゆっくりと身体を休ませてもらった。
午後19時。城から出ると、夜の街は赤や黄色に彩られ、屋台や出店には人がズラリと並び、冒険者や一般人問わず人々が笑顔を浮かべている。
こういう"お祭り"などというしきたりは黒の王国にはない。よって、
「――あ、あのフワフワした白いモノは何でしょう……?」
「お魚すくいだってフィーナちゃん! 一緒にやってみよ?」
目を輝かせ辺りを見渡すフィーナとアリシアのテンションは既にマックス。
ウィーとカルラは先に屋台を見て回りたいと言って人混みの中に消えていき、師匠はもうどこかで酒でも飲みながら女を口説いていることだろう。
「あんまり人気のないところには行くなよ」と言ってやると、
「うん!」「はい!」二人は仲良く屋台の方へと走っていった。
その後ろ姿を眺めていると、くいっくいっと服の袖を引っ張られる。
「私はあのバナナチョコというモノを食べてみたいな」
どうやらうちの食いしん坊もそろそろ我慢の限界のようだ。
「ったく。仕方ねぇな」と言いながらも、実のところ俺もお祭りというものを楽しみにしている。
リヴィアに手を引かれるままに、俺はお祭りの匂いに心踊らせた。
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魔人種や吸血鬼種の容姿は極めて人間族に近い。よって人間族かどうか、外見で見分けることは難しい。
それでも運悪く正体がバレてしまったという例も後を絶たない。
その場合、運が良けりゃ身ぐるみを剥がされ捨てられるだけだが、運が悪けりゃ弄遊ばれた後に消される。
不殺の誓いがあるからと言って殺されないわけではないのだ。証拠となる死体を抹消してしまえば、誓いなど恐れる必要はない。
つまり他国に入るというのはそういうことなのだ。すぐ隣に死の危険が付きまとう。
本来ならば用心に用心を重ね慎重に行動するべきであって、お祭りの場で人ごみに紛れてしまえば見つかり難いといえども、万が一の可能性を考慮しなければならない。
しかし今回、エスティアは俺を含めた旅のメンバーを、サリエル討伐の功労者として国民に紹介した。
おかげで"他国の者だから"という避難の目は避けられ、こうして堂々とお祭りに参加できているわけだが……
「よう兄ちゃん聞いたぜ? 兄ちゃんも天使と殺り合ったんだってな!!」
「ありがとよ。アンタらがいなけりゃ白の王国は壊滅してたかもしれねぇんだ」
こんな具合によく声をかけられる。
まぁ友好的に接してくれる分にはむしろありがたいが、やはり中には俺達をあまり良く思わない連中もいるようで……
「俺は騙されねぇぞッ!!」
と、こんな感じで。
「俺は忘れねぇ。3年前の大戦で、俺の仲間はお前ら魔族に殺されてんだっ!!
今回の件だってどうせお前らが仕組んだに決まってる。
俺はお前ら魔族を絶対に許さねぇ……!!」
男は額に青筋を浮かび上がらせ、憎忌しい形相で俺を睨みつけてくる。
先に言っておくが、俺はこの男とは全くの初対面である。男の仲間を手にかけた覚えもない。
だが、男にとってそんなことはどうでもいいのだ。
ソイツが人狼種だろうが魔人種だろうが些細な違いにすぎず、目の前に仲間の仇がいる。男が憤怒する理由はそれだけで充分だ。
そして男と同じ思いの者は決して少なくないだろう。どちらかと言えば先程絡んできた男達の方が少数派だ。
大切な者を殺した奴らを、そう簡単に受け入れられるはずがない。
男の気持ちを考えると、軽はずみな発言はできない。
そう。少なくとも俺には。
「それはお互い様だろう―――?」
クレープ片手に、リヴィアがつまらなさそうに言った。
「仲間を殺されたとほざいていたが、では聞くがおまえは3年前の大戦で魔族を殺さなかったのか?」
「殺したさ!! 仲間の分まで、殺したに決まってんだろッ!?」
怒鳴り散らす男とは反対に、リヴィアは至って冷静だ。平然としたまま淡々と言葉を口にする。
「ならばそれで良いだろう。殺す側が殺される側になったくらいでいちいち喚くな、鬱陶しい」
「なん、だとッ……?」
「貴様の仲間が死した理由は弱いからだ。貴様も、そしてその仲間とやらも。
だいたい死んで悲しむ仲間ならば死んでも守り抜け。
自らの弱さに目を背けるその怠惰。仲間の死を他人のせいにするその傲慢。
戦いは遊びじゃないんだ。殺される覚悟もなしに戦場に立つな。
敵を殺して喜ぶだけのお仲間ごっこがしたいのなら、冒険者などやめてしまえ」
リヴィアの言葉はいつも通り冷徹で、しかしいつも以上に辛辣だった。
辺りはシンと静まり返り、そして―――男の顔から表情が抜け落ちる。
虚ろな声で男は言う。掠れる声で男は問う。
「お仲間ごっこ、だと……?」
男はハハ……と空笑いし、そして―――
「取り消せ――ッ!!」
激情のままに拳を振り上げた。




