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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第1章 裏切りの聖王
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第96話 霧の結界

 天使とはいったい、何なのだろうか――。


 そんな疑問が脳裏を駆ける。


 奴らはいったいどこから来たのだろう?

 天使とは、唯一神とは何か?

 どうして人類を滅ぼそうとする――?


 考えれば考えるほどに沼にはまる。底の見えない泥沼に飲み込まれていく。



『――相変わらずつまんねえことを考える野郎だ。

 人が人を殺すための理由なんつーもんは、それこそ腐るほどある。だがな、その理由っつうのは、突き詰めりゃあ全てが自分自身のためだ。


 大事な奴らの報復に殺す。殺さなきゃ生きられないから殺す。尺に触ったから殺す。ムカつくから殺す。遊びで殺す。邪魔だから殺す。楽しいから殺す。殺したいから殺す――。


 ……そんなもんなんだよ、人が人を殺すための理由ってもんは』


 かつて師匠はそう言った。

 あの時の師匠の言葉には、確かな重みがあった。

 そして恐らく師匠の言ったことは間違っていない。


 人が人を殺す理由に正義も悪もありはしない。

 ただそこにあるのは、純粋な殺想(さつい)だけ……。


 だがしかし、ならば何故、と――。サリエ(ヤツ)ルはそんな温かな眼で俺達を見るのか。

 どうして、奴からは殺意の欠片も感じないのだろうか――?


 そんな疑問が脳裏を巡る――。







「――甲賀流忍術 陰ノ書 第碁拾七節 秘伝――"霧幻結界"!!」


 素早く印を結び、口に出した言の葉と同時に――いや、それよりも幾らか速く術を発動させる。

 ウィーの忍術により発生した霧は、見る間に街を呑み込み、サリエルごと辺り一面を白く染めていく。



 そも、忍術とは何か――?

 忍が扱う技である! いいや、答えはNOだ。 

 忍術とは即ち――魔法。厳密に言えば、無詠唱の魔法である。

 元々忍術というのは、青の王国が支配する"海"に浮かぶ、幾百もの島々の中に含まれる、一つの小さな島国発祥の魔法らしい。


 その島国には"魔法"という言葉が伝わらず、"魔力は気"。"魔法は忍術"と。独自の進化を遂げた数少ない希少な島なのだ。

 その島民が海を渡り、永き旅の末辿り着いたのが今の緑の王国。

 まぁ、よく考えて見れば、龍種や悪魔じゃないのだ、人間が口から火やら霧やら何やら出せるわけがないのである。



 話を戻そう。『霧幻結界』は俺が目にしたことのある数少ない忍術の一つである。

 緑の王国滞在時、ヴァナラとの戦闘にてメイラが使用した忍術でもある。

 彼女の使用した夢幻結界と比較すると、霧の濃度も術の範囲も規模が違う。

 記憶が確かなら、メイラは忍びの里の精鋭【影】に選出されていたはずだ。

 それを踏まえ、元とは言え流石は忍を統括する緑の王様なのだと改めて思い知らされる。

 加えて――「からの〜」ウィーの忍術はまだ終わりではない。


「甲賀流忍術 陰ノ書 第淕節 中伝"幻影分身"っすっ!!」


 急速に地に影が広がり、そこから複数の分身体が這い出し始める。

 これまた先刻と同じくヴァナラ戦でメイラ達が使用していた忍術の一つで、それまたメイラ達が使用していた術とは桁が違う。

 セスティアが生み出した影が20体。比べウィーが生み出した影は少なくとも100を有に超えている。


 加えてウィーは幻影分身にひと手間加え、分身体を師匠やカルラ、俺やエスティアの姿形に変化させている。

 しかもぱっと見本物と見分けがつかないレベルの精度……というか、本物よりも美化されている気もする。


 隠密、諜報、尾行、暗殺を生業とする忍にとって変身や変装は朝飯前。その(トップ)ともなれば本物の仕草や癖まで完璧に再現してのける(この際ウィー自身の分身の胸の膨らみが本物よりも多少大きくなっているという事実は伏せておこう)。



七番目の終焉(セプテム・ピリオド)冥界十眷属(ヘル・サモンズ)


 俺はウィーに遅れて地面に剣を突き立てた。

 剣を中心にして地に影が渦巻き、どぷんと浮かび上がるようにして、影は十の眷属となり世界にその姿を現す。

 大小様々十人十色の眷属達に向け、俺は端的に命令を下した。


「敵は天使一体だ。気兼ねなく、――殺せ」



「「――――」」


 返答はなかった。命令を受けた眷属達は、ウィーの分身体に続き、無言のまま躊躇いなく霧の中へと消えて行く。

 彼らの後を追うように、俺も霧の中へと飛び込んだ。





 霧の内部は吐き気を覚えるほど濃厚な魔力で満ちていた。


 おかげで個の魔力は四散し、魔力感知は使えない。加えて周囲を包む白い闇……これでは誰がどこにいるのか、正確な場所を把握することは困難だ。

 ――だが、それはサリエルにも言えること。

 この状況下では、襲い来る敵が分身か本物かなど見分けることは難しいだろう。

 ただ頭数を増やし揺動にでも使えればと安易に考えていた分身体が、まさかこうも立派な囮になるとは……なんてことを考えていた時だ。

 形の無い猛威が、俺の身体を打ち付けた。


「――うッ!」


 衝撃に耐え、飛ばされぬよう必死に抵抗を試みる。

 


「……なるほど。ただの煙幕ではないようですね」



 何処からかそんな声が聞こえてきた。

 サリエルだ。奴が霧を払おうと風を……いや、そんな生温いものではない。暴風だ。全身を面で殴られたかのような衝撃。

 サリエルがカルラによって"不死"を解除されたと同時に、奴の基本ステータスが激的に跳ね上がった。

 正確には不死に使用していた分の魔力が開放されただけであって、サリエル自身が強くなったわけではなく、奴が本来の力を取り戻しただけなのだが。


 しかし、そんなサリエルの一撃を以てしても、霧を晴らすことはできなかった。

 奴の発言からしても、どうやらこの霧は力技では払えぬようだ。

 ウィーが結界自体を能力で縛っているのか、はたまたエメが夢幻結界の外で何か細工を施しているのか、細かい理屈は俺にはわからない。だが、この霧が俺達にとって都合の良いことにだけは変わりない。

 言葉通り、この空間はサリエルを封じ込める夢幻の檻と化しているのだから――。



 耳を澄まし、聴覚に意識を集中させる。

 金属音と僅かな打撃音。それに空気の振動。分身体がサリエルに奇襲を仕掛けているだろうことが伺える。

 そしてその戦音が同方向から途切れることなく響いている。

 ありがたいことに、サリエルはその場から一歩足りとも動いていないようだ。

 それどころか、この不利な状況を楽しんでいるようにも捉えられる。

 それが自信なのか奢りなのか。奴の本心は見抜けない。元々頭のイカれた野郎の思考なんぞ理解したいとも思わない。

 ならばそこに考える必要性はなく、俺に求められるのは機を待ち完全に奴を殺せるタイミングを見逃さないことだけ。


 俺は息を殺し気配を沈め、白い闇に溶け込んだ――。

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