第94話 日陰の実力者
なろう書き始めて1年と半年。ようやくルビの振り方を覚えました。
――九番目の終焉《因果否定律》
コイツの能力は"発動時俺の身に起こった過去3秒間のありとあらゆる因果を破壊する"といったモノだ。
つまるところ、どんなダメージを受けようが、能力を発動することによりそのダメージがなかったことになる。
そんな便利なチート能力なわけだが、発動するにあたりいくつかの注意事項が存在する。
まず、一度使ってしまえば364時間の使用制限が生じるという点。
そりゃそうだ。常時この能力を使ってさえいれば死ぬことはないし、実質カルラの《零速再生》と同様の効果を発揮している。
続いて二つめが、攻撃を受けた後にしか発動できないという点にある。
これが《因果否定律》を発動するにあたり、非常に重要なポイントとなってくる。
ダメージを受ける前か後か。ただそれだけのことなのに、両方の間には天と地ほどの差がある。
いっそのこと攻撃を受ける前に発動し、三秒間無敵になれるとか、そういう能力だったのならどれだけ良かったことだろう。
なにせ即死してしまえば能力が発動しないのだから。
いや、正確には発動できないといった方が的確か。
どんな負傷や致死ダメージを喰らおうと、能力を発動してしまえば3秒前の状態に戻れる。が、脳を破壊されれば意識が飛び、能力を発動できずにぽっくり逝く、なんてこともあるかもしれない。
他にも、三秒前という具体的な時間制限が課されていることもキーになってくる。
もし。能力を発動するのがダメージを負ってから4秒後だった場合、その時点からの三秒前、つまり傷を負った瞬間に戻ってしまうわけだ。
また、継続的ダメージを受けている最中も同じ理由で、能力を発動したところで意味がない。
あとはダメージを直接受けねばならぬため、腕や首を斬り落とされたり、内蔵を潰されたりと、激痛が伴うということだ。
以前一度、肺を潰された経験があるが、アレは痛いとかそういうレベルの痛みじゃなかった。
ぶっちゃけなるべくなら使用しないに超したことはないし、できることなら二度と使いたくもない能力である。
どうしてこんな中途半端な無敵能力なのだろうか。せめて時間制限無しで、通常時の万全な状態に戻すとか、そういった能力であればどんなに良かったことだろう……。
しかしまぁ、この際贅沢は言えない。この能力のおかげでサリエルの隙を作り出せたことに違いはなく、しかも邪魔な大鎌を取り除くことにも成功したわけだ。
よし、後は――、
「頼んだぜ」
俺の身体のすぐ横を、小柄な影が抜けていく。
「心臓に悪いっすねぇ、まったく。先に一言言っといて欲しかったっすよッ!!」
恨み言を呟きながら、ウィーは素早い動きでサリエルの身体の至るところに触れていく。
頭部から頸髄、頸髄から肺へと。ところ構わず能力を行使していく。
咄嗟にウィーとの距離を空けようと試みるサリエルだが、
「逃さないっすよ?」
サリエルが後退した分、ウィーもまた距離を詰める。
サリエルは無事な方の右腕を構えた。牽制のつもりなのだろうが、構わずウィーはサリエルの間合いに飛び込んでいく。
自分よりも遥かに格上相手の土俵に飛び込む行為は、自殺に近い。無謀とも言えるだろう。
されど時間的にも状況的にも、二度と訪れないかもしれない好機。ウィーにとって、これを逃す選択肢はなかった。
その距離およそ10センチ弱。閃光の如く瞬くサリエルの右腕。
だが、その一撃がウィーに届くよりも一手早く、ウィーの手がサリエルの胸元に触れた。
「…………?」
眉根を寄せ、疑問符を浮かべるウィー。
その直後――。
容赦のない無慈悲な暴威が、ウィーの華奢な身体を捉えた。
「ちぃっ!!」
他所から見れば、成人の男性が未だ年端のいかぬ幼子を殴るという、残酷極まりない惨状を前に、せめて俺ができることは、ウィーの背後に回り込みクッション代わりに彼女を支えてやることだった。
「う、おっ――!!?」
しかし。その暴威は俺の予想の遥か上を行き、衝撃を吸収しきれず、結果二人まとめて吹き飛ばされる形に終わった。
50メートル後方、民家にめり込んだ。
「ってぇ……!」
ガラガラと砂塵を撒き散らしながら、身体の上の瓦礫を押し上げる。
咄嗟に背中全体を魔力で覆ってみたものの、衝撃全てを防ぎ切ることは敵わず、ひびでも入っているのか左肩甲骨に鈍い痛みが走る。
無理をすれば剣を振るうことに支障はないだろう。利き腕でない分マシだと思い切り替える。
ちょうどその時「ったた……」と腹の辺りから小さなうめき声が聞こえた。
はっとなり、ウィーを腹に抱えていたことを思い出す。
「おいウィー、大丈夫か?」
声をかけ、サリエルの攻撃を直に受けたウィーの体躯に視線を落とす。
紙一重のところで防御に成功したのか、身体に目立った外傷はない。
しかし代わりに、サリエルの攻撃を防いだ両手は軽い痙攣を起こし小刻みに震えていた。
ガドロフの拳は地を割り岩をも砕く。そんな彼の拳と同等以上の威力を誇るサリエルの一撃は、諸に入ればただでは済まない。
俺よりも魔力の扱いに長けているウィーだが、その華奢な体躯では、骨が砕けていてもおかしくはない。
そんな俺の思考を察してか、
「腕は奇跡的に折れてないようっすね〜。ヴィレンさんが受け止めてくれたおかげでショックも少なかったっすし、まだ戦えるっすよ」
両の指をぐっぱぐっぱと動かすウィー。
その動きはかなりぎこちのないものだったが、彼女の言葉に嘘偽りはないだろう。
なにせ戦闘での強がりは味方を危険に晒す。主に共闘においては、味方の状態負傷を常に細かく把握しなければならない。
お互い命を預け合うのだ、ちっぽけな痩せ我慢が味方の死を招くこともある。
「それよりも……」視線を戦場に戻し、ウィーは肺に空気をためて――
「皆さん! 敵さんは、どういうわけか心臓が止まってるんす!! 確証はないっすけど、もしかするとソレが――!!」
「「……不死の秘密ってことか!?」」
そう叫ぶウェルガー達に対し、既に左腕の再生したサリエルは不敵に笑ってみせる。
「それは些か早計では? 心臓が止まっているだけで、不死と結びつけるのは――……」
しかしその時――。
「あらあら天使さん。いま、嘘ついたねぇ――?」
今まで気だるそうに戦っていたノウが、この戦い初めて笑みを見せた。
「《虚偽を喰らう者》対象執行断罪加算率+80%。
残念だけど、ボクに嘘は通じないんだなぁこれが」
「……やられました。貴方の存在を失念していましたよ、ノウ・イエスマン」
師匠達の攻撃を受け流しながら、してやられたとばかりにサリエルは苦笑を浮かべた。
「代償魔法《虚偽を喰らう者》対象がついた虚偽の重みに比例し、対象に対する攻撃力と防御力が増加する。代わりに自らが対象に虚偽を述べた場合、逆に対象に対する攻撃力そして防御力が、虚偽の重みに比例し低下する。
代償が大きければ大きいほど力の恩恵が増加する代償魔法は、己の限界を超え知識を求めるが故に、自らの命を代償として差し出す魔術師が後を絶えず、青の王国では《禁術魔法》に指定されていましたね」
「ハハハ……ボクを忘れてたって言うのは本当みたいだねぇ……」
とほほと肩を落とす仕草をみせるノウだが、そんな彼に、
「お前の隠密スキルは天使の眼さえも欺くのか。流石だなノウ!!」
やや興奮気味なガドロフの称賛が飛ぶ。
「え? いや、そういう意味じゃ……」
咄嗟に発言の訂正を試みるも、ノウの声よりもさらに一回り以上大きな声がノウの言葉を上書きする。
「――ったりめェよォ。ノウさんを誰だと思ってんだァ? ノウさんの前じゃァ、天使も魔族も等しくゴミだァッ!!」
「いやいやいやウェルくん? だから違うんだって……」
「相変わらずの気配遮断ですね、ノウさん。いつの日かぜひ一手ご指導願いたいものです」
「いやね、あのね、エスティアちゃん。これは気配遮断とかじゃなくて、たんにボクの影が薄……」
「ははッ! レオの野郎、白の王国にも勇者以外でまだまだ戦り応えのありそうな奴がいるじゃねぇか!!」
「うんうん。だから、おじさんはただのおじさんで……」
「なるほど。私が気づかなかったのではなく、気づけなかった訳ですか。まさか我々天使の気配察知を掻い潜れる人間がいるとは……」
ノウの発言は等しくスルーされ、俺を含め皆の中で"ノウは爪を隠した実力者である"そう認識された瞬間だった。
サリエルはくすりと笑う。
「ですが。不死の種は割れてしまいましたが、例えソレを知ったところで貴方方に為す術は……」
「――ないとでも思ってんのか?」
言葉よりも早く、サリエルの左側胸部やや中央下付近、つまり心臓のある部位に、カルラの指先がそっと触れた。
「――生命の宿火――」




