第89話 勇者の心残り
数千体の屍の中には、幾つか見知った顔があった。
元・魔法軍幹部『搾精の快夢』セレスに、同じく元・魔王軍幹部『朽ちぬ屍』ディルモット。そして【聖王】レオボルトらしき風貌の男も屍達の中に紛れている。
彼らの共通点は、等しく亡人だということ。3人ともサリエルの手によって殺されているという点だ。
それらを踏まえた上で、ここにいる屍全てが、サリエルに殺められた被害者であると大方推測することができる。
あの集団の中にフィーナの姿が無いのは俺にとって唯一の救いである。
屍の眼球は黒く染まり、あーうーと言葉にならぬ言葉を発し続けていることから、自我や意識などといった感情は抜け落ちている。――そう自身に言い聞かせ、剣を振るうしかない。
「……悪ぃな、セレス姉さん」
戦闘の中で、奴らの性能も大方理解できてきた。
まず、屍の攻撃力や防御力は生前の腕前に影響していると思われ、また機動力はそれほどなく動きも淡々としていて読み易い。
そして俺の《冥界十眷属》同様、屍は魔力を扱えない。
しかし。それらを差し置いても、一番厄介なのが――……。
「クソッ、斬っても潰しても復活しやがる! キリがねェぞ……!?」
――そう。それは以上なまでの蘇生力にある。
近くに来たエスティアと背中を合わせる。
「何か分かりましたか、ヴィレン?」
弱点となる核もなければ心臓もない。細切れにしようが焼き払おうが、数秒も経てばあら不思議、まるで何もなかったかのように再び蘇る。
「少なくとも、俺には倒せそうにねぇってことだけは分かったよ」
「あなたの"魔力を無効化する剣"でもダメですか?」
《魔象断絶閃》のことだと察する。
「無効化っつーより、アレは魔力を打ち消す技だな」
「なるほど。それで、打ち消した結果は?」
「残念ながら、な」
「そう、ですか。あの力ならば、と思ったのですが……」
宛が外れ、エスティアの表情が少しだけ曇る。
正確に言えば、効果はあった。結果として意味を成さなかっただけで。
魔力で動いているなら、その魔力を断てばいい――。
実際俺やエスティアの見立ては正しく、バイオレス・ロストで斬った屍は、魔力の供給を絶たれ糸の切れた人形のように崩壊した。
――が、喜びも束の間、数秒後バイオレス・ロストで斬ったはずの屍が再び復活しだしたのだ。
バイオレス・ロストの効果は持続しない。故にまた"一から"蘇生されてしまうとどうにもならないのである。
破壊神ならば或いは、次元を斬り裂き一定時間効力を持続させることができたのかもしれないが、少なくとも俺の力ではその域までは至らない。
悔しいが、完全にサリエルの能力が俺より一枚上手だったと言う他あるまい。
肩を落とし自らの力不足を嘆くよりも、さっさと頭を切り替え、奴の能力に対抗でき得る可能性を漁る。
「お前の方こそ、その"なんでも神器"でなんとかなんねぇのかよ」
「なんとかなるなら既になっています」
「だよなぁ……」
俺達とは離れた場所で、ウェルガー達3人も、かなり苦戦していると見受けられる。
「奴の魔力が切れぬ限り半永久的に蘇り続ける死者の軍団……本当に最低最悪下劣極まりない。酷く不快な能力です」
「……まったくだ」
陰湿で悪質な能力も去ることながら、死者を弄ぶような行為に対しエスティアは怒りを禁じえないのだろう。
「ここで死んだら、多分アイツらの仲間入りだろうな」
「それだけは絶対にイヤですね……」
そう言い、エスティアは硬くなった頬を微かに緩めた。
「どうかしましたか?」
「いや。ちゃんと笑えるんだなって思ってさ」
「……あなた、わたしを何だと思っているのですか?」
慈悲も容赦もない、ニコリとも笑わねぇ殺人人形なんてことは口が裂けても言えない。
「なんですかその微妙な顔は?」
ハハハ、と曖昧に笑ってやり過ごした。
追い迫る屍に一太刀浴びせながら、エスティアが一つため息を漏らす。
「まぁ、この場は良しとしましょう。そのことは追々聞かせてもらうとしてですね」
と、エスティアが神妙な顔つきになる。躊躇いながらも、彼女は続きを口にする。
「その、ヴィレン。このような場所で申し訳ないとは思うのですが……わたしはあなたに謝罪をしなければいけない」
はて、なにかエスティアに謝れるようなことでもされたか。
記憶を辿る。
ああ、もしかして夜襲の件か。生真面目なエスティアのことだ。不意打ちなどといった卑劣な戦法は好まないのだろう。
「ああ、別に気にしてねぇから安心しろ」
「いえ、気にしていないはずがありません。謝ったところでわたしの罪が消えて無くなる訳ではありませんが……」
言葉を濁しながら目を伏せて、
「知らなかったとは言え、あなたの大切な婚約者であるアリシアさんを襲ってしまったこと、本当にすみませんでした」
ああ、それか。そういやあったなそんなことも。
「聖王に化けたサリエルの命令だったんだろ? なら仕方ねぇだろ。お前が悪い訳じゃねぇ」
「仕方ないの一言で済ませていい問題ではないでしょう! いくら上からの命令だったとは言え、許されることではありません。
アリシアさんの婚約者であるあなたには、わたしを断罪する権利があります!」
「断罪って……。第一アリシアはちゃんと生きてるだろ? お前がトドメを刺さずにいてくれたおかげでな」
「しかし……!」
「つーかよ、謝罪なら俺なんかより直接本人に言ってやってくれ。アイツも事情はわかってるだろうし、アリシアにちゃんと謝ってくれれば俺はそれでいい」
「そんな、ことで……」
「そんなことじゃねぇ。それが一番大事なことだろ。
それよりも今は目の前の敵に集中してくれ。サリエルとタイマン張ってる師匠の方もそろそろ厳しそうだ」
数秒の沈黙の後、エスティアは小さく頷いた。
「……わかりました。あなたがそれでいいと言うのなら、この戦いの後、誠心誠意を込めアリシアさんに謝罪致します」
「おう。そうしてくれ」
「……ヴィレン」
「ん?」
名を呼ばれ振り向くと、エスティアはその整った顔に微笑を浮かべ、
「ありがとう」
やっぱり、俺の感は当たっていた。
ずっと引きずっていたんだと思う。後悔していたんだと思う。
白の王国に何があったのか。清廉潔白である幻想の勇者が掟破りなどといった行為を働くはずがないと。
どうやら、真相を探るべく旅に出るという俺の選択は間違っていなかったようだ。
「――よぉ、レンレン。苦戦してるかー……ってオイオイオイ?
シアちゃんやリヴィアちゃんがいるってのに、今度はエスティアちゃんをナンパかよ。ハーレムでも作ろうってのか?」
聞き覚えのある声に、思わず笑みが溢れた。
「んなわけねぇだろ。つか何だよその格好……」
声の方に振り返ると、思った通りカルラとウィーの姿があった。
「へへへ、かっちょええだろ?」
「や、まったく」
普段カルラが着ている鼠色や黒といった、あまり目立たぬ装いとはまるっきり違う、美しい華々の装飾が施された、肩から下げられた薄地の白い衣服。
いつの間に着替えたのか。いつ着替える意味があったのか。色々と疑問に思う点も多いが、俺が初めに問うべき質問は決まっている。
「お前とウィーが来たってことは、フィーナは、どうなった……?」
恐る恐る問うと、
びッと立てた親指と、満面の笑みが俺の眼に飛び込んできた。
「安心せい、フィーナちゃんなら無事だ!」
肩の力が抜け、今にも吐きそうだった胃が落ち着いていく感じがした。
「そう、か……良かった」
ばしんッ。カルラが拳を握る。
「だから。心置きなくサリエルをぶっ飛ばそうぜぇ、レンレン」
「おう!」カルラに並ぶ。これで心置きなく戦える。
どこまでも活気に満ち溢れたカルラ。
だからと言った方がいいのか、明るいカルラとは対象的に、ウィーの表情が暗いことだけが気がかりだった。




