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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第1章 裏切りの聖王
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第88話 死屍の軍勢

 太ももから膝へ。膝から脹脛を経由し足首、そしてつま先へと。

 同時に腰を捻りながら、上半身へと魔力(リア)を伝える。

 肩から肘、肘から手首と。身体の部位から部位へと流した魔力で、最後は右手に握る相棒(リヴィア)を包み攻撃力を限界まで底上げする。


 ここまで変わるものなのか――。


 軽いとは少し違う。どちらかと言えば、追い風に煽られている感覚。自分で思う以上に身体がよく動く。

 師匠に並び、二人がかりでサリエルを追い詰める。

 自らの羽で飛ぶことの楽しさを知った鳥のように、胸が踊って仕方ない。


 もっと速くなれる気がした。


 身体の隅々まで魔力を循環させろ。もっと柔軟にすれば、もっと速くなれる。

 段々と師匠やサリエルのいる世界(スピード)に近づいていく。

 身体中の細胞が猛り、熱を帯び始める。筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋む。

 その感覚、痛みが、たまらなく心地良い。


 いい感じだ。もっと、もっと――!!


 しかし。慣れない魔力法の行使でかかる身体の負担は、俺の予想をはるかに超えていた。

 戦闘でのダメージの蓄積も相まって、


 結果。限界を迎えた。


「――ッ」


 地面を蹴る右脹脛に鋭い痛みが奔る。


「天地蓋世 不破ノ大刀"神薙"!!」


 俺の異常にいち早く気づいた師匠が、瞬時に大技を繰り出しサリエルと距離を空けた。

 今のは危なかった。咄嗟に力を抜き負担を軽減していなければ、俺の脹脛は盛大な音ともに断裂していたことだろう。


「ハっ! この程度で音を上げてるようじゃまだまだだな?」


 師匠は口元に笑みを浮かべる。俺を小馬鹿にするいつもの嘲笑(ソレ)ではなく、何か嬉しいことがあった時に見せる満足気な表情(ソレ)だった。


「ああ、まだまだこれからだ!」


 そう言って、再び剣を構える。


「足は問題ねぇか?」


 右足の脹脛に少し違和感があるものの、魔力で補助してやればまぁなんとかなるだろう。


「ああ、まだいける」


「そうか」


「おう」


 最低限の会話。それだけで十分だ。

 風が頬を舐めた。


「ふふっ、やはり人間の成長は凄まじい。素晴らしい。そして美しい……」


 窯の一振りで眼前の土煙が一気に四散し、中からサリエルが姿を現す。

 相変わらずムカつく顔をしてやがる。

 俺達を見据え、サリエルは微笑んでから、


「ですが、遊びはここまでです。私が唯一神様より授かりし権能は《死》。ここからは第七天使として、本気でお相手致します!」


――(デッド)りし死屍(フェス・)宴会(リバイブ)――


 突如サリエルの付近、大地に無数のヒビ割れが走ったかと思うと、


「貴方方のその希望の表情が絶望に染まった時、それはそれは素晴らしい表情になることでしょう――」


 何百何千という数の屍が、ヒビ割れた地中から這い出し始めた。





 そこは魔力に溢れていた。

 そこは生命力に満ちていた。


 まるで神秘を形にして閉じ込めたような空間。

 緑の王国にあった泉の聖域よりも遥かに濃厚な魔力と、豊潤な生命がそこには根付いていた。


「――やあ、カルラ。久しぶりだね。元気にしてたかい?」


 白緑色のツルでできたハンモックに腰掛けた男がそう呟く。

 白地の布服に宝石の如く輝く色鮮やかな華々と、瑞々しい新緑葉の装飾。銀と黄緑の長髪に白い肌。通った鼻と尖った耳。そして両の瞳の色は深みのある翠をしている。森精種(エルフ)のような顔立ちをしているが、エルフとは全く次元の異なる存在。

 

「おかげ様でな。おまえの方こそ、元気そうだな"イグニス"」


 軽く挨拶を交わし、早速カルラは本題に入る。


「見てたんだろ、俺の中から」


「ああ、見てたよ。ず〜っとね」


「なら、ちゃっちゃと頼むぜ」


 そう言うと、イグニスは「はぁ〜ぁ」と大きなため息をもらした。


「あのさ、カルラ。ちょっとは私の身にもなっておくれよ。私の唯一の話し相手が、600年ぶりに会いに来てくれたって言うんだ。世間話の一つや二つしてくれたっていいんじゃないのかな?」


 ハンモックから腰を上げ、イグニスはゆっくりとした足取りでカルラとの距離を詰める。


「そりゃあ状況が状況だっていうのは分かるけれど、それでもねぇ……」


 イグニスが一歩進む毎に、彼の踏みしめた大地が喜びに踊る。


「私は君にとって"都合のいい男"じゃないんだ。そこのところ、ちゃんと分かっているのかい――?」


 口調は軽いが、ピリッとした雰囲気。イグニスの胸の内を現すように、周囲の草木がカルラに纏わり付く。

 そこらの剣とは比べ物にならぬ程鋭利な草葉(やいば)が、カルラの喉元に押し当てられた。


「そう怒るなっての。俺が悪かったよイグニス。今度からはちょくちょく遊びに来てやるからさ」


 下手な発言をすれば、カルラの首は林檎のように容易く落ちるだろう。しかしながら、今のカルラにはイグニスのことを配慮してやれる時間も余裕も残っていない。

 首に当てられる葉の感触が強まり、赤い血が伝う。

 それでも一切表情を変えずに、真剣な面持ちでカルラは言った。


「だから、――おまえの力を俺にくれ」


「力をくれ、か。それは別に構わないけれど……」


 イグニスは一旦間を開けひと呼吸挟む。

 

「前回は運が良かったんだ、カルラ。今度は死ぬかもしれない。不死の君は辛く重い代償を背負うことになるだろう」


 頬に手を当て、イグニスはカルラの瞳を至近距離から覗き込んだ。


「それでも君は、"生"から逃げずにいられるかい――?」


 ざわッと、草木が揺れる。


「ソレをおまえが言うのかイグニス。契約したのはどっちだ?」


「私が提案し、キミが承諾した。ただそれだけさ」


「だったら、俺のすべきことは決まってるだろ?」


 後悔など微塵も感じさせない、決して揺るがぬ信念。

 

「やれやれ、わかったよ。わかっているとも。聞いてみたかっただけさ」


 両手を掲げ、降参のポーズ。カルラの全身を拘束していた蔓木が緩む。


「では、ここに再び契約を結ぼうか。

 カルラ・カーター。君は自らが決めた大切な者を、

 例えその身朽ちて腐り果てようとも、

 例えその魂が摩耗し擦り切れようとも、

 命を賭して最後まで守り抜くことを誓えるかい?」


 イグニスの問いかけに、カルラは迷うことなく頷いてみせる。


「おん。カルラ・カーターの名にかけて誓うさ、生命神イグニス。そのために今、俺はここに立ってる」


「そうか。なら、今度(・・)こそ守ってあげるんだよ。陰ながら応援しているよ、カルラ」


 淡い緑黄色の光を放つイグニスの指が、カルラの心臓部に触れると、光はカルラの身体に溶けていく。

 それと連動するように、カルラの存在がこの世界から薄れ、足元から瓦解し消え始める。


「ああ。600年かけてようやくまた出会えたんだ。絶対守ってみせるさ!」


 そう呟いたカルラの笑みは、身体を侵食する光に飲まれ、空の彼方に消え失せた。

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