第85話 感情の暴走
「フ――――ッ!!」
鋭い吐息と共に、右下から左上に斬り上げ持ち手を変え全力で剣を振り下ろす。振り下ろしたと同時に踏み込んだ左足をわざと内側に向けることにより、エネルギーを殺さず左回りに回転しながら剣を振るう――。
そうやって、次から次へとひたすらに攻撃を繋いでいく。
例え俺の攻撃全てが奴に届いていないにせよ、かすり傷1つつけられないにせよ、動きを止めることだけはならない。
まぁかすり傷1つつけたところで、超速再生とやらで即座に再生されてしまうのだが。
先ほど奇跡的に斬り落とせた右腕も、今ではすっかり元通りになっている。
カルラじゃあるまいし、なんでもありだなこんちくしょう。
「見た目に似合わず、器用な戦い方をするのですね」
余裕の表情で俺の攻撃全てをいなすサリエル。まるで遊ばれている気分だ。
――しかし。
一瞬でも気を抜けば殺される。
刹那でも攻撃の手を緩めれば殺される。
それが分かっていて尚、この戦いに集中しきれていないのは、頭の片隅にチラつく妹の姿だ。
フィーナに手を出したコイツだけは、
「お前だけは、お前だけは――ッ!!」
絶対に許さねぇ――。
頭に血が登り、魔力が熱を帯び、徐々に周りが見えなくなっていく。周りの声すらも耳に入らなくなっていく。
今の俺の目に映るのは、白い翼の生えた大鎌を持った男だけだった。
その結果。
「……非常に残念です。憤怒に呑まれ力任せで振るうのでは、獣以下ですよ」
感情に任せ単調になった俺の攻撃は、サリエルの大鎌により糸も容易く弾かれる。
「――あ」
しまった、やっちまった、と思ったときにはもう遅い。
ザザッと鈍い音を出しながら、頭に登った血が急激に冷めていくのを感じた。
サリエルの大鎌が大きな弧を描きながら、俺に向かって振るわれる。
大鎌との距離はわずか2メートル弱。このままだと瞬きするよりも速く、大鎌は俺の胴体を真っ二つにすることだろう。
態勢を崩している今、剣で防ぐことはできないし、この距離であの速さの攻撃を避けることはまず不可能だ。
思考回路が焼き切れそうなほど脳をフル回転させるが、最適解は見つからない。
反射的に身体が後方へと回避を試みているが、大鎌が振るわれる方がずっと速い。
だめだ。やっぱり避けられない。
アレを使うしかないのか。いやしかし、アレは最後の切り札だ。こんなところで使うわけには……。
どうせ無駄だと分かっていても、大鎌が狙う胸部分へと魔力を集め強度を上げる。魔力の強さは師匠ほどではないにせよ、素人の剣ならば無傷で受けきれる自身はある。――が、サリエルにとってはあって無いような紙装甲と何ら変わらないだろう。
所詮慰め程度にしかならないが、いや慰め程度にもなりはしないが、無いよりは幾らかマシだ。
そして、サリエルの一撃が大地を凪いだ。
街の一角100メートル範囲が吹き飛び、爆風が吹き荒れ派手な土煙が巻き起こる。
「…………」
巻き込まれれば、ただでは済まなかっただろう。間違いなく死んでいた。
心臓がバクバクとうるさく、上手く肺に息が入らない。
戦闘参加直後付けられた左腕のマーカーを横目に、左隣に立つ人物に向け俺は礼を口にする。
「……悪い。助かった」
「ん」と。こちらを見ず、エメは素っ気なく返した。
サリエルの大鎌が俺の胸元に食い込むより、エメの空間転移が俺を呑み込む方が速かったのだ。
まさに紙一重、いや皮一重……。
皮一枚血の滲む胸に手を当て、自分の至らなさに苦笑するしかなかった。
「おや。逃げられてしまいましたか」
微笑を浮かべるサリエル。俺と入れ変わるようにして今度はガドロフ、ノウ、ウェルガーの3人が休む間もなく連撃を叩き込む。
「破砕の一撃ッ!!」頭上から振り下ろされるガドロフの豪拳をサリエルが右手で受け、その威力に足場が割れる。
「《虚偽を喰らう者》対象執行断罪加算率+40%」「略奪の鉤爪ッ!!」十字架を想わせる先端が四角い形の剣を装備したノウと、両手に手甲爪を着けたウェルガーの2人が左右から流れるようにサリエルを襲う、――が。
「息のあった、良い連携ですね」
右腕が塞がっている状態で、まずサリエルは大鎌でウェルガーの爪を弾き、瞬間鎌を手放し180度体を捻ってノウの剣を素手で受け止めたのだ。
「ちィッ、化物がッ!!」「あーやだやだ帰りたい……」「くっ、退けウェルガー、ノウっ!!」
攻撃直後即座に距離を取ろうとする3人。
「そう簡単には逃しませんよ?」
自由になった右腕で鎌を掴み、大振りに振ろうするサリエルを――
「――燃え尽きなさい、《煉獄の創炎》ッ!!」
直後。視界を覆うほどの業火が、町ごとサリエルを呑み込んだ。




