第84話 少女の告白
誰もが真剣な表情を浮かべ、額に大粒の汗を浮かべる。
一気に静まり返った玉座の間で、その沈黙を破ったのは腹部を淡い光に包まれた少女だ。
「……兄さんは、行ったんですね」
静寂に押しつぶされそうなほど、小さな囁きだった。
風に吹かれれば飛んでいきそうなほど、力のないつぶやきだった。
「大好きなお兄ちゃんがいなくなって、寂しくなっちまったか?」
けらけらと笑うカルラを見て、フィーナは小さく首を横に振る。
「いいえ。兄さんには、リヴィーと、アリシアさんがいますから……」
そう。兄さんの側には彼女達がいる。だから兄さんのことは、心配していかなった。
むしろフィーナが心配なのは――……
「カルラさん、私は……」
フィーナの瞳に映るのは、濁った金髪の少年。
恐らくこの中で一番動揺しているのは彼だろう。それでも表情を繕い続けている彼を見据え、フィーナは告げた。
「私はあなたのことが、嫌いです」
「――――」
ピクッとカルラの頬がひきつった。
「……」
少しの沈黙。それからフィーナの言葉を噛み締め、
「……あ、ハハ。こんな状況で面と向かって言われると、けっこう傷つくなぁ」
それでも尚、カルラはいつも通りのカルラを演じ続ける。
「……」
そんな彼の笑顔が、フィーナは好きではなかった。
「カルラさん。ミーティアでのこと、覚えていますか?」
「ああ、覚えてるよ。忘れるわけ……、忘れれるわけがねぇ」
両者にとって、それは忘れることのできぬ記憶である。
それにまだ、カルラはフィーナと仲直りができていない。そればかりか、あれからフィーナには避けられるようになってしまったのだ。
「……カルラさんとウィーさんが海に呑み込まれてしまったとき、私はもうダメかと思いました。本当に、もうダメかと思ったんです」
「――――」
「でも、カルラさんはちゃんと生きて戻ってきてくれました。何事もなかったかのように、笑顔で――……」
フィーナはその光景を思い出し……唇を引き結んだ。
「いつもそうです。カルラさんは、死なないからといって、自分が傷つくことをなんとも思ってないんです」
カルラは息を呑む。正にフィーナの言う通りだった。カルラ自身、自分が傷つくことなど、遠の昔に慣れてしまった。
この能力を手に入れて以来、カルラの戦闘スタイルは大きく変わった。
骨を断たせて骨を断つ。わざと致命傷を受け相手の油断を誘う戦闘スタイルだ。それが最も不死身の特性を活かせる戦い方だとカルラは考えた。
そしてその戦い方を否定する者など、過去誰一人として存在しなかった。
だって死んでも死なない不死者なんだから――。
だから。傷つくなと言われるのは初めてだった。
自分の戦い方を否定されたのは、初めてだった。
「そんなあなたが、私は心配で心配で仕方がないんです。あなたが平気で傷つき笑うたび、私が痛いんです。私が、苦しいんです……っ!!」
フィーナの瞳が大きく潤み、一筋の雫が頬を伝う。
「私はもう、大切な人が傷つくのを見たくない……!」
「――――」
「だからもう、私に心配、させないで下さいよ……」
フィーナの胸の内から絞り出された言の葉は、何枚も何十枚もの心の壁で覆われた、カルラの柔く深い場所へと突き刺さる。
何百年もの間、ずっと閉ざし繕ってきた。心が折れそうになっても、ずっと我慢しずっと耐えてきた。
その苦労が今、ようやく報われた気がした。
彼女が自分のことをこんなにも想ってくれていたのだと知ったとき、カルラは自分が泣いていることに気づいた。
目の奥からこみ上げてくる熱いモノは、器の許容量を超え外に溢れだす。
600年前のあの日。死ぬほど泣き喚いて、もう枯れ果てたものだと思っていたのに――……。
「ああ、約束するよ……約束するさ。もう二度と。絶対に。おまえに心配はかけないって――!!」
持ち上げれられたフィーナの指先が、カルラの目元に浮かぶ涙を掬う。
「……約束、ですよ? これからはもっと自分の命を大切にして……下さ……」
語尾が薄れ、フィーナの腕が崩れるように落下した――。
「フィーナ――ッ!!?」
力のないその手を掴み、カルラは安堵する。
フィーナの顔は先程よりも青白いが、まだ心臓は止まっていない。どうやら意識が落ちただけのようだった。
しかし、状況が悪化していることだけは確かである。
心音は弱まる一方。このままではフィーナは助からない。
絶対に――。
「……10分」
ぼそりと、カルラはつぶやいた。
「レンレンに任せろとか言ってすぐ申し訳ねぇ限りなんだけどさ……10分だけ、フィーナちゃんのこと任せてもいいか?」
「……何か秘策でもあるの、カルラくん?」
アリシアの疑問の視線がカルラに向けられる。
「おん。10分俺にくれれば、必ず助けてみせる」
そう断言した後、カルラはリリーを見据えて言う。
「頼めるかい、リリーちゃん?」
「……」
そう。今この状況、カルラが抜けた穴を埋められるのは、回復魔法を使えるリリーしかいない。
二人でも回復が間に合わないという現状で、リリーにかかる負担は計り知れない。それを承知の上で、カルラはリリーに頼んでいるのだ。
そしてリリーもまた、後は時間の問題だということを理解していた。
このまま回復を続けても、先がないことは明白なのだ。
「10分なら、なんとか……。でもきっとそれが限界です。私の魔力も、この子の命も……」
故に彼女は、少しでも可能性がある方に賭けたのだ。
「ありがとな、リリーちゃん」
そんな空気の中、ウィーが静かにカルラに尋ねた。
「ねぇ、カルラさん。何しようとしてるか、聞いてもいいっすか?」
予めその質問が来ることをわかっていたように、カルラは迷うことなく言った。
「お前の考えてること」
ウィーの肩がピクッと震える。
"アレ"という単語が何を指し示すのか、エメは薄々感づいているようだが、アリシアとリリーには検討もつかない。
だが――。
取り乱すウィーの表情を見れば、カルラが何か危険を侵そうとしていることだけは理解できた。
「……ダメっすよ。"アレ"は人間が手を出しちゃいけない代物っす」
「おん。そだな」
「"アレ"を使った人がどうなるのか、カルラさんも知ってるはずっすよね?」
「おん。よく知ってる」
「だったら……ッ!!」
「――それでもさ」声を荒らげるウィーに、カルラは笑いかける。
「俺は俺よりもフィーナちゃんのことが大切なんだ」
「――――ッ」
その笑みがあまりにも無邪気で、今まで自分に見せたことのないくらい優しいもので、ウィーは言葉がでてこなかった。
「悪ぃな、ウィー」
いつかのように、ぽんぽんとカルラがウィーの頭を撫でる。
「……大馬鹿っすよ、アンタさんは。それじゃあ、本末転倒じゃないっすか……」
その時のウィーにはもう、カルラを止めることはできなかった。




