第83話 不屈の精神
「なんですか、これは……!?」
エメが作り出した異界へと続く扉を潜った先。俺達の目の前に広がっていたのは、見る影なく蹂躙され尽くした王都の町並みだった。
「ザインの奴、これまた派手に暴れたものだ」
床には無数の亀裂が奔り、壁や天井が綺麗に取り払われているが、足元に転がる巨大なシャンデリアが玉座の間であることを証明してくれている。
「わずか1時間の合間に、王都がここまで破壊されるとは……」
エスティアのつぶやきに、俺は疑問を覚えた。
「1時間?」
そう、エメが師匠とサリエルを異界へ飛ばしてから、まだ10分と経過していないはず。
もしや俺の聞き間違いかと思ったが、エスティアは「ああ」と思い出した様子で、異界についての補足を付け加えてくれた。
「状況が状況なので詳しい説明は省きますが、簡単に言えば異界は現実世界よりも時間の流れが遅いのです」
「なるほど」と。そういうことなら納得がいく。
無から数千の剣を生み出したり、世界の裏側への扉を作ってみたりと、人智を超えた神の能力は基本何でもありなのだ。
それらに比べれば、時間の流れが遅いくらい別に驚くことでもないだろう。
現実世界での10分が異界では1時間になる。ということは、異界での時間経過は現実世界のおよそ6分の1倍。いや、厳密に計算すればそれ以上か……。
「2年前、気づきませんでしたか?」
「いや、まったく」
「私は気づいていたぞ?」
なんて会話を交わしながら、
「しかしそれにしても、1時間でこれか……」
燃え盛る王都を見渡しながら、俺はそうつぶやいた。
「ガドロフさん達は、いったいどこに……」
エスティアが視線を彷徨わせたそのとき、王城から約1キロほど離れた場所にある巨大な建物が轟音とともに爆ぜた。
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「はぁ、はぁ……」
建物が崩壊し舞い上がった砂煙が、ザインのひと振りで風に舞い四散する。
「なんだもう終わりか!? Sランク冒険者が聞いて呆れるぜッ!!」
たった数十分――。
「はぁ、はぁ、くそッ……!!」
この数十分で、何度エメとザインに命を救われたかわからない。
「ああ……、おじさんもうお家帰りたい」
圧倒的な力の差の前に、加勢に加わったはずのガドロフら3人が、これでは完全にザインの足手まといである。
「まだ、――まだぁっ!!」
それでも心折れず立ち上がるのは、目前に王の仇がいるからに他ならない。
闘志尽きぬ彼らの姿を横目に、ザインは微かに笑う。
上からの統制が行き届いた騎士団と違い、冒険者はそのほとんどが自己流で己を鍛えている。故に一人一人に癖がある。
攻撃特化のガドロフに。スピード重視のウェルガー。ノウに至っては癖の塊みたいな奴だ。
「まぁ、嫌いじゃねぇんだが」
かく言うザイン自身も、剣技は完全な自己流なのだから。
「デカブツ、お前は動きが硬ぇんだ。攻撃力はあるようだが、それじゃあアイツのスピードには付いてけねぇぞ。もっと足に魔力を回せ!!」
「騎士王殿、忠告痛み入る!!」
「逆に狼野郎、お前はスピードがあっても攻撃力が全然足りてねぇ。軽いんだ。戦闘センスと魔力の扱いについてはピカイチだが、まだ若え。指の先まで魔力を乗せろ!!」
「くそっ。んなこと、わかってんだよっ!!」
「おっさん、アンタはそろそろ慣れてきただろ。俺のサポートだ。ついて来い!」
「嘘でしょ、おじさんもうお家帰らせて!!」
とは言ったものの、さてこの状況がいつまで保つかだ。
手合わせしてわかった。サリエルの魔力量は、ザイン達とは桁が違う。
このまま消耗戦に入れば、ジリ貧なのは目に見えている。
さて、どうすっかなぁ……。
間違いなく、今まで戦ってきた奴らの中で最強だ。鳥肌が止まらねぇ。
ザインの感が。理性が。本能が。口を揃えて勝てないと叫んでやがる。
……ああ、最高だ。
最高に生きてる実感がする。
「ふふっ、この状況で笑いますか?」
仕方ねぇだろ。楽しくて楽しくて仕方ねぇんだからよ。
「やはり貴方は生粋の戦闘狂です。貴方なら、あの筋トレ天使とも反りが合いそうだ」
筋トレ天使、ねぇ。そりゃあさぞかし強えんだろう。ぜひとも会ってみてぇもんだ。
だが、その前にまずは目の前の最強を倒さにゃならん。
この現状を少しでも打開する一手が欲しいところだが……
「――来た」
突然ぼそりとつぶやいたエメが空を見上げる。
つられてザインも空を見上げると、
「…………ああん?」
空中には、王城にも勝る巨大な剣があった。
おっかしぃなぁ。まだ酔ってんのか?
初めザインは自分の眼を疑ったが、同じく空を見上げて安堵した表情を浮かべるガドロフや、口笛を吹くウィルガーを横目に、その光景が現実なのだと受け入れる。
突如として空中に出現した巨大な剣は、重力に逆らわずゆっくりと落下していく。
剣の矛先が向かうは、白い翼が生えし長身の男。
真っ直ぐ自分の元へと迫り来る剣を見上げながら、それでもサリエルの顔から余裕が消えることはない。
むしろその逆。彼は微笑を作る。
「ようやくお出ましですか」
目と鼻の先にまで剣が迫るも、彼は慌てる様子一つ見せず、まるで蝶の羽でも摘むかの如く、巨剣の切っ先を右手の親指と中指でそっと掴んだ。
それだけで、何千キロもあろう巨剣が、ピタリと動きを止める。
鼻で笑いだしたくなるほど、現実味のない光景だった。
格下相手にならザインもよくやったものだが、アレはスケールが別だ。
ガドロフらが目を疑いたくなる光景を目の当たりにする中、ザインだけは皆と違う場所を見ていた。
ザインの視線の先。サリエルが受け止めた巨剣の柄付近。
まるで剣を滑るように『漆黒』は舞い降りる。
「遅えんだよ、でれすけが」
巨剣の柄から切っ先までを、言葉通り真っ二つに割き、そこから現れたのは純黒の刃だ。
「サリエル。お前だけは、絶対に許さねぇ――ッ!!」
漆黒が地に足をつけると同時に、サリエルの右腕もまた音もなく地に落ちた。




