第81話 孤独の在処
【紅練の勇者】ザイン・ドラグレク。
【領域の勇者】エメ・ラドクリス。
【暴牛】クラマス、ガドロフ・アーノルド。
【盗賊団】クラマス、ウェルガー・クロウ。
【断罪】No2.ノウ・イェスマン。
そして【幻想の勇者】エスティア・テイルホワイト。
これで戦力はかなり増強したが、やはりまだ天使と殺り合うには厳しい状況であることに違いはない。
できることなら国中の戦力を掻き集めたいところであるが、しかし今王都ルクシオンにいるSランク冒険者はガドロフ達だけである。
普段は王都にいるSランク冒険者も、聖王に扮した天使サリエルの命により他の都市に配備され、サリエルの策略通り王都の戦力を分散されてしまっているのだ。
かと言って、Aランク冒険者を戦場に駆り出したところで、Sランクでも相手にならない敵だ、無駄に命を消耗させてしまうのは目に見えている。
故に使える戦力は、今現在玉座の間にいるこの面子のみ。
【不死の勇者】カルラ・カーター。
【鮮血の勇者】アリシア・ツェペシュ。
【封縛の勇者】ウィー・リルヘルス。
【白百合】クラマス、リリー・ヴァイオレット。
しかし彼らは今、フィーナの手当てで手が離せない。
ウィーが出血を止め、リリーとカルラによる回復に、アリシアの血液操作。
はっきり言って、あまりに危険な状況であることに違いない。
治癒魔法は対象の自然治癒力を高める魔法であって、傷を再生させる魔法ではない。カルラの使っている力も(恐らく不死の勇者の能力だと思われるが)、治癒魔法と効果は然程変わらないように見える。
外傷はふさがりつつあるが、問題は身体の臓器だ。
このままでは、いずれ……。
「――――」
エスティアは軽く頭を振り、良くない想像を振り払う。
【聖王】レオボルト・レイジング亡き今、自分は何をすべきなのか。
最悪の結末は、サリエルに敗北することだ。それだけはなんとしても避けねばならない。
もしエスティア達がサリエルに敗北したその瞬間、フィーナどころか白の王国全土が滅ぼされてしまう。
エスティアは覚悟を決めた。
そして、彼の横に立つ。ずっとフィーナの手を握りしめている、黒髪の少年の横に――。
「どうか。あなたのお力をお貸し願えませんか?」
「…………」
返事はない。それどころか、エスティアの言葉すら彼の耳には届いていないようだった。
彼の黒い瞳は、ここではないどこか虚無を見つめるように、一層深く重たく、光無き闇に沈んでいる。
しかしそれでも尚、エスティアは少年に語りかける。
「あなたの力が必要なのです、ヴィレン――!!」
エスティアが彼と初めて出会った場所は、戦場だった。
鼻を突く鉄の香り。
耳にこびりついて離れぬ、憤怒に悲鳴。
そして、目を背けたくなるような、死体の山。
白の王国と黒の王国による、世界大戦の日である。
まだ12歳という幼さで創世神ブラフマーと契約し、およそ250年ぶりに2人目の【原初剣】所有者となったエスティアは、王国中から天才少女ともてはやされていた。
だから大戦当時16歳の少女に、クランに所属しないいわゆるフリー冒険者と呼ばれる者の集まりである《ギルド》を従えさせ、最前線を任せることに誰一人として反対する者はいなかった。
そう、彼女以外誰一人として――。
後から聞いた話だ。魔族は冒険者の首に懸賞金をかけていたそうだ。
懸賞金はランクごとに高くなり、名の知れ渡ったSランク冒険者には一人一人高額な懸賞金がかけられていた。
そしてその中でも【勇者】であるエスティアとエメの2人は別格で、一生遊んで暮らせる金と魔王軍幹部の席が用意されていたらしい。
金と名誉欲しさに、魔族共は一目散にエスティアに襲いかかった。
まだ年端もいかぬ幼い少女に、自分より何倍も小さく華奢な身体に牙を向く。
――だが。
戦場において、エスティアの力は圧倒的すぎた。
彼女が剣を振るうごとに、百単位で魔族が屍と化す。
天にも届く巨剣が。戦場を舞う幾百もの剣が。魔族の命を無慈悲に奪っていく。
最初の挨拶代わりの巨剣で200を屠り、千の剣で何人殺したかわからなくなって、エスティアはそこから数えるのをやめた。
1対1より100対1を得意とするエスティアにとって、どんな魔族であろうと彼女の懐にすら入ってこれない。
ただ機械的に感情を殺し、魔力を消費し剣を振るっていくだけのつまらぬ作業。戦いにもならない。これでは単なる殺戮である。
それでもエスティアの首を狙う魔族が絶えることはなかった。
と言っても、そのほとんどが下位魔族や中位魔族。
頭の良い最上位魔族は最初からエスティアとの戦闘を避け、Sランク冒険者に狙いを定めていた。
それほどまでに、彼女は強かった。
強すぎるが故に、彼女は孤独だった。
エスティアが振り返ると、後ろにあるのは魔族の山。
「……」
冒険者は誰一人いなかった。
「…………」
良かった、巻き込まないですむ……なんて言葉で自分の心を慰める。
独りぼっちというのは、今回が初めてではない。ずっとそうだ。側にいてくれるのはエメだけ。
――自分は特別な存在なのだ。
何度もそう思おうとしたが、エスティアにとってやっぱり一人は寂しい。
どれだけ繕ったところで、所詮は16の女の子なのだ。
そんなときだった。
敵味方ひしめく地獄の中、自分と同じ眼をして剣を振るう少年を見つけたのは。
歳は同じくらいだろうか。かなり若い。
人間族そっくりの容姿をしてはいるが、彼は冒険者を攻撃している。ということは、魔人種である。
黒髪黒眼に黒の剣。ああ、噂通り真っ黒なんだ。彼がそうなのだと、ひと目でわかった。
過去誰一人として契約することができなかった【終焉剣】を初めて手にした少年。
生まれた国も種族すら違えど、自分と同じく幼い頃に神器を手にした彼に、エスティアは前々から興味を抱いていた。
少年が斬った冒険者達の傷は浅く、わざと殺さぬよう手を抜いているのだと察し、興味は増していく一方。
『【永久の勇者】ヴィレンとお見受けします』
斬りかかり、鍔迫り合いに持ち込む。
『や、人違いだ。ヴィレンはほれ、あっちの金髪』
少年が指差すのは、濁った金髪の少年。
『そしてこれが、終焉の剣ダモクレスですか』
『や、だから人違いだって――』
『それにしても、黒髪黒目に黒い剣。おまけに着ている服まで黒ですか。噂以上に真っ黒なんですね、あなたは』
『ほっとけ……ったく。こりゃまた強そうな奴に見っかちまったなおい』
ハハ、と口では嫌そうにしている少年だが、その口元は三日月の形に割れていた。
剣を合わせ気づくことがある。彼が並々ならぬ努力をしてきたということに。
剣を交え伝わってくる。力任せでひどく乱暴な剣技であるが、彼にはちゃんとした信念があるのだということを。
初めてだった。
剣を合わせることが、こんなにも楽しいなんて。
剣を手にして以来思ったことなどなかった。いや違う。人の命を奪う剣に対し、楽しいなどといった感情を抱いてはならないと、自分自身を戒めていたからだ。
少年と剣を合わせるたびに、エスティアの中に響いていく。
少年も少年で、とても楽しそうに、嬉しそうに笑っている。
ああ、こんな時間がずっと続けば、なんて……。
気づけばあのときから、自分は彼に惹かれていたのだろう。
だから。2年ぶりに会った昨日、少し大人っぽくなった彼を見て、胸が跳ねたのだ。
彼と親しげに言葉を交わす女性陣を見て、胸が沈んだのだ。
決して表情と言葉にはださないが。
エスティアは深く眼を瞑り、そして拳を握る。
大切な妹が死の縁を彷徨っている状況で、一緒に戦えと言うのがどれだけ無責任な言葉なのだろうか。
もし自分が同じ状況に立たされたとき、ここで戦いに参加できる勇気があるだろうか。
『ある』――なんて、簡単に口には出せない。
しかし。しかしそれでも。サリエルを倒すには、ヴィレンの力が必要なのだ。
「あなたの気持ちを理解るなどとは言いませんが……」
言葉を探すエスティアの眼前、
「――――」
音もなく『漆黒』は舞い降りた。
「あなたは……」
エスティアが口を開きかけた直後、玉座の間に乾いた音が響く――。




