第78話 死者の冒涜
「――本気じゃないですか、これ。危ないですよ。殺す気ですか?」
ザインの太刀を受けるサリエルの手には、いつの間にか身の丈ほどもある大鎌が握られていた。
流石の天使でさえも、ザインの本気を素手で防げはしないと悟ったのだ。
「先に言ったろうが。アイツの居場所を吐くなら楽に殺してやるってなぁッ!」
ザインの音速の剣戟が、サリエルを襲う。
「――16年前」
それを捌きながら、ぼそりとサリエルがつぶやいた。
「あ?」
「あなたがレオボルトと初めて会った日です」
「……」
「あの日は暑かった"そう"ですね。かつてレオボルトが聖王となる以前、魔族と戦闘になりギルドマスターとして仲間を逃がすため彼は1人で戦っていた。そこに現れたのが同じく騎士王となる前のあなただ、ザイン」
「…………やめろ」
「あなたに助けられたレオボルトは、その夜王都ルクシオンの酒場にあなたを内密に招き盃を交した。その際息があったあなた方は、その後も密会を続け、時にはリントヴルムに彼を招待したときもありましたね」
「………黙れよ」
「12年前。お互いが王となった際、ルクシオンの酒場で交した約束を覚えていますか?」
「…………もういい、黙れ」
「そして2年前のあの日。判断を迷う彼に対し、あなたはこう言いました。『お前がやりてぇようにやりゃあいい。王っつうのはそういうもん……」
「―――もういいっつってんだろうがゲス野郎ッ!!」
耐え切れなくなり、ザインが吠える。
「天地蓋世 不破之太刀『神薙』!!」
逆手に持ち替え右上から左下に向け太刀を薙ぐと、一線の軌跡が数重もの軌跡となりサリエルを襲う。
しかし、サリエルの反応も早かった。ザインが技を繰り出す半秒手前、奴は床を蹴り後方へと回避行動に移っていた。
それでもザインの軌跡はサリエルに追い迫るが、その全てをサリエルの大鎌が華麗に相殺した。
「てめぇがレオの記憶を持ってるっつーことはもう充分わかった。わかったから、後は黙って死ねや――ッ!」
砕かれた軌跡の隙間を縫うように、砂煙の中からサリエルの首を狙うザイン。対してサリエルは、未だ黒く変色している右手で自身の顔を覆った。
太刀がサリエルの喉元に到達する間際、ザインの眼が大きく見開かれる。彼が見たものは、サリエルの右手の下にあった、親友の顔だった。
「――――ッ」
途端ザインの切っ先に僅かばかりの躊躇いが生じ、サリエルの喉元に到達するはずだった太刀に刹那の間が生じる。それは隙と呼ぶには些か少なすぎる躊躇。常人ならば気づかぬほど、それこそ瞬きする時間よりも短い刹那。
だがその刹那は、奴にとって刹那足りうる刹那であった。
気づくと、ザインは宙を飛んでいた。
「カ、ハ――――ッ」
遅れて衝撃がザインの身体を駆け抜ける。
床を転がり、太刀を床に突き刺し膝をつく。
「―――――ッ」
一撃で助骨が数本逝かれた。魔力の防御が遅れたため、モロに入ったからだ。息が吸えない。
「綺麗です。ああ、美しい。私は人間の表情が好きです。喜怒哀楽が好きです。憤怒の中に哀絶があり、恐怖の中に増悪がある。素敵だとは思いませんか?」
満面の表情で、満足気にサリエルは微笑む。悪意のない、純粋無垢な笑顔で微笑む。
それを遠耳に、ザインは意地で立ち上がる。痛みは引かぬが、未だ痙攣している肺に魔力を使って強引に空気を捻り込む。
無理をすれば肺が耐えきれず裂けるか、助骨に食い込むかすることをザインは心得ている。
だがそれでも、ここで無理をせずしていつするか。
「……てめぇなぁ、おいこらクソ天使。どれだけ死者を冒涜すりゃあ気がすむ、――殺すぞ」
「心外です。冒涜などと、屍をどう扱おうと彼らに感情はありません」
「てめぇら天使の自己思想なんつーのは聞いちゃいねぇんだよ。いちいち感に障る野郎だ」
「私が尊ぶモノは、生者の豊かな表情です。あなたのその怒りに燃ゆる憤怒の表情です。とても、とてもとても素晴らしい。そして美しい」
ザインの眼には、ソレの表情がとてもおぞましいモノに見えた。生理的に、嫌悪感を覚えるほどに。
「しかし。私も生者に対する慈悲の心は持ち合わせていますよ勿論」
そう言うとサリエルは、部屋の片隅で今も尚死の境を彷徨う銀髪の少女に視線を送る。
「同情です。可哀想に。痛いでしょう。苦しいでしょう」
そして、うずくまる白金色の髪をした少女に視線をずらす。
「エスティア、あなたもです。今のあなたには絶望と悲嘆しか感じられません。辛いでしょう。悲しいでしょう」
美しい物を見るような、まるで恋人を見つめるかの如く、その瞳は慈愛に溢れていた。
サリエルは右掌を彼女らに向けた。その方向には、エスティアとフィーナの姿がある。
彼の掌に、黒く濃密な魔力が収束していく。
ダメージの消えないザインは動けなかった。フィーナの治療をするウィーやアリシアは動くことができず、エスティアは動かない。
「お二人とも、今楽にしてさしあげます」
そうしてサリエルの掌から、膨大な魔力が放出された。
あまりにも桁外れな魔力量。それは大気を揺らし、光さえも退ける。
それはエスティアを。フィーナを。カルラやリリー。ヴィレンまでもを呑み込むに留まらず、玉座の間の城壁を突き抜け、街を破壊し、大地を焼き、遠く離れた山を消し飛ばす。
――――はずだった。
サリエルは残念そうに微笑む。
「これはこれは……してやられました、エメ」
うずくまるエスティアの前に、白銀色をした髪の少女が立っていた。
創造神ブラフマーの【幻想の剣デュランダル】と、破壊神リヴィアの【終焉の剣ダモクレス】に並ぶ三大神器が1つ。
維持神リシュヌの封印されし【天秤の指輪ラ・フィアレ】と契約せし、"領域"を司る勇者――、エメ・ラドクリスがそこにいた。




