第75話 裏切りの勇者
それは剣だった。巨大な剣だ。全長5メートル近くある剣が、突如としてレオボルトの胴体を貫通したのである。
「これ、は――ッ」
剣は肺にも到達しているのだろう、言葉と一緒に吐血したレオボルトが大きく咳き込む。
レオボルトに油断はなかった。
ただ、彼の意識できる脳内容量が限界を超えていただけのことで。
ザインとの戦闘以上に、どうしてもレオボルトはあることに意識を向けなればいけなかった。そのため、目に見えるか見えないかほど小さな剣にまで注意が行き届かなかったのだ。
「聖王様……」
ザインやウィー、ノウにガドロフ。なにが起こったのか理解できない彼らは、レオボルトの胴体を貫通している剣に目がいく。
そんな中、当の本人であるレオボルトは――を横目で見た。
「どういう、ことだ……」
こんな芸当ができる者は、この場に一人しかいない。いや、この世界を探しても、彼女だけだろう。"創世神"ブラフマーの権能を行使できる【幻想の勇者】だけだろう。
「エスティア……」
レオボルトの視線を受け、エスティアはにこりと笑ってみせた。
「わたしはこのときを待っていたのです。騎士王ザイン・ドラグレクという強者と相対し、"おまえ"の注意がわたしから薄れるこのときを」
「なに……?」
戸惑うレオボルトに構わず、エスティアは彼の元へと歩き始める。
「おまえはよく似ています。わたしの知るレオ様と、とてもよく似ている。
顔、声、匂い、癖、仕草。何もかもが、本物と見分けがつかない精度で再現されていました」
顔は笑っているものの、エスティアの言葉はひどく冷たい。
「……なにを言っている? 私が、私こそが聖王……レオボルト・レイジングだ。この神器こそが、その証……」
ピタリ、と。レオボルトの首筋にエスティアの刃が押し当てられる。
「確かに。おまえの神器は紛うことなく本物の【雷槌ミョルニル】に違いない。……ですが。おまえはその神器を扱えてはいませんね」
「……」
「どうやってレオ様から神器を奪ったのかは定かではありませんが、先の雷槍がその証です。あれは神器の能力ではない。【迅雷の勇者】レオボルト・レイジングの一撃は、決してあの程度の雷ではない」
エスティアの剣には、慈悲も容赦も存在しなかった。首筋を深く斬られたレオボルトの身体が後方へ倒れる。真っ白な絨毯を、レオボルトの血が赤く染めていく。
「エス、ティ……」
言葉にならない呟きを残し、レオボルトは動かなくなった。
「レオ様は誰よりも命の尊さを知っているお方です。例えそれが魔族であっても、あのお方は他者の命を奪う行為を嫌っていた。
そんなレオ様に剣を習ったからこそ、わたしも人の命の重みを知ったのです」
「おいおい、幻想の譲ちゃん。話が見えねぇんだが。まったく」
ザインが絨毯に転がるどう見てもレオボルトとしか思えない屍を見て言うが、
「その前にまずは。――リリー、早く彼女の手当を!」
エスティアに言われ、リリーは小走りでカルラたちの元へと駆け寄る。
「中級の魔法までしか扱えませんが、微力ながらお力添えさせて頂きます!」
「……ありがとう。恩に着る」
その様子を確認してから、エスティアはザインに向き直り、
「数々のご無礼、誠に申し訳ありませんでした」
深く深く、頭を下げた。
「顔を上げな幻想の譲ちゃん」
「……ですが」
「事はもう謝って済む問題じゃねぇんだ」
ザインは真っ青な顔の黒髪の少年に視線を送る。それから床に寝かせられ治療を受けている銀髪の少女を。
「わかって、います。必ずやあの少女の命は助けてみせます」
「必ずっつったな? 信じていいんだな?」
「はい」
「なにを賭ける?」
「わたしの命を」
一切の迷いなく、エスティアはそう言い切った。しかし。
「それじゃ足りねぇな」
ザインは首を横にふる。
「……では、他にいったいなにを賭ければよろしいのでしょう?」
左手の人差し指を真下に向けて、
「国」
きっぱり言い切った。
「それは……!」
「――賭けろ。じゃねぇと俺は安心できねぇ」
口調は軽いが、ザインの言葉には確かな重みがあった。本気で言っているのだと、エスティアは理解する。
「しかし、それは……わたしの一存では……」
聖王不在の今、全権代理をエスティアが務めたとしても、彼女には国を賭ける責任は取れない。それを承知の上で、ザインは国を賭けろとエスティアに言っているのだ。
「――賭けましょう。この国を」
ためらうエスティアの代わりに声を上げたのは、熊のような体躯をした男。
「ガドロフ……!?」
「いいんだな?」
「いいもなにも……他に選択肢ないでしょ? あの女の子が死んじゃったとしたら、騎士王様この国滅ぼしちゃいそうだしさぁ」
「騎士王だけじゃねェ。忍の棟梁に黒の勇者3人。俺らはあの女を助ける以外の選択肢がねェんだよ始めッからなァ」
ザインの問に答えるのはノウとウェルガーである。
「なんだお前ら。よくわかってんじゃねぇか。赤の王国に来ねぇか? 役職つけてやるからよ。まぁ、フィーナが助かればの話だが」
軽口の最後に脅しを込めて、ザインは笑う。
フィーナが助からなかった場合お前らの命はないと、遠回しに言っている。
つまり、彼らの言うとおりなのだ。国を賭けようが賭けまいが関係ない。銀髪の少女の命が助からなかった場合、騎士王達によって白の王国は壊滅させられるのだから。
同じ勇者であるエスティアでさえ、本気になった騎士王を止められる自信はない。
「……わかりました。約束致しましょう。必ずや、助けてみせます」
エスティアは頷くしかないのだ。
「信じていいんだな?」
ザインも医療の知識は多少持ち合わせているが、ここまで重症だと何もできることはない。
とても彼らしくないが、ザインは言葉の上だけでも安心を求めているのだ。フィーナは助かる、そう言って欲しいのだ。断言して欲しいのだ。決して表には出さないが、それくらいザインも焦っていた。
「……はい」
「わかった。なら話を戻すぜ。して、コイツが偽物のレオなら本物のレオはどこに……」
言いかけ、ふとザインは違和感を覚えた。
「それはわたしにも……」
左手は腹部に、右手は槌に。首の角度。光のない瞳。
しかし、それでも。何かはわからないが、何かが違う。言葉では言い表せないが嫌な感じがする、そうザインは直感した。
こういう場合、ザインの直感は高確率で当たる。
単なるザインの勘違いかもしれなかったが、頭で結論を出す前に身体が動いていた。
ほとんど予備動作無しに、ザインは床に横たわるレオボルトに斬りかかる。
「騎士王様、なにを――!!」
エスティアが腰の剣に手をかけたその直後。目にした光景に、エスティアの身体が、凍りつく。
「そんな、バカな……」
単刀直入に言えば、ザインの振るった太刀はレオボルトに当たらず、白の絨毯とその下の大理石にヒビを刻むに留まった。
ザインがわざと外したのではない。ザインはレオボルトの頭部目がけて全力で太刀を振り下ろしたのだから。
ならばなぜ太刀はレオボルトに当たらなかったのか。それは――。
「驚嘆です。よく気づきましたね、私が生きていることに」
頭部に迫った太刀を寸でのところで回避した、死んでいたはずのレオボルトがそう呟いた。




