第72話 決戦の合図
俺から見て左2番目の扉が勢いよく壊れ、扉の破片と一緒に巨漢――ガドロフ・アーノルドが吹き飛んできた。
「ぐっ――!!」
軽く100キロは超えているであろう巨体が、玉座の間を蹴鞠のように数度跳ねた後、片膝をついて止まる。
次いで、ガドロフが吹き飛んできた扉から姿を現したのは、等身大はあろう太刀を肩に担いだ赤髪の男――。
「よぉ、レオぉ。一番乗りは俺だ、な……」
師匠の目が俺を捉える。浮かんでいた微笑が薄れていく。
「……」
一時の間。
師匠は何かを考え、そして右手に持つ太刀を横に薙いだ。
「んなっ――」
瞬間。斬撃が玉座の間を奔り、後方の壁が削れた。咄嗟に身をかがめていなければ、俺の首は胴体と泣き別れしていたかもしれない。近くにいたエスティアも同じように態勢を低くし、味方同士で何事ですかと表情を固くしている。
「危っぶねえ……、いきなり何しやがんだアンタは!?」
「見なかったフリでぶった斬っちまえば俺が一番乗りになれると思ったんだ悪ぃか?」
「悪ぃに決まってんだろ一番乗りになるために弟子を殺そうとすんじゃねぇ!?」
マケズ嫌いで、なんでも一番にならなきゃ気が済まない。師匠は子どもみたいな男なのだ。
良くも悪くも、20以上歳の離れた弟子3人と同じ目線で遊ぶような男なのだ。
それからすぐだった。右2番目の扉が勢いよく開き、両腕をだらんと下げ、口元でナイフを咥えたウェルガー・クロウが玉座の間に飛び込んで来たのは。
「幼気な少女の寝込みを襲うって一体どういう躾してんすか、レオさんとこの狼さんは」
そう言い、ウェルガーが入ってきた扉から姿を現したのは、眠そうに欠伸をする黒髪の少女。
間を開けず、今度は右側の扉が開き、狐色をした髪の男が玉座の間に入ってくる。
「レンレン助っけて!!」
言いながら、カルラは俺の元へと走ってくる。その背中を、扉から伸びる植物のツルのようなモノが追う。
「何してんだよお前」
「逃げてきた」
「いや、戦えよ」
「だってあのツル見るからに毒とか塗ってありそうじゃん? 睡眠型の毒とか耐性ないんだよ俺」
「いや、戦えよ」
「ってか、まず夜這いとか趣味じゃねーんだよな俺」
「いや、聞いてねぇよ」
そんなどうでもいいカルラとの会話の途中。左側の扉、即ち5つある扉のうち、最後の1つが開いた。
玉座の間に集結せし皆の視線が最後の扉に引き付けられる。
そして。扉から出てきたのは――。
「アリシア!!」「フィーナちゃ!!」
金髪の少女と銀髪の少女だった。
「中位・氷魔法『氷壁!!』
フィーナの魔法により、扉が完全に凍りつく。そしてアリシアが生み出した血の盾が凍った扉を完璧に塞いだ、――が。
パキンと乾いた音が響き、アリシアの盾がひび割れたかと思うと、その裂傷部からフィーナの氷が玉座の間になだれ込む。
「いやぁ、夏に氷を見るのも悪くないものだねぇ。銀髪の女の子の氷魔法。全くの想定外だよほんと。鮮血の女の子も聞いてたよりだいぶ強かったし、おじさんにはムリムリ荷が重い」
散乱した氷の欠片を踏みつけながら玉座の間に足を踏み入れた男は、両手を掲げ降参のポーズを示している。
椅子に座ったままのレオボルトは、広大な玉座の間をぐるりと見回し言った。
「王の二人はともかく、誰一人として捕らえられなかったか」
そう言いながらも、彼は表情を崩さなかった。そしてその言葉からも、怒りの念は微塵も感じられなかった。
「レオさん。この状況、言い訳があるなら聞くっすよ?」
笑顔でそう言ってはいるものの、クナイを構えるウィーの態度を見るからに、言葉を交わすつもりはない。
「大人しく投降しろレオ。てめぇら6人の命までは保証できねぇが、てめぇら以外の国民の命は保証してやるよ」
「すまないが、それはできない相談だザイン」
レオボルトはようやく椅子から立ち上がると、右手に持つ槌の頭で床をカツンと一度鳴らした。
すると槌から迸る黄色い閃光が、バチチッと音を立て玉座の間を照らした。
「もう二度と、我々はライム・イーパーのような死者を出すわけにはいかないのだよ」
師匠は肩に担いでいた太刀を、真っ直ぐレオボルトに向ける。
「ほんとに、変わっちまったなぁ。レオ」
レオボルトを見据える師匠の顔は、俺の眼にはひどく悲しんでいるように見えた。
それに応えるように、レオボルトも同じく槌を師匠に向ける。
「さぁ、決戦を始めよう」
その言葉を合図に、玉座の間に集結せし戦士達が一斉に動いた。
旅の終わりが、すぐそこまで来ていた。




