第70話 長夜の始まり
『――生物にはあらゆる弱点が存在する』
これは師匠の言葉だ。これは師匠が言った、数少ない真面目な言葉だ。
今から約8年前。フウガとライガと俺の3人は、騎士王ザイン・ドラグレクの元で様々な技術を学んでいた。
その一つが睡眠時の夜襲である。
睡眠中生物の身体能力は大幅に低下する。その弱点を敵は狙ってくる。ましてや暗殺者道のプロともなれば、音もなく対象に忍び寄り的確に頸動脈を狙ってくるという。師匠が王になる前、世界を旅していた頃緑の王国で『影』から夜襲を受けた際は危なかったとも言っていた。
音を殺し、匂いを誤魔化し、魔力を隠す。
しかしそんなプロでも、絶対に隠しきれないモノがある。
――それは殺気だ。
人を殺そうとした瞬間(悪意ある攻撃)、つまり脳にこれから人を殺すという命令を下した際に、どうしても殺気が生まれてしまうのだ。これはどんなに殺人を積んだ者でも、生きている以上は決して隠すことのできない代物である。
だが、言い換えれば100%隠すことは不可能にせよ、99%まで薄めることは可能なのだ。
1%の殺気を感じ取れ。
まず俺達は目隠しをさせられ、殺気というモノを身体に叩き込まれた。
それができてようやく睡眠中の修行に移れた。はっきり言ってアレは地獄だった。俺達が眠りについた瞬間師匠の拳が迫る。昼間の修行で身体がクタクタだってのに、おちおち寝てもいられない。おかげで毎日が寝不足の日々だった。
しかしその修行を始めて1年近く経過した頃には、驚いたことに無意識下でも身体が勝手に殺気に反応するようになっていた。
「……驚きました。熟睡していることを確認したのですが」
その声で、意識が急速に覚めていく。重たい瞼を開き、とりあえず状況把握。
「私の眠りを妨げた罪は重いぞ人間」
場所は変わらず寝室――だが。今さっきまで俺が寝ていたと思われるベットは大きく裂け、中の羽毛が飛び出している。
「それは申し訳ありません、破壊神リヴィア様」
俺達とベットを挟んで向こう側に立つ人物。疑うことなく、奴がベットを切り裂いた張本人だろう。俺の左腕がリヴィアの腹部にあるのは、きっと彼女を抱えて奴の攻撃を回避したからだ。
奴の着ている白い鎧と抜刀された剣が月の光を反射している。
「へぇ。寝込みを襲うとは、かなりいい趣味してんな、お前」
緊張を押し殺し、不敵に笑って見せる。
「敵地の中心にも関わらず女神を抱くとは、なかなかいい度胸をしていますね、あなたは」
まさか軽口を軽口で返されるとは思ってもみなかった。今なら行けるか、と。
「リヴィア」
名を呼ぶと、リヴィアの身体が黒い靄へと変化する。
――しかし。やはりその隙を奴は見逃してくれない。俺との距離を一瞬で詰め、奴の剣が俺の胸元へと迫る。
「――んで。俺になんか用か? 添い寝なら大歓迎なんだけどよ」
すんでのところで奴の攻撃を防ぎ、俺は力任せに剣を剣で押し返す。金属と金属がぶつかり合う鈍い音。そして壮麗な火花が部屋を、お互いの顔を照らした。
こういう鍔迫り合いの場合、1番肝心なのは魔力だ。腕と剣にどれだけ魔力を乗せられるか。魔力量と魔力コントロールで腕力差などは容易にひっくり返すことができる。
そして今現在、ゆっくりとだが確実に俺が押されている。
本来ならば俺と彼女の力関係にさほど差はないはずだが。言い訳を言うならば、俺は寝起きだということ。そして圧倒的に大勢が不利なのだ。
つまり何が言いたいのか言うと、このままだとかなりまずい。
「二番目の終焉――」
瞬間。俺の剣から闇が溢れた。
「――ッ」
瞬間。彼女はすぐさま元いた場所まで距離を取る。
「大人しく拘束されて下さいませんか? あまり手荒なことはしたくない」
「拘束、ねぇ」
つまり、少なくとも彼女には俺を殺す意志はないようだ。
「三番目の終焉『無原点回帰』」
俺はベットの横の壁を数度斬りつけた。すると見る間に斬った箇所が砂へと変わり、サラサラと崩れていく。
『無原点回帰』は斬った万物を強制的に無へと還す、神器の能力の1つである。
こういう場面ではかなり便利な能力なのだが、"魔力で防がれる"という弱点があるため戦闘では滅多に出番がない。
「……」
崩れ落ちた壁の"向こう側"を見て、俺は全てを理解した。
隣の部屋がどうりで静かなわけだ。なにせ壁の向こう側にあった師匠の部屋はなくなり、変わりにルクシオンの夜景が広がっていたのだから。
考えるまでもなく、【領域の勇者】エメ・ラドクリスの仕業である。俺達は見事に敵の術中にハマってしまっていたと言うわけだ。
まず間違いなく、右隣の部屋も別の部屋になっている。この有様では皆分断されたと見て間違いない。
「フィーナとアリシアは無事なのか?」
「彼女らの元へはノウさんが向かいましたから、今頃は"無事"拘束されているでしょうね」
よりにもよってノウ・イェスマン、か。はっきり言って、フィーナとアリシアの2人には荷が重いだろうと思う。
助太刀に行きたい気持も山々だが、フィーナ達がどこにいるかも分からないし、何より相手が相手だ。他のことに気を取られながら闘って勝てる相手ではない。
なら俺が今やるべきことは何か――。そんなことは決まっている。
「悪ぃけど、簡単に捕まってやるつもりはねぇぞ、エスティア・テイルホワイト」
「それは非常に残念です」
次の瞬間。闇夜の下で白の剣と黒の剣が盛大な火花を散らした――。




