第69話 一歩の勇気
「騎士王に棟梁、そして黒の使者達よ。遠路はるばるご苦労であった。敵陣の中心部ではあるが、日が暮れ夜も近い。今晩はゆっくりと身体を休めて欲しい」
と言われた俺達は、王城一階から玉座の間へと続く数千段はあろう階段を、4分の1くらい降ったところに設置してある客室フロアへと案内された。
廊下の端から端までズラッと並ぶ部屋の中から、お好きな部屋をお選び下さいと言われたが、万が一何かあった時のためにもここは間隔を開けず固まって部屋を借りる以外の選択肢はない、はずだった。
「酒と飯持ってこい。それと女を2人」言いながら、師匠はそこらの扉を適当に開ける。
「うちもお腹減ったんでご飯下さいっすぅ〜」気持ち良さそうに廊下を駆けていくウィーもウィーで、そこらの適当な部屋に飛び込んだ。
俺とカルラは顔を見合わせ、ハハハとお互い苦笑を浮かべ合った。
緊張感0の自由人達は置いておくとして、残った俺達は各自部屋割りをしていく。
そこで心配になってくるのはやはり、アリシアとフィーナの二人だ。「リヴィアはヴィレンくんと一緒の部屋なのに、どうして私達はだめなのかな!?」「心配なら兄さんの部屋にみんなで泊まりましょう」などと駄々をこねるアリシアとフィーナをなんとか説得し終わる頃には夕食が届けられた。まさかとは思ったが、念には念を入れ「や。死なないからって扱い雑くない? まぁいいけどさ。うん、美味すぃ」良かった。毒は入っていないようだ。
夕食を済ませ自室のシャワーを浴びた俺は、4メートル四方はある豪華な巨大ベットにボフンッと仰向けに倒れ込んだ。
時刻は夜の10時過ぎ。フィーナとアリシアはもう寝ただろうか。左側の壁からは物音一つしない。そう言えば俺の右隣が師匠の部屋だった気がするが、こちらの壁からも声1つ聞こえない。きっと防音が施されているのだろう。
俺の耳に聞こえてくるのはシャワーの音とリヴィアの鼻歌だけ。アイツには先に浴びろと言ったのだが、私は後で入ると……。
「……」
シャワールームから漏れてくるランプの光。扉一枚隔てたその向こうに――。
大きく深呼吸。
もう疲れたし、眠ろう。よしそうしようと思うや否や、部屋の光源を消し、ベットに横になり目を閉じた。
「……」
シャワーの音がやけにうるさく聞こえる。
「……」
リヴィアの鼻歌がやけに耳に入ってくる。
「……いや。寝れねぇよ」
目を閉じれば嫌でも卑猥な妄想が頭をよぎる。こればかりは思春期真っ只中の男だ仕方ないと理由をつけ、止むなく眠ることを断念。
変な想像を振り払うためにも、180度違うことに思考を向ける。パッと思い浮かんだのが、
「聖王、レオボルト・レイジング」
一言で言って嫌な奴だった。良王だのなんだのと言われるからにはめちゃめちゃ良い奴だと勝手に思っていたが、全くの期待外れ。国民を第一にーとか言ってるくせして、ただの自己中短期男だったわけだ。
「消えた探剣隊クラマス、ライム・イーパー」
ライムが消えてから既に1ヶ月以上期間が経過しており、その間彼らの荷物やら死体やらが一つも見つかっていないことから、神隠しとして処理していいだろう。
それをレオボルトの奴、目撃者がいるからと言って吸血鬼種を犯人と決めつけたのは些か以上に軽率すぎる。しかもガキみたいな言い訳で魔王軍幹部を2人も殺し、あまつさえその事実を隠した。
そのことを聞いた時のエスティアの反応や、アリシアの安否を気にかけていた=アリシアがまだ生きていることを知っていた上で引き上げたことを考えうるに、彼女は白とみていいだろう。恐らくパンツの色も白であると俺は睨んでいる。
ライム・イーパーの消息という、白の王国が不殺の誓いを破棄する理由が存在した今、人質を捕られているという線は完全に無くなった。天使については未だ不明だが、レオボルトが怪しいのは間違いない。師匠もレオボルトのことを疑っていたようだった。
今のレオボルトは師匠の知るレオボルトとは何かが違うのだろう。『変わったな、レオ』言動からして、師匠はレオボルト自体が偽物ではないかと睨んだようだが、
「でも、師匠の話ついてけてたよな」
そしてなにより、彼が本物であると決定づけられる証拠がある。それが――
「アイツが持ってた槌神器だったしなー」
神器とは神が封じられし器だ。神器を使用できるのはその神に魅入られた者のみで、所有者以外が神器に触れればたちまち神の怒りを買うことになる。
このことからレオボルト自体が偽物という線は消えたが、レオボルトが怪しいという事実は変わらない。
ま、俺が考えても仕方ない。後のことは世界会議でじっくり王様達に話し合ってもらおう。
これでめでたく俺達の旅も無事終了というわけだ。
「ふぁ〜」
頭を使ったせいで眠たくなり、大きな欠伸がでた。
「――どうした。断末魔など上げて」
いつの間にかシャワールームから出てきたリヴィアがそこにはいた。
「疲れてんだよ」
「私の胸で良ければ貸してやるぞ?」
リヴィアは広いベットの中、俺の横にポフッと腰を降ろす。
「なに、心配することはない。今夜は久々に私とお前の2人きりだ。誰かの目を気にする必要はない」
「心配しかねぇよその状況」
「何を今更言っている。ついこの間まで私の胸に顔を埋めていた奴が」
「や、それいつの話――ってんなことした覚えは一度もねぇよっ!」
リヴィアはクスリと微苦笑を浮かばせた。
「まったく。強情な奴だよ、お前は」
「そういうお前はわがままだ」
いつだったか忘れたが、前にもこんなやり取りをした覚えがある。
そんなことを考えていると、
「仕方ない。なら、私にお前の胸を貸せ」
ギシリとベットが軋む。心地良い柔らかな重み。鼻先を擽る甘い香り。
「髪乾かせよな。風邪ひくぞ?」
「笑わせるな。私を誰だと思っている。風邪など引くはずがないだろう」
「それもそうか」
「うむ。神器化した際、刀身が錆るくらいだ」
「いやダメだろソレ。乾かせよ頼むから。――ヲイ。俺の服で拭くな濡れんだろ!」
ったく仕方ねぇなーと愚痴りながら、仕方ないからタオルでゴシゴシ拭いてやる。俺が頭を拭くために使ったタオルなので少々湿ってはいるが、取りにいくのも面倒くさいのでゴシゴシゴシ。
されがるままにゴシゴシされるリヴィアがふふっと笑う。
「なんだよ?」
「まさか私が人間にこんなことをされる日が来るとはな、と思ってな」
「嫌か?」
「いや。案外いいものだ」
「そりゃ良かった」
それから数分、リヴィアは黙ってゴシゴシされ続ける。
頭部から毛先まで。長髪は見ている分にはいいが、手入れが大変だということが身に染みてわかった。あと、フィーナの風魔法の便利さも大変よくわかった。
タオルをリヴィアの頭にかけ、ドサッと両腕をベットに落とす。この態勢だ、流石に腕が疲れた。
「……なぁレン」
「ん?」
天井を見つめたまま、次の言葉を待つ。
「……」
返答がない。
「なんだよ」
「いや、何でもない」
「なんだよ気になんだろ」
と、首を上げ俺の胸の上にぐでんと横たわる少女に視線を送る。
「聞きたいか?」
頭に被っているタオルの隙間から、黒紫色の瞳がちらりとこちらを覗く。
「そりゃまぁ」
「本当に、聞きたいか?」
笑みも見せず、リヴィアは上目遣いに俺の瞳を覗き込んでくる。
窓から射し込む月明かりに照らされ、リヴィアの白い肌が妙に艶かしく感じる。
「言いたくねぇなら無理にとは言わねぇよ」
俺は逃げるように彼女から視線を外し、再びベットに頭をつけた。
どうせこの女のことだ。ろくなことを言うに違いない。
――そう、思っていた。
「――お前を選んで良かった」
……、…………。
耳を疑った。
「……どうした、急に」
見ると、なぜかリヴィアもぽかんと驚いた顔をしていて。
「どうしたんだろうな、急に。私らしくもない」
本当にそうだ。リヴィアらしくもない。馬鹿にされたりからかったりされることはあっても、こんな照れ臭いことをはっきり言われたのは初めてのことだった。
「疲れてんのか?」「疲れているのだろう」「じゃ寝るか」「うむ」
そう言って、俺達は目を閉じた。
……。
「なぁ、リヴィア」
「なんだ?」
「邪魔なんだけど」
「気にするな」
……。
「なぁ、リヴィア」
「今度はなんだ。早く寝……」
「――俺も。俺の方こそ、お前に選んでもらえて良かったよ」
……。
「……どうした急に」
……。
「どうしたんだろな、ほんと」
自分でもよく分からない。俺らしくない。普段の俺なら絶対にこんなことは口に出したりしないのに。
きっと疲れているんだ。そう、それだ。俺もリヴィアも疲れているんだ。
「これは俗にいう両思いという奴か?」
「や、それは違ぇだろ」
ガバッと上半身を起こし、即答。
「違うのか? 私は好きだぞ、お前のこと」
小悪魔のように、悪びれもせず俺の心を鷲掴みにしてくるこの笑顔。からかわれていると分かっていてさえ、心の奥がぐちゃぐちゃに掻き乱されるこの感じ。
しかし不思議と悪い気はしない。
「からかうなっての。この性悪女め」
「別にからかっているつもりはない」
「はいはい。わかったわかった。分かったからもう寝ろ。おやすみ」
そう言って俺はぐるんと身体を横に倒す。すると、わっという声が部屋に小さく響いた。
部屋に伝う静寂。少しして、背中にぴとっとリヴィアが添いついてきた。
「……………………本当にからかっているつもりは、ないのだがな」
背中でリヴィアが何か囁いた気がしたが、しかし俺の耳にその声は届かなかった。
聞き返そうとも思ったが、今は眠い。すごく眠い。そうこう考えている内に、俺は深い眠りの中へと堕ちていく。
物音一つしない、不気味なほど静かな夜だった。




