第68話 察しの悪い奴
「――お答え下さいレオボルト様。セレス・ファフナーとディルモット・キャンベルは無力化するだけだと、私とエメを先に行かせたあなたはそう仰ったはずでは……?」
エスティアは声を震わせ、何かの間違いだと言わんばかりにレオボルトに問うた。
しかし取り乱すエスティアとは反対に、レオボルトは表情1つ崩さない。
「魔王軍幹部『搾精の快夢』セレスと『朽ちぬ屍』ディルモットの両名は私が殺した。これは真実だよエスティア」
エスティアの表情を見ればわかる。吸血鬼種以外に死者がいたことを彼女は知らなかった。いや、知らされていなかった。そして多分。彼女はそのことに大きくショックを受けている。
エスティアは歯を食いしばり、拳を硬く握りしめ、それから全身に入っている力を抜いて。
「なぜ、ですか? 手にかける必要は……私はてっきり、そんな……」
神隠しに見せかけライムを殺した疑いのある吸血鬼ならともかく、なんの関係もない者を殺す必要はないはずだ、彼女はそう言いたいのだ。
「彼らを殺すつもりはなかったのだが、しかし私はどうも昔から手加減というものが苦手でね」
師匠でも使わないふざけた理由だった。リヴィアだってこんな子供の言い訳みたいなことは言わない。
なにより、コイツは何も理解っちゃいない。
「先に掟を破ったのは黒の王国だが、我々が吸血鬼種を殺めた時点で不殺の誓いは既に破棄されたも同然だ」
この男が言っていることはあながち間違いではない。というより、答えとしては100点満点だ。花丸をやってもいい。
――しかし。問題が違ければそれは0点以外の何物でもない。
「ならばそれをあえて君に伝える必要はないと判断したまで」
エスティアは何かを言いかけ、黙って目を伏せた。その姿が、俺は無性に腹立たしくて堪らない。
「……違ぇだろ。そうじゃねぇだろ」
2年前。俺が剣を合わせたこの女は、今まで戦ったどんな相手よりも真っ直ぐだった。
「そういうことじゃねぇだろコイツが言いてぇのはよ」
その剣筋は一度たりとてブレることなく、俺の急所を的確に狙ってきた。お互い守るべき者のために譲れない者のために、命を賭して戦ったのだ。それなのに。
エスティアがこんな男のために戦ったのだと思うと……。
「コイツはアンタを尊敬してたんだろ、信頼してたんだろ? だから愚痴の一つ叩かずアンタの命令に従ってアリシアを狙ったんだろ」
聞こえるか聞こえないか程度の大きさの「やめて下さい」が左の方から聞こえた気がするが、聞こえなかったふりでスルー。
「コイツは、エスティアは、掟がどうこう手加減がどうこうふざけた言い訳が聞きたかった訳じゃねぇんだよ。
コイツが言いてぇのは、どうして一言だけでも自分に言ってくんなかったっつーことだろーが」
「だから言っただろ。掟を破った時点でそんなことは……」
「――だから言ってんだろ。そういう意味じゃねーんだっつーの。いい加減察せよ。アンタの口から聞きたかったんだよ、この女は」
本当の本当に何も分かっちゃいねぇ。
なんて、そういう俺だってエスティアと話したのは2年前に剣を合わせた数時間だけで、対してレオボルトは俺よりもエスティアといる時間は比べ物にならないくらいに長い。
なに知ったふうなこと言ってんだよお前は、と自分でも思う。自分で思うからには大概だが、そんな俺でも分かることをレオボルトはわからないのだ。
「何が国民を1番に想う良王だ。何が万民から愛されし聖王だ。笑わせんじゃねぇ。だったらコイツにこんな顔させてんじゃねぇよ。
アンタのことを1番想ってる奴の気持ちも分かんねぇくせして、聖人面してんじゃ……」
その時、透き通った声音が玉座の間に響き渡った。
「――そこまでです!!」
その声のおかげで俺は我に返った。
「それ以上レオボルト様に対する侮辱は控えて頂きたい――」
右手で剣の持ち手を握り、こちらを牽制しているのは紛れもなく俺の知るあの少女だ。どこもまでも真っ直ぐに、己の道を突き進むあの勇者だった。
次いでエスティアはレオボルトに向き直り、
「申し訳ありませんレオボルト様。この者の無礼は私が謝罪致します。ですのでどうか、」
俺の変わりに頭を下げるエスティアを見て、心の奥がキュッと締め付けられる。しかしそれでも俺は奴に頭を下げる気は更々ない。
「私の侮辱などはどうでもいいんだエスティア。所詮は魔人の戯言。いちいち目くじらを立てるほど私の器は狭くはない」
そう言い切った後で、しかしとレオボルトは尚も続ける。
「今の彼の発言には聞き流せない部分があった」
エスティアを見据えるレオボルトの目が、僅かに細められた。
「それは君のことだ。エスティア」
自分の悪口よりも、今更部下を思いやる良王を演じてみせたところで……
「いえ。そのようなこと、私は欠片も想ってなどおりません。全てこの者の妄言でありましょう」
エスティアは微塵も動揺することなく言いきった。
「うむ。ならば良い。面を上げよエスティア・テイルホワイト」
「寛大なお心痛み入ります。聖王レオボルト・レイジング様」
「余計なことしたな、悪ぃ」
ようやく顔を上げたエスティアに向かって俺は言う。するとエスティアはちらりとこちらに視線を向けて、
「本当です。もう二度とやめて下さい」
「うぐッ……」
昔からの悪い癖なのだ。熱くなるとすぐ感情に任せてしまう悪い癖。しかもほとんどが後から後悔することばかり。その癖を治すためにわざと普段から冷静さを装ってはいるのだが、見ての通りこの有様だ。笑えてくる。いや、泣けてくる。
――だが、その後で。声量を抑えぼそりと彼女は囁いた。
「ですが。……ありがとうございます」
間を待っていたのか、ちょうど会話が終了したタイミングでウィーが口を開いた。
「んー、レオさんの言い分はよーく分かったっすよ。でもまずは、世界会議を開くのが先じゃなかったっすかねぇ? そしたら今頃は、こんな面倒くさい状況にはなってなかったんす」
「世界会議を通せば事件があやふやになってしまう可能性の方が高い。2年前に起きた事件のようにな。だからあえて私は世界会議を通さず、この手を取ったわけだ」
癪だが、レオボルトの言い分も分からなくはない。ライム・イーパーの死体が出てこない限り、神隠しとして事件が処理されることは周知の事実。そうなってしまえばライム・イーパーの死は闇の中へと消えてしまう。
「変わったな、レオ」
「変わらぬ者などこの世には存在しない。歳をとり経験を積み愛を知り、人は変わっていく。そう言ったのは君じゃないかザイン」
師匠は何も言い返さなかった。懐かしむような、それでいて哀しそうな……、そんな遠い目をしていた。
そしてレオボルトは聖王として、白の王国代表として言う。
「魔王バロルに伝えて欲しい。我々白の王国は、今回の一件について自分達の行いを悪いとは微塵も思ってなどいない。
君たちが大戦を望むならば、我々は正々堂々戦うとここに誓おう。
しかし天使と戦う上で大戦は避けるべき事柄でもある。敷いては我々五大国存続のためにも、一度 世界会議の上で言葉を交えるべきかもしれない、と」
それを最後に、話し合いは終了した。




