第67話 信頼の絆
「うん。私はその時、北の街メレディスにいたの」
メレディスとは、黒の王国北部にある小さな街だ。
人口はおよそ2000人弱。その約8割以上が遠出した魔族が宿泊施設として利用しており、ほぼ毎日街の顔ぶれが入れ変わる。宿泊客を除けば人口は100人程度しかいない、何の変哲もない、黒の王国ではよくある街だ。そう。すぐ近くに霧の洞窟があるというだけで、どこにでもよくある街のはずなのに・・・・・・。
だが、すぐさまアリシアは「だけど」と大きく首を横に振って。
「私達じゃない。だって私達は、霧の洞窟へは近づいていないもの!」
「その言葉を我々が信じるとでも? 洞窟でライムらと戦闘になり、誤って殺してしまったのではないのか? もしくは採血用にどこかへ監禁した」
「ちがっ……」
反論しようとするアリシアのことなど意に返さず、レオボルトの言葉の猛攻は止らない。
「何が違う? 彼らと同じ時期に、君も同じ場所にいた。この事実があるにも関わらず、何も知りませんは通用しない」
「だって、本当に何も知らないんだもの。私は、霧の洞窟が目的で北部に行ったんじゃないから……」
「ふむ。ならば聞こう。北部に霧の洞窟以外の何があるのか。君の目的が何だったのかを」
「それは・・・・・・」
言葉に詰まるアリシア。何かを隠しているのか、それとも言葉にできない何かがあるのか。
数秒ためらった後、アリシアはゆっくりとその重たい口を開いた。
「あの場所には、私達吸血鬼種の墓碑があるの。本当なら今頃、私は同じ吸血鬼種の男性と婚約してて・・・・・・もしかしたらお参りに行けるのも今年が最後になるかもしれなかったから。
だからどうしても。どうしてもあの日、お参りに行っておきたかったの……」
途中言葉に詰まりながらも、アリシアは全てを語った。少なくとも俺はそう思った。
そしてそれを聞き終えたレオボルトは、眉一つ動かさず至って平然とした表情でこう言った。
「正にとってつけたような言い訳だな。そのような戯言を信じる者など――」
お墓参りがしたかったなどと、レオボルトやエスティアからしてみれば、今さっき考えついた苦し紛れの言い訳にしか聞こえないだろう。
だって墓参りだぜ? 人が消えた殺されたの話してんのに、ようやく絞り出した理由がソレだ。この場には全く関係のない理由。笑ってしまうほど場違いな理由だ。そんなの、信じろって方が難しい。
だけどそれは・・・・・・。
「なるほど、そうだったのか。そりゃエルザベートの奴にゃ悪ぃことしたな」
「え――?」
とても彼女らしい理由だと思った。
言うことを躊躇ったのは、この場に俺がいたからだ。俺がエルザベートをあまりよく思っていないことを知っていたからだ。そしてアリシアが俺のことを気遣ってくれていたからだ。
そこまで思われておきながら、彼女の言葉を信用しない訳にはいかねぇだろ。
他の誰もがアリシアのことを疑っていようと関係ない。俺はアリシアを信頼している。アリシアがそんなことをするような奴ではないと知っている。だからこそアリシアがどんな状況に陥っていたとしても、俺は彼女に手を差し伸べるだろう。
例えアリシアが嘘をついていたとしても、俺は最後まで彼女の味方で居続ける自身がある。
そしてどうやら、それは俺だけに限った話ではなかったようだ。
「本当それ。シアちゃんみたいに可愛い女の子と結婚できると思ってたのに、婚約寸前で他の男に取られるとか俺なら泣くわ自殺するわ。まぢレンレン最低の極み」
「――ヲイ。お前最近ちょっと俺に対するイジリひどくねぇか? なぁどー思うよ今の?」
と、会話を隣にいるエスティアに振ってみる。
「――え? や、えと。仲が良くていいのではないですか?」
てっきり無視されると思ったが、案外話しができる奴かもしれない。
そんなやり取りを未だ不安な目で見ていたアリシアに、フィーナが笑いかけた。
「大丈夫ですよ。私達はみんな、アリシアさんの味方です」
そしてなんと。俺とフィーナ以外は人とも思っていなかったあの自己中神までもが。
「やっていないのならば顔を上げろ。前を向け。そして堂々と胸を張れ。その巨峰は何のためについている?」
「そうっすよ。ただデカいだけじゃないとこ見せるんす!」
「ふッ――」
ウィーの胸部を見て思わず鼻で笑った師匠。直後、脇腹に電光石火の拳が入る。
「何か笑いどころがあったっすかねぇザインさん?」
「いや、相変わらずちっせぇなとおもッ――」
またしても同箇所に神速の拳が突き刺さる。
こっちでわいわい、あっちでわいわいと。この中にアリシアの言葉を疑う者は1人としていなかった。
「……ありがと、ございます」
短い期間にせよ、それが例え一時の関係にせよ、俺達は旅を通じて信頼という名の固い絆で・・・・・・青臭ぇしこっ恥ずかしいからここまでにしとくが、その絆はちょっとやそっとのことじゃ破れはしないってことだ俺が言いたいのは。
「つーわけで。見ての通り俺達はアンタの言葉より、仲間の言葉を信じるぜ」
ふむ、と呟くレオボルトに、今度はカルラが言葉を投げる。
「まぁ、ぶっちゃけ聖王さんがシアちゃんを疑うのは分かるよ。けどさ、セレスやディルモットは関係ねくね。なんで"殺した"んだよ?」
ああ、そういやすっかり忘れてた。アリシアのことは話したが、セレスやディルモットの件はまだ聞いていなかった。
疑いがかかっているアリシアが狙われるのは分かるが、どうして彼らまでもを手にかけたのか。魔王バロルに報告するためにも、その理由も聞いておく必要が・・・・・・
「――今、なんと?」
ぼそりと、隣にいるエスティアが呟いた。
「ん、ぶっちゃけ聖王さんがシアちゃんを……」
「――その後です!」
鬼気迫る様子だった。カルラが何か彼女を怒らせるようなことを言ったのか。いや、今の発言に憤怒する要素はないだろ。でもでなければエスティアがこんなに……って、怒っているよりも焦っている、のか? どちらにせよ彼女の様子がおかしいことに変わりはないが。
カルラと俺は互いに見つめ合う。
「なんか怒ってんだけどどうしよレンレン俺なんかした!?」「いや知らん」「レンレン変わりに言ってよ俺怒られたくない」「うるせぇ早く言え」
眼での会話終了。諦めたらしく、カルラは恐る恐る口を開いた。
「なんでセレスやディルモットを殺したって……」
カルラの2度目の発言を聞いたエスティアが一歩後ずさる。彼女の表情が語っている。そんなバカな、と。
そして彼女はレオボルトに視線を向け、
「そんな、まさか……」
今にも消え入りそうな声でそう言った。




