第66話 消息の消失
レオボルトは、俺達の話を終始眉一つ動かさず黙って聞いていた。いったい彼が何を考えているのか、その硬い表情からは何も伺えない。
「――と、ここまでそちらの情報と違いはないか?」
問うと、レオボルトは大きく頷いて、
「うむ。今君が話したことはすべて真実だ。確かに我々は19日前、白の王国へ侵入し吸血鬼種並びにその他複数の魔族を手にかけた。
しかし。まさか当の目的であった【鮮血の勇者】が生きているとは思わなかったが」
ピクリ、とアリシアの肩が震えた。
「――申し訳ありません」
エスティアがレオボルトに頭を下げると、彼は軽く首を振る。
「いや。例え魔族といえど、やはり君に人殺しは少し荷が重かったようだ。それに気づけなかった私にも落ち度がある」
なんなのだろう、と俺は思う。
本人が眼の前にいるにも関わらず、隠す気もなく殺した殺せなかったの話をするコイツは頭がおかしいのか? 何を考えている。どうしてコイツは、こんなにも攻撃的にこちらを挑発するのだろうか。
いや待てよ。この言動に意味があるのだとだうだ。などと思考を巡らせる中、左腕の裾に違和感を感じた。見ると、アリシアが俺の服の袖をギュッと掴んでいたのだ。助けを乞うように、何かを必死で我慢するように。
唇を強く引き結び顔を俯かせるアリシアを見て、俺は全てがどうでもよく思えてきた。
こうすることに、何か意図があるのかもしれない。
そんなこと、もうどうでもいい。
ひどく腹が立つ。アリシアにこんな顔をさせるアイツが、無性に腹立たしくてどうしようもないのだ。
こうなればもう終わりだ。全てが手遅れだ。
俺はアイツのことをもう好きにはなれないし、俺はもうアイツの言葉を信じられない。
俺はアリシアを庇うようにして半歩横にずれ、感情のままにレオボルトを睨みつけた。
それを平然とした顔で受け止めるレオボルト。その全てが感に触る。
そうだ。いいことを考えた。どうせ大戦になるのだとしたら、今のうちに聖王の首を落としちまえば話は早くなるんじゃないか? と言うより、聖王の首を手土産にすりゃあ魔王バロルも気が済むだろ。万事解決。理由ができた。よし、殺ろう――
「――眼真っ赤にしてまで、まぢな殺気出しちゃダメっすってヴィレンさん。今は話し合いの最中なんすから」
気づくと、いつの間にか俺は右腕を背に当て膝をつかされていた。
無理やり身体を動かそうと試みるが、全く力が入らない。あー、こりゃダメだ。関節を完璧に決められている。
「離せよウィー。もういいだろ、あんな奴」
俺の身体を拘束しているウィーは、いつもの調子で笑った。
「ダメっすよヴィレンさん。あんな奴でも王様なんすから」
「あんな奴とはご挨拶だな、棟梁ウィー」
会話に混ざってきたレオボルトに、ウィーは極めていつもの軽い調子で笑いかける。
「レオさんも。さっきの言い方はあまり良くなかったっすよ〜」
だから。俺は一瞬言葉を失ったんだ。
「――ぶっちゃけ、けっこうまぢで不快っす」
声のトーンを下げその顔から笑顔を消し、寒気がするほど冷たく戦慄するほど静かな殺気を放つ幼い少女。
こんな彼女を見るのは初めてだった。本気の怒り。本気の殺意――。
「まぢな殺気だしてんじゃねぇボケ」
師匠が刀の鞘でウィーの頭をぽこんと叩くと、あいたっと声が聞こえた。
「お前もだでれすけ。いちいち安い挑発に乗ってんじゃねぇよ」
続いて師匠が刀の鞘で俺の頭をゴツッと叩く。思わずくぁっと変な声が漏れた。
そのまま師匠は鞘をレオボルトに向けて言う。
「それで、言い方ってもんがあんだろレオ。とりあえずお前は嬢ちゃんに謝れや」
師匠とウィーから敵意を向けられるなど思ってもみなかったのだろう。レオボルトはポカンとした後、
「ふむ。すまなかった。訂正しよう」
と、あまりにも潔く謝罪を口にした。
「で、聖王さん。俺らが知ってる情報は大体吐いたことだし、今度はアンタらの話しが聞きたいね。特にライム・イーパーのこととかさ」
本来ならば俺が言わなくてはならない台詞だったが、今の俺の様子を見てカルラが気を利かせてくれたのだ。
顎に手を当て考えるような仕草を取るレオボルト。
「あれは今からおよそ1ヶ月と少し前のことだ。
【短剣隊】のクランマスター、ライム・イーパーを含めた8名が、探検へ出たきり行方知らずとなった」
行方知らずと聞いて俺が考えたのと全く同じことを、フィーナがぼそりと口ずさんだ。
「神隠し……」
そう、神隠し――。
神隠しとは、狩りや遺跡などの調査に出かけた者が、そのまま帰らず消息を絶つという事件である。
黒の王国でも度々あるのだ。ある時はパーティー数十人全員が。そしてある時は魔王軍幹部の猛者までもが、狩りに出かけたままパッタリ姿を消したこともある。そしてそれは黒の王国だけでなく、赤の王国や緑の王国、そしてこの白の王国でも起こっていることなのだ。
手がかり1つ、それこそ髪の毛一本残さず完全に姿を消すことから、俺達はそれを神隠しと呼んでいる。
誤って他国の者を殺めてしまい、その事実を隠蔽するため、地面に埋めるなどして死体を隠したのではないかと思う者もいることだろう。確かにその可能性も無くはない。神隠しの全てがそうでないにせよ、神隠しに見せかけ殺すということも十分あり得る話だ。
しかし、それはそれとして神隠しは本当に実在する。なにせこの事件は、"不殺の誓い"が制定されるよりもずっと昔から起こっていることなのだから――。
「いや。これは神隠しなどではない」
レオボルトは断言した。
「彼らの情報を集めた結果、ライムら8名が黒の王国北部に向かう姿を見たという目撃者が複数人存在した。
彼らの目的地が北部なら、遺跡や聖域などの調査を主とする【探検隊】の目的地は十中八九"霧の洞窟"だろう」
その目撃者の情報とやらが真実ならば、大方レオボルトの言った通りなのだろう。
黒の王国北部の辺境地にひっそりと佇む霧の洞窟は、その名の通り辺り一面真っ白な霧に包まれた洞窟である。
霧が発生する理由は至って単純で、洞窟の周囲の湿度が高く、そこが密度の濃い湿地地帯になっているからだ。
一年中霧が晴れることはないため、姿を隠すには絶好の場所。400年以上昔は霧精龍が縄張りにしていたらしいが、現在はモンスターの巣窟となっている。
霧による視界不良、モンスターの危険性から、霧の洞窟に近づく者は少ない。それ故洞窟には未だ発見されていない財宝が眠っているという噂も多くあるのだ。
レオボルトは視線を俺へと、――いや、俺の背後にいるアリシアへと向けた。
「そしてちょうどその時期。そこにいるアリシア・ツェペシュを含めた吸血鬼種が北部に滞在していたという情報も入っている」
レオボルトがどうしてそこまでアリシアという少女にこだわるのか。そしてレオボルトが何を言いたいのか。
俺は恐る恐るアリシアに視線を向けた。
決してアリシアを疑っている訳ではない。きっと何かの間違いだ。
だがそれでも。俺はアリシアに問わなければならない。
「本当なのか、アリシア?」
アリシアと目が合う。彼女は何かを言いかけ、視線を反らした。
ほんのひと時の沈黙。ほんの少しの静寂。
そして唇を今一度強く引き結び、
「……うん。多分ちょうどその頃、聖王様の言うとおり、私は北の町メレディスにいたの」
アリシアは俺の問を肯定した。




