第62話 最強の勇者
早朝9時半――。
新鮮な空気を肺いっぱいに取り込み、軽く伸びをして。目を閉じ、それから自分の身体に調子を訪ねてみる。
風邪も完全に完治し、旅の疲れも癒えている。最近は木の幹を背にして眠ってばかりで、朝起きると身体が痛くて痛くて仕方がなかった。しかし、それがどうだろう。今日は全く痛くない。
疲労回復&魔力回復効果がある温泉に入ったこともあるが、やはり一番は久しぶりのベッドだなベッド。しかもふっかふかのやつ。あれほど柔らかく反発性があって暖かいベッドに横になったのは生まれて初めてのことで、あまりの心地よさに布団に入ってからの記憶が一切ない。
閉じていたまぶたをゆっくり開ける。
天気は快晴。体力魔力ともに全回復。準備万端である。平穏に揺らめく波を見つめながら俺は言った。
「それで、どうやって行くんだ?」
「あ? そんなこと決まってんだろ。もっかい海をぶった斬――」
師匠の考えに、ウィーが速攻で反論。
「うちはもう絶対の絶対にあんなことしないっすからね、ザインさんっ!!」
昨日のアレを二度とやりたくないと言う彼女の意見も分かるが、それ以外に俺達が海を超える手段はない。しかしこれほど猛反対しているウィーを丸め込むのは難しい。そうなると他に手段は・・・・・・。
「――案ずるな。マーリンの弟子の門出だ。私が盛大に送り出してやるさ」
「アイシャさん!」
いつの間にそこにいたのやら。フィーナの肩に左手を置き、右手には見慣れぬ白銀の長杖を握りしめたアイシャ。杖はアイシャの身長よりも長く、俺と変わらないくらいか。きっと180センチはあるだろう。杖頭には何かの獣(鋭い八重歯があることから恐らくは肉食獣)の頭蓋骨がつき刺さっており、杖の中心持ち手の部分には柔らかそうな銀の体毛が巻かれている。
「神器・狼杖ヴァナルガンド」
右腕を杖と一緒に横に構え、アイシャは身体の重心を後ろに倒した。波打ち際に立っていたアイシャは、そのまま重力に逆らわずに海へ真っ逆さまに落ちていく。
「喰らえ。フェンリル――」
落下中、アイシャの口元が微かに動く。それと同時に杖頭の頭蓋骨の眼がぼんやりと紅く輝き、口元が少しだけ開いて鋭い牙が垣間見えた。
波打ち際から海までの高さはおよそ5メートル弱。自由落下に身を任せ、盛大な水しぶきと共に海に入水するかに見えたアイシャだったが、海に転落する直後アイシャの身体がまるで糸にでも吊られているかのようにふわりと持ち上がり、微かな波紋を残してつま先から静かに海上に降り立った。
そして杖を頭上より高く掲げ、アイシャの口から言霊が発せられ始める。
「我はこの世の真理を求む者成り。
天地万有に宿りし、大いなる力の根源よ。
森羅万象を司りし、大いなる力の理よ」
たまにフィーナもやることから、あれが魔法詠唱であることはひと目で分かった。いったいアイシャは何をしようとしているのだろうか。いや、それよりも問題はあの杖だ。杖に魔力が集められていくのが分かる。それがかなりの量であることも――。
「真理を求む我が呼びかけに応え、我が旧友が弟子の門出を祝福せし力をよこせ」
あまりの魔力量に大気が震え、海が荒れる。杖に集められる魔力は、既に人間が持っていい魔力量を有に超えていた。
「世界を凍てつかす『氷河』の力を――」
アイシャは天高く掲げた杖を振り下ろし、
「最上位・氷魔法『永久凍度の氷海獄』」
盛大な音がした。
例えるならそれは、分厚い硝子に薄いヒビが入ったような――を数倍大きくした音。
続いて冷気が背中を舐める。夏の終わりだと言ってもまだまだ気温は高く、朝の9時半頃なら26度以上あるのが普通である。それだというのに、吐く息が白い。
「うそ、でしょ……?」
アリシアの震え声。ウィーは口笛を吹き、師匠は未だ眠そうに大きな欠伸をしていて。フィーナは眼を輝かせている。カルラが言った。
「こりゃまた大胆にやったなぁおい」
海が凍った。見渡す限り360度、地平線の果てまで凍った。
「これは既に、人間の扱っていい力の範疇を超えている」
リヴィアが見据える先にいるのは、等身よりも更に長き杖を携える1人の魔女。その後ろ姿は正真正銘、人類最強の勇者のソレだった――。
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ミーティアを出発して2時間半。現在俺達は北西に向かって氷海の上を走っている最中である。
「そう言やさ、レンレン。出発前にラフリスちゃんから何か渡されてたみてぇだったけど、ラブレターか何か?」
「違ぇっての」
足を止めずに、俺は服の内から首に下げているソレを取り出して見せた。
アイシャが海を凍らせる少し前、ラフリスが俺に話があると呼ばれたのだ。
『なんだこれ?』
ラフリスから渡されたのは、蒼い光りを放つ結晶が付いたネックレスだった。結晶の大きさは小指の爪くらいで、形状は縦長のひし形。光を反射しているのではなく、自ら光を放つ石など聞いたことも見たこともなかった。
『私からのプレゼントです。これを見て私のことを思い出して下さい』
『へ――?』
変な声が漏れた。思った通りの反応だったのか、ふふふっと笑いながら冗談ですよなどというラフリス。
『お守りです。これは魔石と呼ばれる物で、魔法の保存ができ、また自分達の魔力を込めることにより、魔石自体の強度を上げることができる特殊な鉱石です」
『ほお。便利なもんだな』
『ちなみにこの魔石には私の魔力が凝縮されているので、滅多なことがない限り砕けることはないので安心して下さい』
『そりゃどうも』
試しに太陽にかざしてみる。
『魔法を保存できるって言ってたが、この魔石にはどんな魔法が入ってんだ?』
『幸運を底上げする魔法です♪』
『へぇ、そんな魔法もあんのか』
『いいえ。今考えました♪』
『――ヲイ』
『安心して下さい。盗聴や盗撮といった、ヴィレンさんの考えているような魔法は入ってませんから』
『余計に心配になるようなこと言うなよ……』
微笑みながら、ラフリスは俺の手にある蒼の魔石の付いたネックレスを取り、
『どんな魔法かはお教えできませんが、いつの日か必ず役に立つ時が来ます。ですから、その日まで肌見放さず付けていて下さい』
言いながら、俺の首にネックレスをかけた。
本当に付けていて大丈夫なのか心配になるが、青の王であるラフリスが何の考えもなしにこんなことをするとは考えづらい。
もしこの魔石に最上位の魔法が込められており、俺達が島から離れた途端に発動するのかもしれない。もしくは盗聴や盗撮の魔法が込められ、俺達の会話を・・・・・・なんてな。そんなことをするような人には見えない。案外魔法を込められておらず、本当にただのプレゼントなだけなのかもしれない。
『あ。私からの個人的なプレゼント、というのは本当ですから』
にこやかにラフリスは微笑み、まぁいいかと俺は俺で成るように成るだろうと結論づけた。
「お守り、だとさ」
カルラは蒼く光る魔石をジッと見つめながら、
「これ魔石だよな。しかもかなり純度が高いし、入ってる魔力の量が半端ねえ!」
「へぇ」
「これ、売れば貴族の屋敷が買えるくらいの値がつくぜ多分……」
「へぇ……ってまぢかっ!!!」
それから4日後。ヴィレン達は遂に旅の目的地である白の王国王都『ルクシオン』へと到着することとなる。
今、白の王国ではいったい何が起こっているのか。ヴィレン達を待ち受けるのは何なのか。そしてヴィレン達の旅の終わりは、いったいどのような形で幕を降ろすのだろうか。
次回『剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語』第63話【旅の終着地】お楽しみにっ!




