第60話 神々の会合
特別魔法研究所と言う名のアイシャの住居で、フィーナがアイシャとティファに魔法の知識を教授され始め1時間近くが経過した頃だった。
「――懐かしい匂いが近づいてくる」
ソファーで横になっていたフェンリルの鼻がピクリと動き、その口元に薄い笑みが浮かび上がった。
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「ここが特別魔法研究所です」
特別魔法研究所と言うからには、かなり大きな研究所を想像していたのだが、ラフリスが手で示すのは年期の入った極々普通の建物だった。
ラフリスが木製のドアを数回ノックし、扉を開けて建物の中へと入っていく。俺達もそれに続く。
建物の中は思ったより広く、そして薄暗かった。
「こんにちは、アイシャさん」
「おお、ラーフ」
アイシャ。聞き覚えのある名前だ。青の国唯一にして人類最強の勇者。彼女の噂は遥か遠く離れたヴェルリムにさえ届いている。
曰く。彼女は歳を取らず、永久に老いることはない。
曰く。彼女は絶世の美女であり、それと同時に絶対なる魔女である。
曰く。彼女がその気なれば、勇者が束になっても敵わない。
曰く――。彼女は唯一人の身で天使と渡り合える化物と言われている。
それが真実なのかどうかは分からない。なにせ青の王国の情報は外部に漏れにくい。しかし、かと言ってそれが全て嘘であるという根拠も存在しない。現に彼女が絶世の魔女であると言う噂に関しては本当だし。
パーマの入った本紫色の髪に、叡智を感じさせる紫苑の瞳。服装は黒の胸バンドに黒のショートパンツを着用しているだけで、かなり露出度が高めである。しかも本人には微塵も恥じらう様子がなく、逆にこっちが目のやりどころに困る。
逃げるように視線をずらした先に、銀髪の少女と水色の髪の少女の姿を見つけた。その内の銀色の少女がこちらに気づいた。
「兄さん!」
それに応えるのは俺の半歩前にいるアリシアだ。
「良かったぁ。迷子になってないか心配したんだよ、フィーナちゃん!」
「どちらかと言うとアリシアさんが迷子だったような気がするのですが・・・・・・兄さん達と無事合流できていたみたいで安心しました」
水色の少女の掌の上に浮いている水の塊を見る限り、魔法を教えてもらっていたのだろうと推測する。
何かの事件に巻き込まれたりしてなくて良かった。フィーナが無事見つかったことに俺は安堵した。
「ん〜〜、いい顔ぶれだ!」
部屋の奥。暗闇の中からのっそりと姿を現したのは、全身銀に包まれた男。
「久しぶりだねぇみんな。元気にしてた〜? ――って、どうして出てこないのかな?」
身長は俺より高く190近くあるように見えるが、猫背のせいで目線は俺となんら変わらない。
白い羽毛のついた銀の服を身にまとい、背中まで伸ばしている銀髪は乱れ、暗闇で淡く光るは銀の双眸。三日月に割れた口元からは白い牙が覗いている。銀の狼を思わせる男だった。
男はこちらへ真っ直ぐ近づいてきて、アリシアの手前で足を止めると。
「可愛いね君。流石は"エリニュス"ちゃんが選んだ器だ」
男はアリシアの顔を舐めるように観察し出す。アリシアは反射的に俺の背中に隠れるようにして、男から距離をとった。
「あの。私、あなたにお会いしたことありましたか……?」
アリシアの発言に男は軽く首を振りながら、
「違う、君じゃない。"君の中にいる子"に言ってるんだ」
「私の、中?」
疑問を浮かべるアリシアを無視し、男は続ける。
「そ。いいから早く出てきなよ。君の大切な器、僕に壊されたくはないだろう?」
意味不明な言葉とともに、男はアリシアの頬に手を当て舌なめずりする。
今まで黙って見ていたが、流石にこれ以上は見過ごせない。
「おいアンタ。どこの誰だか知らねぇが、その手をはな……」
その時。パシッと勢い良くアリシアが男の手を振り払った。
「――汚らわしい手で妾に触れるでない、下狼風情がッ」
耳を疑った。
「・・・・・・アリシア?」
今の言葉がアリシアから発せられたものとは到底思えないような言葉遣い。
「汝もじゃ童。いつまで妾に触れておるつもりじゃ。早く離れんか!」
睨まれた。冗談ではなく、目が本気だ。
「や、くっついて来たのはお前の方じゃ……」
――の前にまず、アリシアは俺にそんなことは言わない。いや、もしかしたらアリシアのストレスが絶頂に達したとか、実はかなり人見知りが半端ない奴だったとか。
「――今のそ奴はアリシアではない」
あー、うん。そんなことだろうと思った。
聞き覚えのある声が、俺の鼓膜を揺らした。365日四六時中聞いてるせいか、半日ぶりに聞いた声なのに、その声はとても懐かしく思えた。
黒い靄の中から現れた黒い少女。少女の名を呼んだ。慣れ親しんだ相方の名を――。
「リヴィア」
リヴィアは軽く微笑を残したまま、視線をアリシアへと向ける。
「久しいな"鬼神"。顔を合わせるのは600年ぶりか?」
リヴィアはアリシアのことを鬼神と呼んだ。
「うむ。だが、言の葉を交わすの千年ぶりじゃ"破壊神"」
アリシアも――鬼神もまた、リヴィアを破壊神と呼ぶ。つまりはそういうことなのだろう。今のアリシアはアリシアであってアリシアではない。
「600年前と変わらず綺麗な顔だねリヴィアちゃんは。神人問わずに、君以上の子はお目にかかったことがない」
世辞を並べる銀の男を、リヴィアは冷たく払いのけながら言う。
「気安く私の名を呼んでくれるな"亜神"」
亜神――。やっぱりか。この男もまた、神の一柱なのだ。アイシャ・クラウリーが従える神。【亜神】フェンリル。
「ツンデレなところも変わってないな。でもまぁ、そういうところも君の魅力の一つかな」
「――てめぇもめてめぇで相変わらず気持ちの悪ィ野郎だぜッ」
この声もまた、リヴィアと同じく半日ぶりに聞く声だ。扉の方から近づいてくるのは赤い髪をした14歳前後の少年。この場に居合わせた4人目の神、【戦神】アレス。擬人化した直後の影響か、身体の至るところがメラメラと燃えている。
「これまた美味しそうな、いや懐かしい顔だ。アレスくん。良かったら君もどう? エリニュスちゃんと3人まとめてさ」
「口を慎め下狼ッ!」
軽口の止まらないフェンリルに対し、アリシアもといエリニュスから尋常ならざる魔力が迸り始めた。
「まぁ、落ち着けや鬼神」
言いながら、アレスがエリニュスの肩に手を置く。途端にエリニュスの魔力が四散した。
「と、止めるなアレス。お主がなんと言おうと妾はあの下狼を――!!」
頬が薄く染まっている。
「エリニュスちゃんは元気がいいねぇ。それに比べて――」
フェンリルは視線を奥にいるカルラとウィーに向け・・・・・・いや。カルラとウィーの"中にいる者"に向かって言う。
「久しぶりの再会だっていうのに、そこの2人は出てこないのかい?」
「アンタさんの顔を見るのは嫌だって言ってるっすよ」
ウィーは苦笑しながら軽く首を振る。
「同じく出てきたくないとさ」
両手を軽く掲げてウィーに同意を示すカルラに続き、リヴィア達もまた同様に。
「私もできることなら出てきたくはなかった」
「うむ」
「全くだ」
これでどうしてリヴィアとアレスが青の国に来て以降擬人化しなかったのか、謎が解けた。
リヴィアにエリニュスとアレスの、汚物を見るかのごとく冷めた視線を浴びながら、変態神フェンリルは八重歯を覗かせながら嬉しそうに笑った。
ラノベ結構読んだけど「すかすか」書いてる枯野さんの書き方が物凄く好き。




