第55話 硝子の宮殿
大通りを真っ直ぐ直進したところに、目当ての宮殿は存在した。玲瓏宮――規模としてはヴェルリムにある魔王城や、リントヴルムにある紅焔城に負けず劣らずの敷地面積を誇っている。驚いたことに周りはちょっとした湖になっており、宮殿が湖に孤立している形に・・・・・・いや、逆だ。湖の上に宮殿が建っているのだ。
湖底まで見える澄んだ水中には見たこともない鮮やかな魚が泳いでいて、宮殿まで続く橋の中間にはこれまた豪奢な噴水が設置してあって。
これらでさえ素晴らしい技術が施されており、人目を引くことは間違いないだろう。しかしそれらを差し置き人々の目を集めるのは、おとぎ話に登場するかのような硝子の宮殿――。
そして現在俺達がいる場所は、玲瓏宮内部にあるかなり広大な応接間である。長方形をした空間に大きなソファーが(流石にソファーは硝子細工ではない)設置してあり、ラフリスに言われる前に師匠が手前のソファーに勝手に腰を降ろした。ウィーが苦笑しながらその隣に座り、俺も同じく腰を下ろす。
壁や天井、そして床に至るまで全てが硝子でてきているらしく、太陽光を乱反射し七色に輝いている。
「――キンキンに冷えた水だ」
「うちも水くださいっす」
開口一番、師匠とウィーがそう言った。
「私もお水下さい」
アンタも頼むんかい、というツッコミを心中に収めながら、俺は不思議に思う。ウィーとラフリスなら水という簡素な飲み物でもあまり違和感はないが、師匠は大ありだ。俺の中での師匠=金、酒、女でできている。なのでてっきり酒を頼むと思っていたんだ。
「ヴィレンさんも何か飲みますか?」
硝子細工のテーブルを挟み、俺達とは反対側のソファーに腰を降ろしたラフリスがそう聞いてきた。
そうだな、何を頼もうか。普通にここはお茶でいいと思う。
「それじゃ、お茶で」と言おうとして、
「水だ」「水っすね」
「それじゃ、お――」と発言した直後、師匠とウィーの「水」に俺の「お茶」が封殺された。
テーブルの上に4つのコップが用意された。もちろん硝子細工だ。そして中身は、ただの水。どこからどう見ても水である。
「どうぞ、簡素なものですが」
大きな丸氷がコップのフチにぶつかり、カチリと涼しげな音を奏でる。個人的にお茶の方が良かったが、別に水でも問題はない。この際喉の乾きを潤せるな――。
ゴクッと一口。そしてゴクゴクゴクゴクンッとコップの中にある水分全てを飲み込み、俺はゆっくりコップを元の位置へと戻してふぅと一息ついてから。
え、何この水めちゃくちゃ美味しいんですけど?!!?
驚くほどに美味かった。冷たさがちょうどよく、喉を通じて胃の中に――いや、身体中に染み渡っていく感じがする。そしてなんだこの口の中に広がる甘みは!? 水だよな、今飲んだの本当に水だよな!?
「お味はどうですか?」
「……すげぇ美味かったです」
予想通りの反応だったらしく、ラフリスは嬉しそうにしている。
「ああ、ここの水だけは格別だぜ」
今部屋には俺達4人しかいないため、師匠は自分で水差しからコップに水を移す。
「とか言っちゃって世界会議で来たとき、ザインさんお水出されて『ぁあ? なんだコレ酒じゃねぇよな? 水だよなナメてんのか?』とか言って水係の女の子泣かせちゃったじゃないっすか〜?」
と、水を啜りなからウィーが。
「ふふっ、それならウィーさんも『世界会議で水出すとかありえなくないすか? 青王国どんだけ貧困なんすかうまぁぁああああ!?!』って言ってましたけど?」
と、コップを両手で持ったラフリスが。
「あれ、そうだったっすかね?」
師匠が鼻で「ハッ」と。ウィーが頭をポリポリ「なハハ」。そしてラフリスが口元を抑えて「ふふっ」と笑う。
そんな王たちの会話を横耳に、俺は空になったコップに水を注ぎ入れ、ソファーの横に立てかけておいた黒い剣に声をかけた。
「リヴィアも飲むか? ここの水冗談抜きに美味いから」
「・・・・・・」
しかし、反応はなかった。
「リヴィア?」
そう言えば、ここに来てからリヴィアは一度も擬人化していない。
「どうしたんすかヴィレンさん?」
「リヴィアが擬人化しねぇんだ」
ウィーにそう応えると、今度は師匠が思い出したように言う。
「そういやアレスも静かだな」
確かに、ここに来てからアレスの姿も見ていない。
「ここに来るときけっこう魔力を使ったじゃないすか。だからきっと、お2人さんのことを考えて大人しく神器化してるだけじゃないんすか?」
アレスはともかく、リヴィアにそんな優心があるとは思えなかった。なにせ子どもの頃、鍛錬で魔力を使いすぎた際も平気で擬人化し、人の頬を楽しそうにツンツンしていた女だ。
「そうだといいんだが……」
苦笑しながら剣を見つめる俺に、師匠が意地の悪い笑みを浮かべて言う。
「なんだお前。そんなに女が気になんのか?」
「そんなんじゃねぇよ」
間を開けずに今度はウィーが。
「神様とのイケナイ関係、興奮するっすねぇ」
「ヲイ」
俺の反応に師匠とウィー、そしてラフリスまでもが愉しそうに笑う。
「まぁ、ヴィレンさんとリヴィア様のご関係は夕食後のデザートにでも取っておくとして」
取っとかんでいい、と俺は心の中で呟いた。そしてラフリスは続ける。
「そろそろ皆さんがここに来訪なさった訳をお聞きしたいのですが?」
水に浮かぶ氷は溶けかけ、コップの表面を一滴の汗が伝った。
✽✽
「道にでも迷っているんですかね」
天色のローブを纏った水色の髪の少女――ティファが不安の入り混じった声で言った。
「少し遠くのお花畑にでも行ったんじゃないでしょうか?」
フィーナはそう言い、辺りをぐるっと見回す。
現在フィーナ達がいるのは小高い丘の上。そこにある風車を見に来たのだが、到着早々アリシアが『お花畑』に行きたいと言い出したのだ。しかし近くに『お花畑』はなく、一旦町に戻るしかないとティファは言う。
限界が近かったのか、ティファから場所を聞いた途端アリシアは魔力全開で走り去って行ってしまった。
そんなに我慢するくらいだったら町中を見学中に言ってくれれば良かったのに、――なんてフィーナは言えない。例え女の子同士だったとしても、女の子なら仕方ないことなのだ。
「さて、これからどうしましょうか!」
アリシアを待ち続けること30分。彼女の存在など忘れたかのようなテンションでティファが言った。
「他に見てみたい場所はありますか?」
「アリシアさんのことは……」
「それなら大丈夫です。風車に伝言の魔法陣を描き置きしますから」
ティファの明るい笑顔に、アリシアを待つという選択肢はなかった。かなり迷ったが、伝言の魔法陣を残すならアリシアがここに戻ったときに自分たちの次の目的地を知ることができるし、そういうことならとフィーナは妥協してしまう。
「そうですね・・・・・・見てみたい場所というより、会ってみたい人がいるのですが」
「会ってみたい人、ですか?」
「はい。先生の知り合いの方なんですけれど、名前を聞き忘れてしまって……」
青の王国にいるというマーリン先生の旧友。いったいどんな方なのだろうと、実は少し楽しみにしていたのだ。
「フィーナさんの先生の名前を聞いても……――っと」
ティファは自分の言葉に待ったをかけ、人差し指を立てて言う。
「ここは少し軽いゲームをしましょう」
「ゲーム、ですか?」
そう言うと、ティファは得意げに説明を開始した。
「はい。私がこれからフィーナさんに5回質問して、その答えだけで名前を当てられたら私の勝ち。答えられなかったら私の負けというシンプルなゲームです」
あれ、これってティファさんが私に質問するんじゃなくて、私がティファさんにヒントを出すゲームじゃ……でも、もしかしたらそれは黒の王国だけの限定ルールかも……。
「ですが、ただやるだけではつまらないので、負けた方は勝った方のお願いを何でも1つ聞くというルールを設けましょう!」
あれ、それってこのルールだとかなり私側が不利じゃないですか? というよりティファさん側が勝って当たり前じゃないですか? とフィーナは抗議したかったが、このティファの満面の微笑みを前に、とてもじゃないがそんなことは言い出せなかった。
「わ、わかりました」
戸惑いながらも、フィーナは首を縦に振る。
「それでは1つ目の質問です。フィーナさんの先生の出身地はどこですか?」
マーリン先生の出身地・・・・・・そう言えば、かなり昔に聞いたことがあった。
「青の王国だったと思います」
「でしたらかなり絞れますね!」
ですよね。そうですよね。とフィーナはこの時点で既に負けを認めかけていた。
頭の中では100回近く完結してるけど、文字に起こすと道のりは果てしない。




