第51話 最悪の可能性
カルラと師匠を起こさないよう、俺はそっと寝所を抜け出し浜辺へと向かう。
その途中、男性陣と少し離れた場所で眠る女性陣の姿が見えた。
かなり遊び疲れているようで、死んだようにして眠りにつく4人。アリシアは変なことをしないようにと、フィーナとリヴィアに挟まれ、ウィーに至っては木の枝の上で眠っている。
その可愛らしい寝顔を確認し、起こさないようにと静かにその場を後にした。
浜辺に到着した俺は、そのまま砂浜へと足を運び腰を下ろす。
耳に響くのは雨の音と波のさざめき。
鼻に付くのは雨の匂いと塩の香り。
当たり前だが、空を見上げても雲に覆われ星は見えない。
全身を叩く雨が心地いい。
俺はしばらく目を瞑り、雨に打たれ続けた。
「風邪ひくぜ?」
雨と波の音に紛れ、聞き覚えのある声が俺の鼓膜を叩く。
「なんだ、起こしちまったか?」
「んや、起きてたさ」
カルラはそう言うと、俺の隣に腰を下ろした。
「帰りが遅いからさ、てっきり女の子を襲いに行ったのかと思ったぜ」
「どっかの女好きとは違って、んなことはしねぇよ」
「そうか? 見た感じ、騎士王さんはそんなことするタイプにゃ見えねぇけどな」
「バーカ、お前だよ」
「なんだ俺かよ・・・・・・って、その言い方だと俺が手当たりしだいに女の子を襲うみたいに聞こえるじゃねぇかよ!」
否定するとこそこじゃねぇだろ、と思いながらも「違ぇのか?」と聞いてやる。
「分かってねぇなぁレンレンは。俺はフィーナちゃん以外の女の子を襲おうと思ったこたぁ一度だってねぇってのに」
「――オイ」
ちょっと真面目な顔で睨んでやると、カルラはケラケラと笑った。
「まぁ、冗談は置いといて」
冗談に聞こえねぇよ。生き埋めにしてやろうか?
「今回の件、レンレンはどう見てる?」
今回の件というのは聖王のことだろう。
「さてな。よくわからん。白の王国に何かが起こってるのは間違いねぇ。だがその何かがわからねぇ。
どうして急に白の王国が不殺の誓いを破ったのか。なぜアリシアを狙ったのか。白の王国の目的は何なのか。さっぱりだ」
動機、理由、目的。いくら考えようともこれといった物は思い浮かばなかった。
「かなりいい線行ってると思うぜ俺。でもレンレンは頭が硬えのさ。もっと柔らかく考えた方がいい」
「柔らかく、ね」
「まずどうして急に白の王国が不殺の誓いを破ったのか。これをそのまま考えてても、分かんねぇもんは分かんねぇんだからさ」
そりゃそうだ。まさに正論中の正論――。
「だからちょっと考え方を変えてみる、とか」
「・・・・・・考え方を、変えてみる?」
「見方を変えるとも言うな。例えば〜・・・・・で、いいんだよ。
例えば白の王国が不殺の"誓いを破った"ではなく"破らなければいけない状況に陥った"とすると、この場合考えられる可能性は?」
全く考えていない仮設だった。俺はてっきり聖王がおかしくなった、もしくは黒の王国が白の王国に何かをしたのではないかと考えていた。
掟の中でも一番重いとされる不殺の誓いを破らなければいけない状況とはいったい何だ?
分からない。――じゃダメだ。カルラがニヤニヤ笑っているのが見ずとも分かる。考えろ。他国と大戦になるかもしれないという危険を侵してまで、民を一番に考える聖王は何をしたかったのか・・・・・・。
聖王。民を一番に考える。ああ、そういうことか。
「・・・・・・人質か」
「正解。そしてもしそうだったと仮定するなら、白の王国はいったい何を人質に盗られたんだろうな?」
考えられるのは、2年前の大戦の報復。魔族に友や家族を殺された白の王国の冒険者がデモを起こしたという可能性が高い。そして聖王が不殺の誓いを破らなければならない程の人質と言えば――。
「国民か……」
それならば、聖王が不殺の誓いを破らなければならなかった理由にも説明がつく。
しかし。次にカルラの口から出た言葉に俺は耳を疑った。
「んや、――国だ」
「おいおい、国なんてモンをいったいどこのどいつが人質にとるって言うん、だよ……」
そこでカルラの夢話を軽く笑い飛ばせれば、どんなに楽だったろうか。
「・・・・・・そんなことが、可能なのか?」
国を人質にとる? 聖王や幻想の勇者が守護する国を? そんなことは不可能だ。少なくとも人間や魔族には。
「たった1匹ですら勇者が束になっても敵わねぇ化物だ。そんな隠し玉があったとしても俺は驚かないね」
「・・・・・・」
2年前に眼にした姿が脳裏に浮かぶ。七大天使。この世界に住まう人間と魔族を抹殺すると宣言した化物共だ。思えばこの2年間、何も行動を起こさなかったこと自体がおかしかったのだ。
白の王国が天使達の手に落ちていたとしてもありえない話ではない。でもそう考えれば、不自然な白の王国の行動にも辻褄が合ってくる。
「ま、例えばの話だから。あんまり考えすぎない方がいいぜ」
女のことしか頭にないのかと思っていたが、鍛えられた肉体といい今日はカルラの評価を大幅に上げてやるしかないようだ。
そしてカルラの言うとおり、考えれば考えるほど溝にハマっていく。例えば、の話だというのに今ではそうとしか思えなくなってしまった。
俺は天を仰ぎ、大きくため息をついた。
「ったく。こりゃかなりめんどくせぇことを引き受けちまったかもな」
するとそれを聞いたカルラが、
「めんどくせぇと思うからめんどくせぇのさ。
めんどくせぇことには何かしらの理由があって、周り回って何らかの役に立ってる。それは自分のためになるかもしれねぇし、自分の大切な誰かのためになるかもしれねぇ。
そう考えりゃ、世の中めんどくせぇことなんて1つもねぇのさ」
「・・・・・・それ、誰かの受け売りか?」
「あ、バレた?」
少しも隠す気なくカルラはニカッと笑った。その表情で俺は、その言葉がカルラにとって大切な物なのだと察した。だからからかうようなことはせずに、思ったことをそのまま口に出してしまった。
「フィーナみたいなこと言うやつだな、ソイツ」
「・・・・・・え?」
「フィーナもよくめんどくさいは敵ですよって言うん……」
その時、カルラの瞳から雫が零れ落ちたような気がした。
「……カルラ?」
しかしそれはきっと俺の見間違いだ。雨でそう見えただけに違いない。
「そうだな。フィーナちゃんみたいな奴だったよ、アイツは」
そう言いカルラは何事も無かったのように、ぎこちなく笑った。
そしてその場には、雨と波の音だけが響きわたる。少し気まずい雰囲気。何と切り出そうか迷っている俺。先に沈黙を破ったのはカルラだった。
「あー、そだレンレン」
「ん?」
「俺さ、前々から気になってることがあったんだけど」
はて、何だろうか。フィーナのことだったら絶対に――
「――雨の、どこがそんなにいいんだよ」
空を見上げ、手の平を表にして雨を感じるカルラ。
「あ――?」
瞬時に言葉がでてこなかった。
「冷てえわ濡れるわやる気はでねぇわで、俺には雨の良さってもんがわかんねぇ」
予想外の質問。どうして雨の――いやちょっと待て。その前にまず、どうしてこいつは"俺が雨を好き"だということを知っているのだろうか。そのことを知っているのはリヴィアにフィーナと師匠、あとはフウガとライガくらいのものだ。
「俺が雨を好きだってこと、お前に話したか?」
「んや」
「そうか」
でもまぁ、別に隠すようなことでもねぇか、と。
「どうしてだろうな。改めて聞かれると答えに詰まる」
雨に打たれながら、少し考えた。なんだったかな。確かアレは、まだ俺が小さかった時だ。
「そうだな、雨は俺の"色"を洗い流してくれる、からか?」
「なんじゃそりゃ」
この先は、普段の俺なら絶対に口にしないだろう。それこそリヴィアだって知らない。しかし俺には、先程カルラの過去の傷を開いた罪悪感が残っている。
「俺は"白く"なりたかったんだ」
「・・・・・・」
「俺が小さい時、母さんの銀髪を綺麗だと思った。そして母さんと同じ、フィーナの銀髪を羨ましいと思った。
父さんには悪かったけど、俺はこの髪が嫌いで、この瞳が嫌いだった。心の中まで真っ黒な気さえしてくる。だからきっと小さい時の俺は、俺の中の黒を雨に洗い流して欲しかったんだと思う。いつか白くなる日を夢見て」
そこまで言い切った後、急に恥ずかしくなり、照れ隠しに言わなくてもいいことを俺は口にした。
「だがまぁ、今は結構好きなんだけどな、黒」
黒髪を伸ばした少女のことが思い浮かぶ。アイツのおかげで、俺は俺の"色"を好きになれたと言っても過言ではない。本人には口が裂けても言わないが。
「・・・・・・そっか」
無言でいたカルラがそう呟く。
「レンレンらしいな、それ」
「うっせぇ。誰かにバラしたら生き埋めにするからな」
そう言うとカルラは声を出して笑いだし、俺もつられて笑った。雨と波の音に紛れながら、俺達の笑い声はどこまでも遠くに響いていく。
まさか雨を嫌いになる日が来るなど、この時の俺には知る由もない――。




