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剣に封印されし女神と終を告げる勇者の物語  作者: 星時 雨黒
第1章 裏切りの聖王
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第46話 囮の囮

 リーサが矢筒から取り出した白色の矢。アレを目にした瞬間ラクアは大きく唾を飲み込み、全てを悟った。

 アレの先端についている(やじり)。アレは里にある巨樹から採れる"芽"を加工して作られたもので、魔力の篭められた鏃が対象に刺さったが最後、鏃が命中箇所に根を貼り血や養分、そして魔力を糧としながら成長し、対象を死へと至らしめる。まさに一撃必殺の矢と言っても過言ではない。

 "芽"は10年に1つだけしか採れず、あの白い矢――通称〈ヤドリギの矢〉。その所有権は代々の3本の弓へと譲渡されることになっている。しかし譲渡されたとしても、その危険性故に〈ヤドリギの矢〉を使用せずにこの世を去る者がほとんどで、大抵矢は次代の3本の弓へと引き継がれる。

 それが正解だ、とラクアは思う。あんなものは使わないほうがいい。いや、そもそもあんなものを生み出してはならなかったのだ・・・・・・。

 ラクアは前に一度だけ、およそ140年ぶりに〈ヤドリギの矢〉が使用された"現場"を目の当たりにしていた。


「・・・・・・」


 ラクアは一度強く瞼を閉じ、ゆっくりと開いた。集中が揺れている。今はリーサさんを心配していられる余裕はないし、過去を思い出している場合でもない。なにせラクアの一手に全てがかかっている。必ず成功させねばならない。それをリーサさんも、そしてあの人も願っているのだ。

 集中して、ラクア・ディッファニー。感情を置き去り、矢を放つことだけを考えるの。

 リーサが矢を放つ。命中すれば例え大猿とて死に至ることだろう。

 ――だが、アレは囮にすぎない。身体の動きを封じられ、そのタイミングであんなものを向けられでもすれば誰だってあの矢に注意がいく。現に奴の意識は完全にあの矢に引きつけられている。

 大猿から隙を作るのではなく、大猿に隙を作らせる。これこそリーサが考えた策だとラクアは理解した。


 今しかない――!!


 リーサから教わった通りに矢の角度と腕の角度を平行にし、胸を張って限界ギリギリまで弦を引き絞って――。


「〈砕き穿()五番目()の星座〉!!」


 ラクアから放たれた矢は光の速度で大猿へと迫る。その姿はまるで標的に襲いかかる獅子の如し。

 〈ヤドリギの矢〉に集中しきっていた大猿がそれに気づいたのはラクアの矢が放れてから1秒と少し後。しかしその時点で矢は既に1キロメートル以上ある距離を一瞬で詰めていた。

 〈ヤドリギの矢〉を左腕で防ぎながら、大猿は身体をひねって回避を試みるが手遅れだ。あるいは森の中であれば避けられたかもしれないが、残念ながら今いるのは大地の上だ。

 そして光の獅子が大猿と衝突した。獅子は大猿の硬い皮膚をものともせず、その威力は大猿を穿つだけに留まらず、そのまま大地を砕き土煙を巻き上げた。


 土煙が晴れると、そこには新たに地面にできたクレーターが1つ。そして、頭どころか上半身全てを失った大猿が立ったまま動かなくなっていた。


「……やった」


 緊張とプレッシャーから開放されたラクアは幹に背を当て、その場にぺたりとしゃがみ込んだ。


「「うぉぉおおお!!!」」


 猿を片付け終えたエルフと忍の皆が大声を上げて大猿の撃破に喜びを顕にした。


「ふふっ。あと少し頑張っていたら巻き込まれて死んでたかしらね」


「ふっ、大したものだ」


 大猿から離れた木陰で影の2人が微笑を浮かべて幹に背中を預けている。


「・・・・・・」


 皆が勝利の歓喜に包まれる中で、白金色の髪を背中まで伸ばしたエルフだけは静かにある一点のみを見つめていた。

 彼女の視線の先にあるもの、それは――大猿の左腕だ。白い枝が大猿の強靭な皮膚を突き破り、無数に生えている左腕だ。


「――ッ!!」


 突然酷い目眩と頭痛がリーサを襲う。足がもたつき、立っているのもままならず、リーサは頭を押さえながら膝をついた。

 理由は考えるまでもなく、〈ヤドリギの矢〉を使ったことにある。

 リーサの脳裏に、必死に封じ込めていた記憶がフラッシュバックする――。


『――鏃が命中箇所に根を貼り血や養分、そして魔力を糧としながら成長し、対象を死へと至らしめる』これはヤドリギの矢を譲渡される際にリーサに伝えられたことだ。結果から言うと、ほとんどその通りだった。しかし一点だけ。ただ一点だけ、決して間違えてはいけないところが、間違っていた。


『殺してくれ……』


 白い枝は眼球を突き破り、鼓膜を通り抜け、身体のあちこちから無数に飛び出している。――だが。残酷なことに、ヤドリギは彼から命を奪わなかった。自らが生き続けるためだけに、枝を張り巡らせ動きを止め、対象が力尽きる限界ギリギリのラインを見定めながら成長を続ける。

 ――決して、ヤドリギは対象を殺しはしない。


『頼む、リーサ。俺を、殺してくれ……』

 

 生きたまま身体を侵食されていく恐怖と苦痛、そして死ぬことのでなきない絶望と孤独――。



「あれ? おいカク! こいつ、核石にならねぇぞ!」


「あん? 個体差があるんだろ多分。時間が経てばそのうち――」


 その時、死んだふりを決め込んでいた1匹の猿が忍の包囲を抜け出した。


「なッ!? 待てこらバカザル!!」


 すぐに追いかけようとするが、ヴァナラの全速力に敵うはずもなく引き離される。猿の向かう方向、そこにいたのは膝をついて頭を押さえるリーサだった――。


「リーサさん危ねえ!!」


「え……?」


 リーサが気づいた時には猿は目と鼻の先にいた。猿の右手がリーサの頭部へと伸びるが、頭痛で反応が鈍くなっていたリーサに猿の手から逃れる術はない。

 例え普通のヴァナラだとしても、強靭な腕力で掴まれれば頭蓋骨なんてぐしゃりと粉々に砕けることだろう。

 まだ、死ぬわけにはいかない。自分にはやらなければならないことがある。こんなところで、死ぬわけには――。

 ヴァナラの大きな右手がリーサの頭へと伸びてゆき――頬を掠めながら飛んでいった。ついで、五体に切り分けられ崩れ落ちるヴァナラの後ろ、血に濡れた黒い剣を持つ黒髪の少年の背中があった。


 

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