第44話 五分の賭け
少し前を行くリーサの後に続き、俺は目的地へと到着した。
そこは森の中にしてはかなり見晴らしのいい開けた場所で、そしてそこは緑の民から視界を埋め尽くす程の弓とクナイで盛大に饗しを受けた場所でもあった。
少し遅れてセスティアとメイラ、そしてエルフの弓使い達もその場所へと到着し、彼女らに引き連れられるようにしてヴァナラの群れもそこへと辿り着いた。
忍やエルフ達は緊張している様子だったが、その一方でヴァナラは困惑している様子なのが見て取れた。
「お疲れのところ申し訳ないけど、続けて第二ラウンドもよろしく頼むわよ」
申し訳ないの"も"の字さえ感じられないリーサの発言に、メイラがしんどそうな表情で笑う。
「そこは少し休んでもいいのよって言うところじゃないかしら?」
「戦場の真ん中でよければいくらでも休んでもらってかまわないわ」
メイラが諦め顔で苦笑を浮かべる中、
「了解した。では、先に休ませてもらう」
疲れなど微塵も感じさせず、セスティアは1人ヴァナラへと向かって走り出す。
「忍はセスティアに続け!! エルフは後方射撃!!」
忍が行動を開始する中、呆れ気味にメイラが呟いた。
「どこからあんな元気がでてくるのかしら」
「まったくよ。若いっていいわね」
一度頷き、リーサもそれに同意を示す。
「と、私達もそろそろ行くわよ。あなたはここで待機、いいわね?」
そう言って前線に加わろうとするリーサを見て、俺は思わず口を開いた。
「行くって、あんたは後衛じゃねぇのか?」
なにせリーサが持っているのは弓だ。後ろのエルフ達が持っている弓とは少しばかり作りが違うように見えるが、弓兵が前線で戦うなど聞いたことがない。
だがリーサはその問いかけには応えず、ただ俺に向かって笑いかけ、そのままメイラと一緒に前線へと駆けだしていってしまった。
✽✽✽
同時刻。ちょうどラクアも所定のポイントへと到着していた。現在ラクアがいるのは森の中でもかなり高齢の大樹の上。と言っても、里にある巨木に比べればまだまだ子どもの木だ。
「始まった……」
ラクアの視線の先。ここからはあの開けた場所が一望できる。なぜラクアが戦場から離れた場所にいるのかと言うと・・・・・・。
『――あの場所まで奴らをおびき出し迎え撃つ。だけどこの時、ラクアには別行動をとってもらうわ』
『別行動、ですか?』
『そうよ。あなたには"大猿"を討つという大役を引き受けてもらうわ。奴への道は私達3人が切り開くから、あなたはタイミングを逃さず狙撃して――』
✽✽✽✽
ウィー様なら絶対にこんな作戦はたてない。
ヴァナラがなぜ緑の国だけに生息しているのか。それは奴らが自分達と同じく森を住処にしているからだ。森での戦闘において、自分達よりも運動能力が高く、縦横無尽に森を駆け回れる奴らとではこちらが少し劣る。だからこそ潜伏や森を活かした戦闘法など、自分達の先祖から受け継がれてきたものをあえて捨て賭けに出た。
確率は五分五分だったが、戦況を見渡す限りどうやら賭けには勝ったようだ。
戦闘が再開して数分が経過した頃、リーサは左手に握る短弓でヴァナラの攻撃を受け流しながらそんなことを考えていた。
彼女の装備する短弓は、片刃の剣が弓の上下についていおり、中距離の射撃だけでなく近距離戦闘も可能にするオーダーメイド品である。デメリットとしては遠距離射撃ができないことと、近距離戦闘において常に弓に魔力を注ぎ続けなれば、すぐに力負けして刃が折れてしまうという欠点が存在する。
リーサは器用に魔力を操り、片方の刃に魔力を集中して敵の攻撃を受け流した後、今度は背中から取り出した2本の弓に魔力を集中してヴァナラの喉元へと射った。叫声をあげるヴァナラに、背後から忍2人が止めをさし、ヴァナラは地に倒れふし緑色の核石を残して消滅した。
終始両の手足で枝や幹を掴み、まるで森と一体化しているような動きをする奴らだったが、周囲に木々がないためその動きは単調なものになっている。しかし油断は禁物だ。衰えたといってもスピードや腕力といった基本能力は変わらない。隙をみせれば命取りに繋がる。
残りの敵数は、大猿を含めて24体といったところか。完全にこちらが優勢だ。このままいけば勝てる。――そう思ったときだった。
鼓膜を破らんばかりの雄叫びを上げなから、大猿が行動を開始したのだ。
四肢を使って目にも止まらぬ速さで大地を駆け、腕の一振りで数人が吹き飛ばされる。なんとか代わり身の術が間に合い直撃は避けたようだが、戦闘に復帰するのは厳しいだろう。
「大猿は私達3人が押さえつける!! あなた達は残党を片付けて!」
音もなく忍びよる2人の気配を背後に感じ、リーサは振り向かずに矢筒から2本の矢を取り出した。
「行くわよ、2人とも!!」
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リーサ達3人が大猿と戦闘に入るのを視界に捉えたラクアは、左手に持つ等身大の大弓を肩の位置で真っ直ぐ構えた。
大きく息を吸って空気を肺に取り込み、その2倍の時間を使ってゆっくりと吐き出す。それを数回繰り返し気分を落ち着かせたら、今度は空いている右手に魔力を集中して1本の矢を丁寧に編んでいく――。
本来魔力というものは、身体に纏わせ身体能力を底上げしたり魔法や忍術を行使したりするのに使用されるのが一般的で、間違っても魔力を使って弓を作り出すなんて芸当は不可能だ。
"それは、生物の域を超えている"
ならどうして彼女にそんな真似ができるのか、と言うと。ラクアは彼の月神が宿る神器【アルテミスの弓】の適合者である。故に彼女は生物の域を超えた超常の力――即ち"神"の力の片鱗を行使することができるのだ。
ラクアは"その"人の域を超えた能力で創り出した矢を弓に掛け、弦と一緒に軽く引き絞った。
リーサから受けた司令はただ1つ。必ず狙撃を成功させること。そのためにはやはりヴァナラの唯一の弱点である頭部を狙うしかあるまい。
ヴァナラを含めた【モンスター】には心臓がない。というより臓器などの気管が存在せず、便や食事をとる必要はないのだ。奴らはただ天使達の駒として、地上における全生物類の抹殺のみを命じられている人形に過ぎないのだから。
この狙撃には数キロ先にある物を寸分違わず命中させる"精密さ"と、隙ができた瞬間を逃さないための"集中力"。そして頑丈な頭部を貫くための"威力"が要求される。
先の戦闘において魔力が消耗している現在、ラクアにできることは一撃に己の魔力全てを込めることだけだ。ラクアとしてはもう少し近くから狙撃したかったのだが、感の鋭いヴァナラは殺気に敏感で、もし気取られでもすれば作戦が水の泡になってしまう。
大弓の弦を限界一歩手前まで引き絞り、隙のタイミングを見逃さないよう集中するラクアの頬に一筋の汗が伝わった。




