第43話 二つの疑問
現在ラクア達はとある場所へと向かって移動をしている。
つい十数分前、リーサと新しい作戦を練り終えたラクアには2つの疑問が残った。ウィーなら絶対にとらないであろう作戦。いや。作戦というより、もはやそれは賭けと言った方がいいかもしれない。なにせこんな作戦過去に前例はないし、考えついたとしても実戦に移すようなギャンブラーは緑の王国が誕生して以来誰1人として存在していない。
正直言って勝率は皆無だ。まずこの作戦に置いては、どちらが先に状況に適応できるかが鍵になってくる。ラクア達がヴァナラよりも先に適応することができれば勝率は高くなる。しかし逆にラクア達よりも先にヴァナラが適応した場合の勝率はかなり低くなってくる。可能性は極めて低いが、戦う以前に初めからヴァナラがそれに適応できていた場合も勝率は低い・・・・・・。
しかしまぁ、リーサ曰く成るようになるだ。だからとりあえず作戦――もとい賭けの内容はひとまず置いておくとして、その賭けを実行するに辺り、ラクア達には1つ大きな問題があった。
ラクアはちらりと後ろを振り返る。
ラクアの視線の先。そこにはヴァナラの群れと、それを上手く牽制しながら引き連れてくるメイラとセスティア、そしてエルフ達の姿が見える。
「――リーサさんの読み通り、ちゃんと私達の後をついてきてくれていますね」
大きな問題――2つある内の1つ目の疑問というのは、すなわち自分達の後をヴァナラが追いかけてくるのかどうか、ということだった。
なにせここ数十年の間、あまり大きな動きを見せなかった西の森のヴァナラが急に活動を再開しだしたのだ。しかも群れで。他にも、奴らはどうやって里の位置を特定したのかなど、不安要素を上げればキリがない。そんな中で新しい作戦を実行しようとしても、まずヴァナラが自分達の後をついてきてくれるという確証がないし、無視して真っ直ぐ里に向かわれては元も子もない。
しかし。迷うラクアとは反対にリーサは「ヴァナラは100%自分達の後を追いかけてくる」と断言してみせた。その自信がいったいどこからくるものなのか分からなかったが、その時だけ今まで口を閉じて2人の話を聞いていたメイラがリーサの言葉に口を添えたのである。
ラクアとしてはちゃんとした理由と根拠を説明して欲しいところだったが、セスティア率いる第2部隊もそろそろ限界だろうし、これ以上どうこう話あっている猶予や新しく作戦を練り直す時間は残されておらず、その時のラクアには2人の言葉を信じる以外の選択肢は残されていなかった。
「ヴァナラはモンスターの中でも戦意が強いからね。きっと、目の前にいる私達を殺してから里を襲う気なんでしょう」
後ろを振り返らずにラクアの隣を行くリーサが口を開いた。
しっかりと自分達の後を追いかけてきているヴァナラを見据えながら、ラクアはリーサの慧眼に感服せざるを得なかった。
知識や経験も去ることながら、洞察力や判断力に至るところまで、ラクアは彼女の足元にさえ及ばないと改めて実感させられた。流石は元3本の弓最強とまで称された人物である――。
ラクアは一度深呼吸し、緩みかけていた思考をクリアな状態に戻した。まだ賭けが成功すると決まった訳ではないのだから。今はまだ、賭けをするまでの前段階。戦いはこれからだ。
そんな様子で再び緊張しだしたラクア。それを隣で見ていたリーサが微笑を浮かべながら言う。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ、ラクア。勝てばいいだけの話なのだから」
リーサの言葉にラクアは声を曇らせながら答える。勝てばいいだけの話。気軽に言ってくれるが、問題はそんなに単純なものではない。あのウィー様の用いた戦法でも駄目だったのに、果たして他の作戦が奴らに通用するのだろうか。――いや。だからこそ賭けにも近いこの方法を取るわけなのだが……。
そこまで考え、ラクアは悩むのを諦めた。今更悩んでも事態は好転しないし、なにより今から作戦を変更することなどできようはずもない。
今のラクアにできることは限られている。それは信じることだ。
仲間の力を信じること。信じきること。
そして自分の力を信じること。信じ抜くこと。
大丈夫だ。きっと上手くいく。ヴァナラの群れがなんだ。なにせこっちにはメイラさんとセスティアさん、そしてリーサさんがついているのだ。負けるわけがない。負けていいわけがない。
そう思うことで、ラクアは自らの弱さを頭の隅へと追いやった。そしてラクアは「そう言えば」と、2つ目の疑問をリーサに尋ねることにした。
「さっきから不思議に思っていたんですけど・・・・・・」
「ん?」
ラクアはリーサを挟んでその隣を移動する黒髪の少年に視線を注ぐ。
「どうしてヴィレンさんもここにいるんですか?」
これはリーサと一緒にヴィレンが合流してきた時からの疑問だったが、あの時はすぐに新しい作戦を練らなければと、話を切り出すタイミングを逃してしまった。
ラクアは改めて黒髪の少年を見つめた。
見た目は忍の皆と同じ人間族にそっくりだが、ウィー様と組手をしたときに見せたあの紅い瞳――。あれが発眼してから彼の動きは目に見えて変わった。確か、人間族とうり二つな姿をしている魔族――魔人種に、そんな特性があると昔本で読んだことがある。
腰には黒い鞘に収まった1本の剣。なんとなく、左手に握るルナと同じような"感じ"がする。多分あれは神器である。と言うことは彼もまた、自分と同じ勇者の1人なのだ。そのことに気づくと、彼が自分達の移動する速度についてこられることにも納得がいく。
普通、枝渡りを覚えるには数ヶ月以上の修練が必要なのだが、慣れた足取りで枝の上を駆ける少年は、既にリーサやラクアの速度にも遅れはとっていない。まだまだ熟練とは言えないが、子どもたちと追いかけっこをしてもすぐには捕まらないレベルには達している。流石は勇者。驚くべき吸収速度である。もし彼が今回の作戦に助力してくれるのであれば、勝率はかなり上がることだろう。
ラクアがそんな期待にも似た想いを寄せていることなど全く気づきもせず、枝から落ちないよう一生懸命バランスを取りながら移動するヴィレンが口を開いた。
「それは、俺がヴァナラを――ッ!?」
開いて、言い切る前に横から魔力の入った拳が脇腹に突き刺さる。ラクアからちょうど見えない位置で、普通の者なら捉えることのできない速度の拳が――。
「ヴァナラを、なんですか? ……というか顔青くないですか? 大丈夫ですか!?」
急に口を閉じ俯くヴィレンの顔はどんどん青白くなっていく。それもそのはず。なにせろくに魔力の防御ができていない柔所にもろに入ったのだ。カルラだったら地べたを転げまわるかうずくまりながら騒ぎたてるかするだろう。それをしないのはヴィレンにも少なからずプライドが存在するわけで、そんな彼の葛藤など知る由もないラクアはただただ心配の色を浮かべている。
そのヴィレンの脇腹に拳を叩き込んだリーサが涼しい顔で言う。
「心配することはないわラクア。ヴィレンさんはここに来る前、枝から足を踏み外して何度もお腹をぶつけただけだから」
「そうなんですか」
ヴィレンは腹をさすりながらリーサを軽く睨んだ。枝から落ちて何度も腹を打ったことは本当だったが、今の一撃はそれとは全く持って無関係である。
「それで、ヴァナラを――というのは?」
「・・・・・・」
ラクアの問いに、ヴィレンはすぐに応えなかった。さっきの一撃はただ殴りたかったからなんて理由ではないはずだ。多分、"自分がヴァナラを呼び寄せたから"と言わせたくなかったのだとヴィレンは察する。
「ヴァナラと私達の戦闘を間近で見てみたいんですよね、ヴィレンさん?」
リーサはヴィレンに向けて微笑を浮かべた。その意を汲み取り、ヴィレンはリーサに話を合わせる。
「まぁ、な。こんな機会でもなけりゃあ、お目にかかることなんてできねぇからな」
だが、その発言を聞いて明らかにラクアの表情が沈んだ。
「……そう、ですか」
「どうしたのラクア?」
それを不安に思ったリーサがラクアに問うと、
「いえ、その。てっきり私はヴィレンさんがリーサさんと一緒に来てくれたのは私達に手を貸してくれるためなのかなと勘違いしてしまっていて……」
「・・・・・・」
ヴィレンもそのつもりでいた。ヴァナラを呼び寄せたのは他でもなくヴィレン本人なのだから。手伝ってくれと言われれば喜んで助力するし、言われなくとも助力するつもりでいた――のだが。ここに来る途中でリーサに手伝わなくていいとはっきり言われてしまっては無理に手伝うわけにもいかないし、かえって連携の邪魔になってしまう可能性の方が高い。
「そうね。それなら嬉しいのだけれど、残念ながらヴィレンさんはお客様なのよ。それに忘れたの? 自分達の国の問題は自分達で片付ける、他の国に貸しをつくるなんてことはあってはならない、でしょ?」
「そうですね、すいません」
「いやいやこちらこそ、本当に申し訳ない」
「え?」
なぜヴィレンが謝ったのか、ラクアは首を傾げた。
「ラクア、そろそろよ」
「は、はい」
リーサの雰囲気が少しだけ変わる。それにつられ、ラクアも気を引き締め直した。ここから先、ラクアは皆とは別行動なのだ。
「いい? 打ち合わせで話したこと、忘れないで」
ラクアは頷く。
「大丈夫よ。あなたは強い。私が保証するわ」
あなたは強い、信じている、そんなふうな言葉を今日で何回聞いたか分からない。リーサの笑みにラクアは精一杯頑張りますとだけ応えた。
「お気をつけてリーサさん。行ってきます」
「ええ。あなたもね」
最後の挨拶を交わした後、ラクアはリーサ達とは違う方向に走り去っていった。
ラクアが森の奥へと消えた後で。
「で、どういうつもりなんだよあんた」
みなまで言わなくとも伝わるだろう。脇腹への一撃の件だ。
「今のあの子には圧倒的に自信が足りない。それはあなたも見ていて分かったでしょう?」
「・・・・・・自信なんてもんはそんな簡単につくもんじゃねぇだろ。それこそ数年がかりで、色んな経験の積み重ねが自信に繋がっていくんだ」
首を縦に降ることはせず、ヴィレンは前を見据えたままそう言った。流石に今日会ったばかりの、しかも変わろうと努力している女性に対して、その質問に肯定することは傲慢に値するのではないだろうか。
それを察してかどうかは分からないが、リーサはその頬に微笑を浮かべていて。
「つか、あいつはエルフなんだから時間は山ほどあるんだし、そんなに急いで自信をつけさせなくてもいいんじゃねぇのか?」
「そうかしら? 多分、時間はそこまで残されていないと思うわよ?」
「いやいや、あんたらエルフの寿命は俺達魔人の2倍はあんだろ」
ふざけているのかとヴィレンは思ったが、リーサの真面目な顔を見て、何か深い訳が存在するのだと察する。
「・・・・・・あなたは直接見たんでしょう? あの"化物"を」
「・・・・・・」
あぁ、なるほどな。言われたみれば全く持ってその通りである。確かに、寿命なんてものは当てにならない。
リーサが言いたかったのは生物としての"寿命"の話ではなく、自分達に残された"時間"の話なのだとヴィレンは遅まきに理解した。
「もし奴らがその気になれば、世界は3日もかからず消滅すると棟梁がおっしゃっていたわ」
だろうな。恐らく単体で大国を攻め落とすことができるであろう化物が7体も存在するんだ。奴らが本気になれば一晩で大国は落とされるだろう。3日というのは最長での話だ。
「それなのに、なぜこのタイミングでウィー様が棟梁の座を退いたのか・・・・・・。
私が思うに、棟梁は奴らと戦うつもりなんじゃないかしら。だからこのタイミングで身を引き、もしも自分に何かあったときのために……」
そこまで言ってから、リーサは軽く頭を振った。
「いいえ、流石に考えすぎね。でも、私にはどうしてもそう思えて仕方がないの」
あまり深く考えない方がいい、なんて無責任なことは言えなかった。彼女はずっとそのことを考えてきたのだろうから。
「だからと言ってはなんだけど、やっぱり今回の戦いは私達の力だけでやらせてほしい。いずれ来るであろう天使との戦いで、少しでも棟梁の助けとなるためにも、あの子に少しでも自身をつけてもらわなければならないの」
「勝てるのか?」
「勝つわ」
そう断言したリーサの表情に迷いや不安は微塵も感じなかった。
ヴィレンはボリボリと後頭部を掻き、ため息を1つ。
「・・・・・・わかった。だが、1匹は必ず俺がもらうからな」
「あなたが責任を感じる必要はないし逆に私達にとってはいい機会になったのよ・・・・・・なんて、言っても無駄なんでしょうけれど」
ハッ、とヴィレンは苦笑した。出会って半日もたっていないのに関わらず、よく自分のことを理解してやがる。
「責任がどうこうとかの問題じゃねぇよ。たんに俺のプライドが許さねぇだけさ」
「プライド、ね」
ぽつりと呟いた後、リーサは改めて前を見据えた。話している間に目的地は目と鼻の先。ヴィレンの視界にも、見たことのある風景が写りこんできた――。




