第41話 命の重み
ヴァナラとの戦いが始まり40分が過ぎた頃。ラクアは焦っていた。
メイラ、セスティア、そしてラクアの3人を中心に、忍の近距離攻撃とエルフによる遠距離攻撃を90人90人の2部隊に分け交互に繰り返していた。この攻め方は以前ヴァナラの群れと戦った時にウィーが用いた戦法である。木々に囲まれた狭い空間を多人数で立ち回るとなると、同士討ちや味方の攻撃の邪魔になる可能性がでてくる。そして何より、森での戦闘は枝や幹を足場にするため持続的に足裏に魔力を集中させねばならなく、普通の戦闘よりも魔力と体力の消耗が激しいのだ。
この戦法でウィーはヴァナラの群れを制圧している。だからこそ彼女が用いた戦法でやれば勝てると、そうラクアは思っていた。
「これ以上は厳しいわね。一旦引いて、体勢を立て直した方がいいんじゃない?」
「ですが……」
言い返そうとして、ラクアは無理矢理言葉を飲み込んだ。そして周囲を、戦況を再確認する。
前線では今もセスティアを中心に第二部隊がなんとか耐えてくれているものの、疲労の色は目に見えて分かる。動きも鈍くなってきているし、そろそろ交代時だろう。そう思ってラクアは後ろを振り返る。そこには未だ体力を回復しきってはいない第一部隊の姿がある。木の幹に背中を預けて前線を見つめている者や武具を整理する者、そして傷の手当をしている者もいた。10分戦い、10分休憩し、そしてまた10分戦っただけだというのに、皆の体力の消耗が著しい。
ウィーならこの場で「皆さんなにへばってんすか。戦いはここからっすよ?」なんて、活を入れそうだが、あいにくラクアはそんなことを言える立場にない。
前の群れとの戦闘において、ウィーは休憩無しで戦い続けていた。それを真似て今回の作戦でもラクアがウィーの代わりに休憩無しで戦おうと思っていた。しかし情けないことに3セット目で体力の限界を迎え、それを察したメイラに強引に後方へと引っ張っられてきたのだ。
忍やエルフは木々や枝を駆使した戦術が得意なため、森に慣れていない他国の者との戦闘においては有利に立ち回れる。だが、逆を言うなら同国同士の者との戦いにはあまり慣れておらず、しかもそれが四肢を自由自在に操り、自分達よりも上手く"森"を利用しきっているヴァナラ相手には不利だ。初めのうちは自分達も攻めに昂じていたのが、いつの間にやら防戦一方になり、気づいたらこのざまだ。
このまま戦い続ければこちらが不利になるばかり。万が一にもラクアを含めた3人の内1人が敗れるようなことがあれば・・・・・・。
ラクアはそこまで考え、ここはメイラの言うとおり一旦引いて、体勢を立て直すことを決めた。
その間に新しい作戦を立てて、どうにか奴らを・・・・・・作戦?
作戦って、他の作戦が奴らに通じるのだろうか。あのウィーの攻めでもダメなのに、他にいったいどんな作戦があると言うのだろうか。どんな作戦が残されていると言うのだろうか。
視線を上げ前を見据えれば、目の前で仲間達が血を流しながら戦っている。後ろを振り返れば、傷を負った仲間達が真剣な面持ちで自分達の番を待っている。戦況は悪化していく一方で、状況が好転する兆し見えない。勝てる見込みは段々と薄くなっていく。
――それなのに、そんな状況なのに。未だ仲間達の眼は死んでいなかった。誰1人として諦めていない。まるで勝利を確信して疑わないといった、そういう眼をしている。
・・・・・・なんて重みなのだろうか。プレッシャーで押し潰されそうだ。胃が締め付けられ、吐き気さえ感じる。仲間の命を背負うということが、こんなにも恐ろしいものだとは思っていなかった。
こんな重責を、あの人は今までずっと1人で背負い続けてきたのだろうか。
――自分には、無理だ。
自分が下した作戦1つで、自分が犯したミス1つで、仲間の命が散っていく。下手をすれば、ここで負ければヴァナラの群れは王都へとなだれ込むだろう。いくらウィー様や騎士王様がいるといっても、少なからず被害はでるだろう。
つまり自分はここにいる200人の仲間の命だけでなく王都にいる皆の命、合わせて3000人の命を背負ってここに立っているのだ。
ラクアは改めて自分の責任の重大さを認識し直す。
どうすればいい? どうしたらいい?
ここで引いて体勢を立て直すことが本当に正解なのか。それともこのまま戦い続け、状況が好転するのを待つことのが正解なのか。
今のラクアに判断することは難しかった。判断することが、怖くて怖くてどうしようもなかった。意識しなければ歯がカチカチと鳴ってしまいそうだった。
だって。自分の命令1つで、3000人もの命が一瞬で消えるかもしれないのだから――。
「―――ラクアっ!!!」
そんな時だった。背後から大きな声で自分の名前を呼ばれたのは。
慌てて振り向くと、そこには自分の最も信頼し尊敬する女性の姿があった。側にいて欲しい時にいてくれる、大好きな姉の姿が――。
「リーサさん……!」
見惚れるほどに美しい白金色の髪を腰の辺りまで伸ばした1人のエルフ。その姿を目にした途端、ラクアは自分の胸の中に途方もないくらい大きな安堵が満ちていくのがわかった。
急に泣きだしたくなり、抱きつきたくなる衝動に駆られる。しかし、ラクアはそんな感情をグッと我慢し、弱音を吐きそうになる口をぎゅっと閉じた。
仮にも今の自分はこの戦の指揮を任せられている立場にある。しかも戦況はあまり芳しくないときた。だから意地でもこれ以上醜態を晒すわけにはいかなかった。
リーサはラクアの隣まで来ると、ヴァナラの群れの方に軽く目をやる。
あなたならもっとやれると思った。期待していたのに残念だ。きっと、リーサさんは自分を叱咤することだろう。
ある時を境に、リーサはラクアを甘やかさなくなった。最近は特に厳しい。今思えば、自分を次の棟梁にするためにわざと強く当たってきていたのだとわかる。
ラクアはリーサから目をそらした。
わかっていたとしてもやっぱり怒られるのは嫌だったから。彼女の期待に応えられなかったことが悔しかったから。そして何より、自分の最も尊敬する人の失望に満ちた顔を見るのが怖かったから。
そんなラクアの心境などお構いなしに、リーサはゆっくりと口を開き、短く告げた――。




